【逸話】イツキの神様・1
「おいおい、頼むから飯くらい食ってくれよ。お前に死なれると俺達が罰せられるんだわ」
「やめなさいよ、相手はまだ子どもじゃない」
「子どもの姿をした化け物だっつーんだ。知らないのか? こいつ、生まれてすぐに自分の母親を食っちまったんだぞ」
「なによ、それ。冗談はよして」
「まあ、信じられない気持ちもわかる。けどな、かれこれ鍛錬場に8年も監禁されてんだ。理由はただ一つ、人を喰う化け物だからさ。実際、俺の姉貴は8年前にこいつに喰われちまった。事情を知らされた俺の両親は泣き叫んでたよ。こいつの父親が姿をくらませた理由も理解できるってもんさ」
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いつだったかな。公園で遊んでいる子達がこんな話しをしていたんだ。
「星にいる神様にお願い事をしたら、そのお願いを聞いてくれるんだって。お母さんが教えてくれたの」
その日から、外に出た日は空を見てカミサマに話しかけるようになった。だけど、カミサマは何も答えてくれなかった。
小さいから見えてないのかな? ゴミだから気づいてないのかな? あの頃の俺はそう思っていた。
「カミサマ、俺はここにいるよ……」
空に手を伸ばしてもカミサマは手を繋いでくれない。いつも冷たい手。あばらが浮き出るほどにへこんでいるお腹から変な音が鳴っても、やっぱりカミサマは気づいてくれなかった。
あの頃の俺にとって、空はあまりにも遠かった――。
すぐに見つかるくせに、俺は何度も外へ出ていた。
「この化け物が! たった一つの頼み事も聞けないのか!? ここで大人しくしてろ!」
「タモン様にどう報告したらいいのかしら」
「その必要はない。運良く王家に出向かれている。監視を怠ったと知れる事もないだろう。不幸中の幸いってやつだ」
「子ども相手にさっきから変よ!? タモン様に背くつもりなの!?」
「そんなの知るかっ。コレごときに鍛錬場に施設を設けるくらいだ。ゴミくずに情が湧いたってだけだろ」
「守るべき命だから、こうして国民の目から遠ざけてるんじゃない!」
大人はみんな同じ事を言う。キケン、バケモノ、カンシ。俺には理解出来ない言葉ばかりだった。ただ一つ理解していたのは、外に出るとこうやって怒られるって事だけだ。
どうして俺はいつも怒られるの? 教えてよ――。胸の中を埋め尽くす疑問はこれだけだった。
「カミサマ……」
「うるせぇ! 喋るんじゃねぇ!」
頬を叩かれても痛みはすぐ消える。痛いのは今だけだと我慢して過ごした日々。だけど、それよりも自分の無能さに呆れるのは、早く笑顔になるマホウの言葉を唱えなきゃって思い込んでいたこと。
「ごめんなさいっ、ごめ……んなさい……」
「姉貴の痛みはこんなもんじゃないんだ、この化け物。さっさと死ねばいいのに……」
「やめなさい!!」
みんな笑顔で死ねって言った。シネって、なに? 俺にはわからない事が多すぎた。
おじさん達が持ってきてくれたおにぎりを持って、2人が喧嘩している間に俺はまたこっそりと外へ出た。どうしてもカミサマに会いたくて、俺の願い事を聞いて欲しくて。
公園に着いて、ブランコに座って空を見上げた。
「化け物がブランコにいるぞ!」
「あっ……」
公園で遊んでいる子におにぎりを叩き落とされた。泣くのをぐっと堪えたっけ。その間に、俺を取り囲むように数人が集まった。
「化け物は何も食べちゃいけないんだぞ!」
「俺の母ちゃんが言ってた! こいつはキケンだから生きてちゃいけないんだって」
「おばちゃんって闇影隊だよね? 闇影隊がキケンって言うなら本当に危ないよ。キミ、殺されちゃうよ?」
「おい、化け物! 俺達は訓練校に通ってるんだ! 闇影隊になったらお前なんかすぐに殺してやるからな!」
どうして遊んでくれないの?
「ごめんなさい……」
おにぎり、食べようとしたから?
