第12話・オーバーヒート! 開花した言霊
「どこに行く気だ」
言いながら音もなく現れた青島隊長をイツキがこれでもかと睨みつけた。どうやら眠った振りをしていたらしい。それどころか、胸の内を見抜かれている。
「やっぱりダメですか?」
聞いてみたものの、わかりきった返事を待つ必要も無い。あからさまに落胆して青島隊長から目を逸らした。
「私は別に怒っているわけではない。彼女と親しいのだから当然の行動だ。だがな、今じゃない。時期を待て」
「闇影隊である以上、国の意向に沿わなきゃいけない……。時期なんてこないですよ」
「必ずくる。私が断言しているのだ、信じろ。さあ、野営地に戻るぞ」
引き返しながら、青島隊長はこう言った。
なんの策も練らず、しかも備えもなしに突発的な行動に出るのは青島班にあってはならない作戦だ、と。反抗的な考えは一切浮かばず、模擬訓練のせいか、むしろ恥ずかしさと後悔を抱いた。
それも束の間、俺は追い込まれることとなる。
ノルマであるハンター20体の討伐は意外にも簡単すぎてすぐにクリアした。問題は重度の襲撃を想定した混血者との手合わせだ。最悪なことにソウジに目をつけられてしまった。
他の混血者と一戦も交えることなく、彼が必ず目の前に現れる。すでに合宿開始から半月以上がすぎた今日もまた――。
「ただの足払いでひっくり返った挙げ句、身体能力を誇りながら瞬時に背後の確認すらできないとはな。終いには後頭部の強打で嘔吐、か。いつになったら貴様は俺に本気をださせるんだ、この愚民が」
咳き込んでいる間につらつらと述べるソウジ。
どれだけ眠っても疲れは取れず、気怠さとストレスが交互に押し寄せ、集中力を保てない。それでいて、同期の中で恐らく最強であろうソウジと戦えだって? 無茶だ。
上級歩兵隊にならなければ家族を捜せない――。いや、このままでは受験すら危うい。
「母さんが死んだら、お前のせいだからな」
ついに言ってしまった。
違う、ソウジが悪いんじゃない。わかっていても、八つ当たりできるのは彼しかいなかった。情けない、こんなにも俺は弱かっただなんて。
野営地に戻ってソウジとの手合わせをイツキに話した。「負けた」と口にするのは実に気分の悪いものだ。
「相手がソウジだなんて、運が悪いね」
苦笑いしながら言うイツキは、すでに混血者を倒している。牢鎖境で一発クリアだそうだ。
「性質が同じだとやりにくいんだよなぁ。しかも俺よりも火の勢いが強いし、そろそろ心が折れそう」
「言霊のレベルを上げたいなら、冷静でいること。これに尽きるよ。でも、誰しもが常に冷静でいられるわけではないでしょ? ナオトの問題は心を静める材料がないってこと。つまり、安定剤を探さなきゃいけないってわけ」
「俺の担当の人も似たような事を言ってた。眠る前にこれまでの事を振り返ってみようとは思うんだけど……。それにしてもあの男の人、凄かったなぁ。雪で岩を真っ二つって、どんな脚力してるんだよ」
「性別は面を外さないとわからないよ。ヘッドマイク式の音声変換器を装着してるから。女の人かもよ?」
「それはそれで恐ろしいよ。他に何かアドバイスってある?」
「俺は半獣化しないからたいした助言はできないけど、半獣化でいられる時間には個人差があるんだって。多分、修行次第ってことなんじゃないかな」
しばらく話して、俺は寝た振りをした。イツキと青島隊長の寝息が聞こえるまで寝袋に身を包みながら時間が過ぎるのを待つ。
寝静まった野営地に寝息といびきが行き交った頃、雪を踏みしめながら山の頂上を目指した。野営地は頂上に近いし、火が焚かれているため迷子になることはないだろう。
頂上に木はなく、澄んだ空気のおかげで北闇を一望できる。所々に明かりが見えるのは、まだ起きている子達がいるからだろうか。
「もう寝なさい。何時だと思ってるの? とか怒られてるんだろうな」
なんて言葉で誤魔化してみても、イツキの前では堪えていた悔しさが急にこみ上げてきた。
弱音を吐くならまだしも、家の事情を他人のせいにするだなんて。嫌味を一つ残して去って行くソウジが今回は一言もなかった。呆れたに違いない。
ひとしきり落ち込んで、ここに来た目的を果たすことにした。担当の助言通り、これまでの事を振り返るためにここまで登ってきたのだ。
