第17話・ハンターの好物
天野邸で、俺とイオリは力なく座り込んでいた。
「はい、お水」
ツキヒメが手渡してくれたコップを握って、中の水をじっと見つめた。
喰われるならまだしも、そんな気配すらなかった。それが一番怖かったんだ。いつ牙を剥くかもかもわからない、持続する恐怖。あんな地獄は二度とごめんだ。
隣で肩を摩りながらイオリが呟いた。
「俺達さ、なーんも出来なかったな。腰抜かして、泣いて、叫んでよ。だっせーよな……。お前達って、野外訓練であんなのばっかだったのか?」
「あれは初めてだ。ハンターは群れで襲ってくるけど、連携するような動きを見せたことは一度だってない。それに、イオリが追いかけ回したのだってあり得ないんだ」
「どういう事だよ」
代わって青島隊長が説明する。
「ハンターには満腹中枢がないのだ。獲物を発見すれば争奪戦のごとく我先にと喰らいついてくる。それと、ナオトが話したように連携をとることはない。群れで行動するとはいっても、獲物の前では個人で動く。つまり、〝何もされなかった〟ことがおかしいのだ」
青島隊長が言い終えると、イオリが手の動きを止めた。
「ハンターのくせに、なんか変っすよね」
イツキが「それを青島隊長が説明したんだよ」と呆れながらに言うが、イオリは納得していなかった。
「上手く言葉にできないんすけど。訓練校に通ってなかった俺の耳にですら、誰かが死んだら情報くらい入ってきてたんすわ。だけど、俺ってば一度も聞いたことがないんすよね」
混血者が死んだ――、と。
言われてみればそうだ。イオリの言う通り何かが変だ。というのは、臨時授業での事を思い起こしたのだ。
最初に黄瀬隊長へ質問した先輩は試験内容へ主眼を置いていた。あの時は、混血者と合同の合宿だと知らされて騒然となった教室内に流されてしまったが、そもそも先輩が知りたかったのは総司令官が告げた第一試験の内容だろう。
ハンターの討伐で、過去には全滅した国もあると総司令官は言っていた。それほどまでに脅威的なハンターであるにも関わらず、合宿でノルマを簡単にクリアした者達がいた。その全てが混血者だ。加えて俺もそうだった。
ここで、担当のある言葉を思い出した。最悪な答えが頭に浮かぶ。
「もしかして、ハンターは純粋な人間が好物なんじゃ……」
「ナオトよ、それはどういう意味だ」
「最初の野外訓練で襲われた時も、その他の訓練でも、ツキヒメとウイヒメが襲われた時も……。俺がハンターに襲撃される時は必ず人間が側にいるんです。それに、強化合宿では精鋭部隊と共に行動していましたけど、彼らは混血者なんですよね?」
「……なんということだ」
手の平を拳でぽんっと叩き、「俺が言いたかったのはそれ!」と言って納得した様子のイオリ。彼は重大な発見をしたと気づいていない。
ともかく、嫌な話し、ハンターは健康体を好むということだ。軽度の病気である混血者や走流野家、重度の肉を食べた青島隊長や赤坂隊長、実験の成功者であるイオリには興味がない。だから俺達は喰われずに済んだのだ。
そこで、実証を得るため俺達はもう一度イオリが修行していた場所に向かった。ハンターの死体の中心で身構えながら待つもやはり現れない。試しに音を立てたりもしたが、結果は同じであった。
イツキが辺りを警戒しながら言う。
「これじゃあ実証にはならないね」
「イツキの言う通りだ。我々だけではなんの証拠にもならない」
次の手を考えている時だった。茂みが激しく揺れ、中から影が飛び出してくる。正体はツキヒメだ。
「私が囮になるわ」
制止する間もなく大きく息を吸ったツキヒメは、腹の底から声を大にして叫んだ。
「鬼が隠れてちゃ、隠れんぼにならないでしょう!!」
直後、一帯がザワザワとし始め、「サチ」との声が近づいてくる。青島班で彼女を囲うようにして立つと声は闇へと消えていった。
「警戒を怠るな、このまま引き返すぞ」
「「了解」」
再び天野邸に戻ると、イツキは早々とツキヒメを玄関の内側へ追いやった。なにやら背中に隠している。
目の前に放り出されたのはハンターの死体だ。驚いたイオリが飛び跳ねた。
「お前は馬鹿かよ! 馬鹿だな!」
「ごめんね。それより、ここを見てよ」
ハンターの背中に視線を向けると生々しい深い傷があった。肩から腰にかけて抉られた痕がある。よく観察するとトゲのような物が数本刺さっていた。この傷はイオリのものではない。
「死体の中に、何体か同じ傷跡のあるハンターがいたんだよね。獣かな?」
「中退の俺にだってわかるぜ。獣はハンターを恐れる。あり得ねえよ」
トゲを抜き、それを月明かりにかざしながら青島隊長は深く息を吐き出した。
「山吹神社事件を機に奇妙なことが立て続けに起こる。一つ解決したかと思いきや、それ以上のことが返ってくるとはな。……今日はもう休め。明日、お前達に大事な話がある」
死体を抱えた青島隊長は1人で森へと戻っていった。