「謝るくらいなら、早く死ねよ。化け物」
笑いながら走っていく姿を見て、俺は胸を撫で下ろした。だって、笑ってくれたから。
静かになった公園に、腹の音が響き渡った。
「ジャリジャリする……」
おにぎりは美味しくなかった。
それからもう一度、空を見上げた。空が少しずつ暗くなっていくにつれて、星が一つずつ目を覚ます。あのどれかにきっとカミサマはいる。だけど、数が多すぎて、もうどの星に願い事をしたのか思い出せないでいた。
たった一つの願い事、それは――。
「お友達ができますように……」
星がキラリと光った。もしかして聞こえたのかな? 期待が膨らんだ。
足音がして後ろに振り返った。そこにいたのは、友達じゃなくておにぎりをくれたおじさんだった。
「また脱走しやがって、もう勘弁ならねぇ」
おにぎりをくれたおじさんは、俺に「走れ」って言った。「じゃなきゃ、お前を殺す」って。おじさんの目は怖かった。今まで一番、誰よりも真っ黒な目をしていた。
俺は隠れた。だけど、すぐに見つかった。
「もう少しで正門だってーのに。お前さ、あの門から出ろよ」
「ど、どうして?」
「門の向こう側に森が見えるだろ? あっちでお前のお父さんが待ってるぞ。それともまたあの暗い場所に戻されてぇのか?」
「イヤだ!」
「だろーな。これは2人だけの秘密だ」
「もう一人ぼっちじゃない?」
「いいから、ほら、行け」
「でも、森のどこに行けばいいの?」
「森に入ったらウサギくらいの小さな生き物と会うはずだ。見た目は怖いけど、そいつが案内をしてくれる。ビビって逃げるんじゃねえぞ?」
「わかった!」
優しいおじさんに手を振って、俺は父さんの所に向かった。
森は暗いけど家よりは明るかった。それに、家には岩の壁しかないけど、ここには木がたくさんあるし川もある。草や花だって生えている。どこにだって行ける気がした。
けれど、父さんはどこにもいない。木の裏も見たし、川の中も覗いた。小さい生き物もやって来ない。
話し声が聞こえてきたのはそんな時だった。隠れると、たくさんの人が近づいてきた。
「最近は抜け出すくらいで大人しかったのに、いったいどうしたんだ?」
「見張りの報告によると急に暴走したそうだ。男は運良く免れたが、女の方は死んじまったらしいぞ」
「そうか……。レイさんが身を投じて国を守ってくれたってのに。あの子を身籠もるのがもう少し遅ければ、みんな幸せに暮らせた。運命ってのは残酷なもんだ」
「確か凄腕の封印術士だったな。あの日、レイさんに何が起きたんだ?」
「実は……」
その日、俺は初めて自分のした事を知った。母親を喰い、駆けつけた闇影隊を殺した。そして鍛錬場に閉じ込められた。
だけど、教養がない俺に話しの内容を理解する事は出来なかった。ただ一つを除いては――。
「そんな事があったのか……。なんだか複雑だな。国民が毛嫌う理由もわからなくはないが……」
「まあ、俺達はいつも通り監視して、危険を事前に防いで、化け物を押さえ込むってだけだ」
「今の話しを聞いて、俺にはどっちが化け物かわからなくなちまった。アレなのか、それとも国民なのか」
「おいおい、こんな状況でよしてくれ。真っ先にハンターに喰われちまうぞ?」
「それこそ闇影隊の職務ってもんだ。ただやっつければいい。だがな、国民を静めるってなるとまた別の話だろう?」
心臓が大きく跳ねた。なぜなら、ヤミカゲタイを学んだばかりだったからだ。ヤミカゲタイは俺を殺したいんだと、これまたざっくりと俺の脳は理解していた。
「あっ……」
コロサレル、コロサレル、コロサレル、コロサレル。
「コロサレル……」
「ん? ――っ、発見! いたぞ! ほら、こっちへおいで」
迫り来る闇影隊に俺は必死になって逃げた。ここからは思考が滅茶苦茶になって、がむしゃらに走っていたのを鮮明に覚えている。
――いやだ、いやだ。殴られてもいい、痛くてもいい。コロサレルのは、いやだ。
「いやだっ!」
カミサマ、カミサマ。
「待ってくれ! そこから先は危険だ!」
「ごめんなさいっ……」
カミサマ、カミサマ。
「助けてっ」
カミサマ、カミサマ。
「来ないでっ!」
「頼むから止まってくれ!」
カミサマ、俺はここにいるよ。
死ニタクナイ。