俺が冷静でいるには何が必要なのか、答えはたった12年しか生きていない人生の中にあるはずだ。
真っ先に頭に浮かんだのは――。
「母さん……」
ストップが効かなくなった感情。姿すらわからない母親に会いたい。そう思うようになったのは、月夜の国で姉妹の母親であるマナヒメに会ってからだった。頬を叩いてウイヒメを叱っていたが、俺にはないものだ。父さんにすらぶたれたことがない。
これはモヤモヤするだけで何の解決にもならなかった。
次に思い浮かんだのはウイヒメだ。自分の妹にすら感じる、お転婆で可愛い女の子。正装して北闇まで来てくれた日は本当に驚いた。しかし、とてもよく似合っていた。訪れた理由は手紙の相談だった。
赤熊コン、彼を思い出して1人で笑った。
「にしても、とんでもなく濃い人に好かれたな」
ウイヒメの前では口が裂けても言えない。真剣に悩んでいた彼女を思い出してまた笑う。
「元気にしてるかなぁ」
彼女のことだ、この時間ならまだ起きているだろう。そういえば、入院していた俺はちゃんと見送る事ができなかった。考える余裕がなかったのはソウジが見舞いに来たからだ。
思い至った瞬間であった。月夜の方向に視線が向き、片手が胸に添えられた。
あの日、最大の秘密をソウジに知られたのではないかと焦ったにも関わらず、俺は今冷静でいるじゃないか。
どうやら、ウイヒメが俺の安定剤であるらしい。
この日から、ソウジに会うことなく、有り余る体力で夜な夜な修行をした。失敗続きでくじけそうになりながらも、ウイヒメを思い出して気を落ち着かせた。そうして今夜、新たな言霊が完成した。
ソウジに勝つための安定剤と言霊を得て、次の日、俺は自分からソウジの目の前に立った。
合宿期間終了まで残り僅か、ソウジは呆れ顔でいながらも目つきだけは鋭く俺を捉えている。
「二度と俺の前であんな無様な言葉は吐くな。やる気が失せる」
「ごめん、悪かった」
鼻で笑い、そしてソウジは半獣化し構えをとった。
「貴様に残された時間は3日。結果はタモン様の判断に委ねられるとしても、俺を倒さなければ上級試験は落ちるものと考えた方がいいだろう」
仮にタモン様が上級試験の参加券をくれたとしても、どのみちソウジに一発食らわせなければ俺自身が納得できない。
昨夜に練った作戦を復唱しているとソウジが動き始めた。その瞬間、俺は逃げた。
「貴様!!」
「捕まえてみやがれ! 追いつけるならの話しだけどな!」
挑発し、足場の悪い雪道をひたすら走り回って誘導する。厄介なのはソウジの瞬発力だ。動きを少しでも鈍くさせるならイツキと話した雪が高く積もるあの場所しかない。
移動しながら俺は自己暗示をかけにかけまくった。目的地に到着しても同様に自己暗示をかけていく。
「もう逃げるのは終わりか? こんな場所に連れてきたところで結果は変わらんぞ。作戦の一つや二つ、考えてきたんだろうな?」
「俺にはあってソウジにはないもの、これで戦う」
ソウジの眉間にいくつもの深い溝ができた。
彼は俺の秘密を暴く気でいる。この言い方には食いついたはずだ。
「いつまで強気でいられるか試してやろう」
足腰に力を入れたソウジは間を詰めるためこちらに距離を詰めてきた。やはり、雪のせいでソウジの動きはいつもより僅かではあるが遅い。それでも避けられるか避けられないかの瀬戸際だ。でも、寸秒違うだけで俺にとっては有利だ。
残す問題は腕を伸ばされたときの距離だけど、これはもう対策を練っている。
側にある木を腕で叩く。すると、頭上から雪がどっさりと落ちてきた。視界を悪くされたソウジの腕は、俺を捕らえられず別の方に向いている。だが、これで終わりではない。ここで反撃にでても俺はまた空を仰ぐ羽目になる。
すかさず距離を取り木の側で立ち止まった。ソウジが目の前に迫ると、また木を叩く。これを繰り返すと、ソウジの顔に怒りが窺えた。一方で、定期的に落ちてくる雪が身体に張りいているせいで、凍えから小刻みに震えている。悴んだ手足は思うように動かず、雪を知らないソウジは困惑し始めた。
こうして動きを封じ込めることに成功したわけだ。
さあ、いよいよだ。
自己暗示を最大限まで高めていくと、俺の身体からもくもくと蒸気がたちこめる。大猿の時よりも激しく鼓動する心臓と、真っ赤に染まる肌。ソウジが目を見開いた。
「貴様、死にたいのか!?」
「よく見てよ」
