第16話・最弱、死を垣間見る
豆乃イオリ。俺は彼を誤解していたのかもしれない。
騒ぎ疲れてすぐさま布団に潜る俺と違い、イオリは寝静まったのを見計らって外へ出ると、壁を越えて森に入り修行を始めた。
盗み聞きするなと言った手前、長くは隠れなかった。先程の件について謝ると、イオリは許してくれた。「半分くらいは俺の都合だから」と、「八つ当たりしてごめん」と謝られた。最後に「だけど、噂は嫌いだから」と言っていた。
そうして部屋に戻ってきた。不思議だ。噂が嫌いなのに、どうしてイオリは訓練校でヒロトの噂なんかしたのだろうか。
そうこう考えていると、静かに襖が開いた。
「やっぱり起きてた」
立っているのはウイヒメだ。イツキを起こさないようにまた外へ出た。豪邸の屋根に座って景色を堪能していると、ウイヒメは俺の前髪を掻き上げた。
「わー……、すっごく綺麗な目。キラキラしてる」
大きな瞳に見つめられるとどうも恥ずかしい。
「褒めてくれるのはウイヒメ様くらいですよ」
「そんなに喜んでくれるなら、私の兄様になってほしいなぁ」
「一応これでも妹のように感じていますよ。それに、ウイヒメ様のおかげで新たな言霊を会得できましたし。ウイヒメ様は俺の安定剤です」
きしし、とはにかんで笑うウイヒメ。
「私ね、ナオトのこと大好きだよ! これくらーい大好き!」
両腕を精一杯に広げて、その腕で腹回りに抱きつかれる。頭を撫でるとすりすりと顔を押しつけてきた。
「もうあんな怪我しちゃヤダよ」
顔を上げたウイヒメの瞳には涙が溜まっていた。
「死んじゃうんじゃないかって、二度と会えないんじゃないかって、私も姉様も怖かったんだよ。ナオトは闇影隊だからって言うけど、そんなの関係ないよ……」
「ウイヒメ様……」
「死んだら、会えないんだよ?」
妹だと思ってくれるなら、死んじゃヤダよ――、そう言葉を紡いだウイヒメは涙を溢した。と、その時だ。
木の上で羽を休めていた鳥たちが、こんな真夜中に一斉に飛び立った。直後、付近の木が横倒しになって姿を消す。そこはイオリが修行している場所だった。
「なんだろう……」
「様子を見てきます」
ウイヒメを部屋へ戻してイオリの元へ向かった。ハンターや獣の気配はなく、闇の中で彼は佇んでいる。
ぴちゃっと水溜まりを踏んだような水音に歩みが止まった。目をこらすと次第に浮いて見えてくる。ハンターの死体がそこら中にあった。まるで刃物で切りつけたかのように、死体や折れた木は真っ二つだ。
「よっ、ナオト。まだ起きてたのかよ」
「これ全部イオリが?」
「まあな。俺ってば野外訓練受けてないからさ、いい修行になったわ。にしても、本当に目がないんだな。それに、すばしっこい。捕まえるのに苦労したぜ」
変だ。イオリに外傷はないどころか、ハンターの方が逃げ回っている。
「南光から戻ってくる時にハンターに襲われたりしなかったの?」
「獣はあったなー。ハンターを見たのは今回が初めてだ。え、なに? そんな頻繁にハンターって出てくるのかよ」
答えようとすると、すぐ側でハンターの囁き声が聞こえた。茂みががさがさと揺れて、俺達を囲むように姿を現す。
「っと、頻繁に出てくる、が正解みてえだな」
仲間なのだろうか。死体に近寄るとまるで泣き叫ぶかのように声を上げ始めた。「サチ! サチ!!」と、たった一言ではあるが、空気が振動しているのがわかるくらいに騒音だ。俺もイオリも耳を塞いだ。すると、声に誘われて更にハンターが増えた。
「このままだとマズイッ。炎・包火!」
ウイヒメに会ったからか、炎は赤ではなく白く燃え上がっている。辺りを照らすと、精神の乱れからイオリの半獣化が強制的に解かれた。同時に、ハンターの叫びがぴたりと止む。
「な、なんだよ……。どこに潜んでたんだよ、なあ!」
揉み合うように隙間なくハンターがいるだけでも最悪なのに、ハンターは上へ上へと重なって塔のようになって、俺達を狭い空間に閉じ込めた。顔は全てこちらに向いている。いくつもの空洞の目が俺達を見ている。
この炎が消えたその時、俺達は喰われるんじゃないだろうか――。余計な想像は恐怖を駆り立て、風で葉っぱが擦れる音にすら肩が跳ね上がった。
「俺が殺しちまったから怒ってんだ……。やべえよ、マジでやべえって」
「静かにしろっ」
「だってそうだろうが! もう終わりだっつーの!」
「大きな声をっ――!?」
塔が中心に向かって崩れ始めた。イオリは頭上を仰ぎながら涙を流して詰まっていた物を吐き出すかのように叫んだ。
「おいおいおいおいおいっ!! 嘘だろ!!」
押し潰される前に衝撃砲を放った。しかし、数が多すぎる。一瞬だけ夜空を拝めたが、瞬く間にハンターが転がり込んできた。
大きく開かれた口が目の前に迫る。大量の唾液が雨のように降り注ぎ、全身を地面に叩きつけられた。そこに「おぉぉっ!」という雄叫びが聞こえてきた。同時に平坦な地面がぐにゃりとうねる。身体が宙に浮いたかと思いきや、今度は地面が割れて剥き出しとなった上に落ちた。
我が目を疑った。視界が開けると、そこには素手でハンターと戦う青島隊長がいたのだ。頭部を鷲掴みにすると握力だけで潰してしまい、目の辺りにしたハンターは混乱し始めた。
その内の何体かは、未だに動けずにいる俺達の方へ走ってきた。
「やべえ、身体に力が入らねえわ」
かくして俺も同じ状態だ。腰が抜けてしまい全身の震えが収まらないでいる。あの目の数は大猿よりも怖くて、緊張が極限に達するまで時間を必要としなかった。その緊張は今も限界を超えたままだ。呼吸ができないほどに――。
「闇・夢想縛り!!」
どこからともなく黒い触手が現れてハンターの顔に巻き付いた。しばらく暴れた後、手足から力が抜けていき動かなくなる。
「ナオト、イオリ君!」
イツキの救援だ。ようやく緊張から解かれ、前のめりに倒れ込み一点を見つめたまま俺達は荒々しく呼吸した。
「助かった……」
俺の声に反応して、イオリは何度も頷いた。




