第15話・最弱、人を不幸にする
「本当に! マジで! 心から感謝していまっす!」
「誰よ、この礼儀知らずは」
「いやー、ツキヒメさんって噂通りの美人さんっすね!」
「オマケに会話も出来ない猿じゃない。それでナオトと同等の力を得られたとでも思ってるの?」
「お陰様でそれ以上っすわ! カケハシさんとは遠目で会ったんすけど、俺がお礼を叫んだの聞こえてたんすかね? 何か聞いてます?」
「まずは私の話を聞きなさいよ。名乗りなさいって言ってんのよ」
月夜の国に到着してからというもの、このやり取りがしばらく続いている。
笑顔で出迎えてくれた天野家の両親。カケハシは「この客間を自由に使ってくれ」と言い残して、青島隊長を連れて何処かに行ってしまった。
ウイヒメは友達と遊びに出ているらしく、使いの者が呼びに出たらしいからすぐに戻ってくるだろうとのことだ。
噂をすれば、心地よく聞こえてくる小走りの足音。襖が勢いよく開き、俺の力の根源が姿を見せてくれた。
「ナオトーー!」
「ウイヒメ様、お久しぶりです」
小さな身体が俺に飛びついてきた。細くて折れそうな身体を、ここにある高価な陶器以上に優しく触れ、受け止める。
「なにこの天使」
イオリが頬を赤らめる。
「俺の天使」
途端に真っ青になった。
「ナオトってそういう奴だったのかよ!」
「どういう奴だよ」
「ド陰キャじゃん! いっつも暗くて声も小さくて、ヒロトの背中に隠れてるのがお前だろ!?」
「もうごっこ遊びはやめたんだ」
「意味わかんねえよ」
「とりあえず自己紹介しろよ。ツキヒメが困ってるだろ」
胡座で座る俺の足の上にちょこんとウイヒメを乗せて、イツキとイオリは自己紹介をした。
「初めまして、青空イツキです。ナオトとは友達で同班です。お邪魔してすみません」
「豆乃イオリ、12歳。人間から半獣人になった天才でっす! これから依頼するときはどうぞ青島班をご贔屓ください! 俺様が駆けつけますんで!」
「やっと猿の名前が知れたわね。ところで、あの子は一緒じゃないの?」
部屋の空気がぴんと張り詰めた。そうしているのは俺とイツキだ。そして、ツキヒメの言う「あの子」とはユズキのことだろう。イツキの表情が曇っていく。
ツキヒメと一緒に部屋の外に出て事情を説明した。
「私、知らなくて……。ごめんなさい」
「いいんだ。ただ禁句ってことで」
「わかったわ。でも、どうして……」
「やるべき事があるんだってさ」
「それって……」
襖の向こう側にいるイツキを気にしてか、ツキヒメは声を小さくした。
「あまり話したくないんだけど、壁の建設で依頼した時があったでしょう? あの日、ユズキと言い合いになったのよ。私が悪いんだけど、ナオトの事に触れるとすごく激怒しちゃって……」
「それとユズキが出て行ったことに何の関係があるんだ?」
「ナオトのためなら簡単に北闇を敵に回すって言われたの。……きっとナオトのために出たのよ」
その日、ツキヒメは生まれて初めて恐怖を感じたそうだ。ユズキは背中で隠していたようだが、身体の横から尖った黒い爪先が見えていたという。本気で殺されると、そう思ったらしい。
「嘘じゃないわよ。混血者の子やヒロトも見ているし、聞いているんだから」
「疑ってるわけじゃない。ただその、なんていうか……」
言葉に出来ない。俺の知らない所でユズキがって思うと、嬉しくて寂しくて、感情がごちゃごちゃになる。一方で、こんな疑問が過ぎる。
北闇を出た理由がジンキではなく俺だとするならば、その理由はなんだろう――。フードの男か、あるいは爺ちゃんか。それとも北闇か、その全てなのか。
「話してくれてありがとう。一歩ユズキに近づけた気がする」
部屋へ戻ろうとすると、ツキヒメが俺の上着を掴んだ。
「ねえ、ナオト。あの子のこと好きなの?」
「うん、好きだけど……。どうして?」
「ううん、なんでもない。さっ、イツキ達の所に行きましょう」
俺の前に出て先に襖を開けたツキヒメは、イツキと遊ぶウイヒメの元へ行った。襖にもたれ掛かりながら立っているイオリはその光景を眺めている。
「わからない奴だねー」
「なにがだよ。ってか、盗み聞きするなよ」
「天使ちゃんがこれだけ騒いでんだ、なーんも聞こえやしねえよ。ま、ユズキの話だろうなってことくらい。家族内で噂になってたからよ」
細い目を宿とする黒い瞳がこちらにじろりと向いた。
「俺の母さんと父さんは心配してたぜ。友人を1人失って、あの子は大丈夫なのかってよ」
「心配って、なんだよそれ……」
「ド陰キャに一つ教えてやる。人間の中にはお前ら家族をまるで神様のように崇拝している奴もいるっつーこと。そのせいで、可哀想な一家の噂が嫌いになった哀れな少年もいるっつーこと。それをごっこ遊びだとか言われて、胸くそ悪い思いをしてる俺様がここにいるっつーことをよ」
視線をイツキの方へ戻したイオリは、その後なにも話すことなく「女王様ー!!」とふざけながら行ってしまった。
鋭く、突き刺さる――。後悔という名の矢が全身を貫く。
周りに対してごっこ遊びをするな、と釘を刺されたあの日が、目の前に幻覚となって現れる。