身体から発生する熱は雪を溶かし、俺の周りだけ地面が見えている。足場が固まり、俺はようやく構えを取った。そう、自己暗示に関係することこそが、俺にはあってソウジにはないものなのだ。この能力は混血者にとって欠点がある。
「俺も混血者も自己暗示能力は備わっている。でも、ソウジは半獣化しないと言霊も自己暗示も使えない。それでいて、半獣化に伴った自己暗示しか発揮できない。そうだよな?」
ソウジの目が据わった。
「それがどうした。自己暗示は、いきすぎると意識を失うどころか下手すれば死ぬ。それは両者変わらんだろう」
「かもな。だけど走流野家は違う。今みたいに自己暗示を好きなときに好きなだけコントロールできるんだ。それが混血者にはできない。言霊と同じで、半獣化できる時間は経験で決まる。つまり、自己暗示をフルで使うことが出来ない。なぜなら半獣化を強制的に解かれるからだ。だから手合わせを長引かせなかった」
これは、人の姿のままではヒロトに喧嘩で勝てなかった事と、イツキのアドバイスのおかげでわかった事だ。
ソウジの歯がぎりぎりと音を立てた。
「今度は俺の番だ。強気でいられるか、試してみてよ」
包火を唱えながら、頭にウイヒメを描いた。彼女の笑顔、軽快な動作で走り回る姿、そして妹のように思える暖かい感情。ウイヒメを包み込む空気が月のように白く優しく光る。
「火が赤くないだと……。どうなっている」
「これはまだ序の口だ」
驚愕しているソウジを他所に、白炎が俺の両手を燃やす。そうして、俺はようやくソウジに構えを取った。極限にまで上りつめた自己暗示で、最大のスピードでソウジにぶつかった。燃えた手と燃えた手が衝突すると「どんっ!」と空気を振動させた。
根比べをする間もなく、踏ん張っているソウジの足が後ろに下がり始めた。悴んでいるせいで上手く踏ん張りが利かないのだろう。そこで、俺はソウジの視界から包火を消した。
「やはり口だけか。いくら好きなときにコントロールできると言っても、肝心なところで解かれてしまっては意味が無い。貴様は弱い」
「だから、よく見ろって」
視界から消しただけで、包火そのものを解いたわけではない。足に移動させたのだ。足場の雪がみるみるうちに溶けていき、暖められたソウジの両足にしだいに力が戻る。
「敵に余裕を与えるとはな」
俺の両手を握ったままを片足を後ろへ一歩引いたソウジは、俺の鼻先に風圧で切り傷を負わせるほどの勢いでもう片足を頭上に伸ばす。そして、振り下ろした。
「貴様は気に食わん。ヒロトの弟だからと手を抜いていたが、これで終わりだ」
視界の端で担当がこちらに向かってくるのが見えた。ソウジは本気で俺の脳天に踵を振り下ろしたのだ。
しかし、両手を握る握力は弱く、体軸にバランスがない。ソウジの身体を支えている膝が折れた。どんな状況でも構わない、ソウジがバランスを崩すこの瞬間を俺は待っていた。
ソウジの両手を外し、その手を地面につける。
「炎・月姫乱脚」
宙に持ち上げられた両足が白炎を纏いながら、満月のような大きな円を描いた。その足はがっちりとソウジの肩を掴み、膝で強く頭を挟む。炎で描かれた丸い円の中心を貫くのはソウジの身体だ。頭先が円を通ると地面とのご対面だ。
衝撃に身を構えながらソウジが目を閉じた。そこへ何十発もの蹴りが白炎の線を引きながらソウジを痛めつける。
立ち上がろうとすると顎に入り、片膝をつくと背中に当たり、ソウジは俺の蹴りから逃げられなかった。
「そこまで! 勝者、走流野ナオト!」
担当が間に入り、俺の片足を受け止めた。
「言霊を作ったのか?」
「はい。反則でしたか?」
「そうではないが……、とにかく早く自己暗示を解くんだ」
言われた通りにすると、身体から力が抜けてしまい、ソウジの隣に倒れた。2人共、担当の両肩で俵担ぎにされながら野営地に戻る。
担当の背中を見つめながら、ソウジが問うてきた。
「どうやって俺の力を奪った? あれも言霊か?」
「まさか。俺は自己暗示を最大限でかけたんだ。その身体をソウジは両手で受け止めただろ? ただ痺れたってだけだ」
それにしても、あれだけ蹴り上げたというのにソウジの身体には薄らと傷跡がある程度だった。まるで鎧をつけた犬だ。
こうして各隊長に引き渡された俺達は、総司令官からその場で訓練終了を告げられたのだった。




