第10話・最弱、敗北を知る
次の日から、総司令官監督のもと、順番に各自精鋭部隊とタッグを組んでの上級歩兵隊の試験を想定した訓練が開始された。彼らは名前を明かさないため、担当と呼ぶことにする。
来た方向とは別の方向に下山すると、そこには一面に広がる層の厚い雪原があるのだが、うさぎ跳びで何往復もさせられた時は気が狂いそうになった。
しかも、雪原までの行き帰りには、膝まで埋まる雪に加えて、少しでも気を抜くと滑ってしまう山道をダッシュで登山と下山を繰り返さなければならないのだ。その日課は、早くも心身共に疲労を蓄積させていった。
登山や下山の途中では、何度もハンターや獣の襲撃に遭った。死にそうになると精鋭部隊が間に入り助けてくれたが、その代わりにまた野営地や雪原に戻され、もう一度ダッシュからやり直しとなる。俺はまだ鉢合わせていないけど、混血者が襲撃してきた際には助けはなかった。
それだけでも気が滅入るのに、さらに追い打ちをかけたのは精鋭部隊の罵声だった。
「貴様、そんな走りで生き残れると思っているのか! 他の邪魔をするのならハンターの餌にしてやるぞ!!」
「旧家の力はそんなものなのか!? たかがダッシュごときで息を上げるな!! やる気がないなら今すぐ帰れ!!」
「どうしてお前が卒業出来たんだ!? お前のように亀よりものろまな人間は初めて見たぞ!! 訓練校に戻されたくなかったら死ぬ気で走ってみせろ!!」
「走流野ナオト!! 兄に負けてるぞ!! 地に手をつく暇があるなら足を動かせ!!」
などと、あちこちから聞こえてくる。その声に苛立ちを感じるものの、言い返す気力すら残っていない。
だが、この合宿。最も過酷を強いられているのは混血者だろう。適役に加えて通常通りの訓練までやらされている。重度の恐ろしさを知ったソウジ達だからこそ、目に宿る強い意志を絶やさないでいるが、体力や能力を誇る混血者ですら精鋭部隊に命を救われていた。
寝ても寝足りない合宿で、ついに俺の目の前に混血者が現れた。最悪なことに、相手はソウジだ。
「貴様を見つけるのに苦労した。やっと手合わせ出来る」
なぜかやる気満々だ。
「こんな具合の悪い時に勘弁願いたいけど。そうもいかない、か……」
ユズキと同じくして俺の秘密を暴く気でいるソウジ。だが、彼女のものとはまるで違う。イツキのような純粋な疑問でもないし、あれは明らかに好奇心のようなものが感じられた。
なるべく接触したくはなかったが、この合宿では避けては通れない混血者との戦い。
やるしかない。
どんな性質で、どんな攻撃を得意とするのか情報は一つもない。なので、自己暗示を身体全体にかける。合宿期間はまだまだ残っている。ここでダメージを負うのは最小限にとどめたい。
「装!」
ソウジが半獣化した。かなり鍛えているようで、生身の部分がほとんどない。いずれ一族を率いるのだから当然のことと言えば当然だが、この年齢でここまで体を作り上げているだなんて、素直に驚くしかない。手合わせで済むだろうか。
担当は、腕を組んで見守る姿勢となった。
ソウジが構えを取り、2人同時に地を蹴った。互いの両手を塞ぎ、額がくっつきそうになるくらいまで体を押し合う。俺の足はソウジの力に負けて後ろへと滑っていった。彼には爪があるが、ブーツでいくら踏ん張っても足もとは雪だ。
押された力を利用して、ソウジを一本背負いで地に叩きつようと動いた。簡単に体勢を整えられてしまい、片膝をついた瞬間に宙返りで後退する。そしてまた一気に俺の元へ距離を詰めてきた。
イツキのようなスピードはないけれど、瞬発力が尋常ではない。目で追えるし、頭で動きを先読みしても体が反応してくれない。間合いがなくなるとソウジは爪を俺の喉にあてがった。
後ろに引こうにも、腕を伸ばすだけの余裕があるため意味はない。かといって、前へ出ればソウジに捕まるだけだ。もしソウジが重度なら、取るべき行動は一つ。
しゃがんだ俺は、片手を軸に下半身を持ち上げて回し蹴りをした。読まれていたらしく、あっさりと避けられてしまう。さらには、俺の片足を掴んで言霊を唱えた。
「炎・包火!」
「火の性質なのか!?」
冷ややかで意地の悪い笑みを浮かべて、序の口だとさらに火の輝きが増した。
膝下までの服が焦げる臭いがする。俺の包火が放つ火の大きさよりも、一回りも二回りも大きくて勢いのあるソウジの包火。同じ性質だからだろうか。とても苛々しい。
「貴様の父親は尊敬に値するほどに素晴らしい言霊の持ち主であり、残す数々の戦果は驚かされるものばかりだ。それに、ヒロトは唯一、半獣化したこの俺に傷をつけた奴だ。比較するまでもなく、貴様はひ弱だな」
襲いかかるやるせない嫉妬と怒り。これが俺の苛々しさを倍にした。
「父さんとヒロトが強いからなんだ。そんなもの、俺には関係ない!」
「ならば証明してみせろ。ユズキが消えた今、貴様は何を糧に強くなれるのか、この俺にな」
宙を彷徨う片方の足で、太ももと脹ら脛を使ってソウジの首を挟んだ。自己暗示で硬化させているため、締めるというよりもへし折るに近い。一瞬、ソウジは痛みで顔をしかめた。その隙にソウジの両足首を掴んで言霊を唱える。
「炎・衝撃砲!!」
咄嗟の間にソウジは離れた。ついでに俺を大木へ投げ捨てることを忘れずに、本人はもといた位置に戻る。足首を確認するとかすり傷一つなかった。
気持ち悪いくらいの、もぞもぞとした得体の知れない物体が腹の中で蠢いていた。両拳には力がこもり、無意識に噛んでいた唇からは一筋の血が流れる。
ユズキが居なければ何も出来ないのだと、そういう意味で言われたような気がしたからだ。
俺が修行をしたきっかけは彼女を守るためだった。だからこそ、言葉にならないほどの怒りが俺を支配する。
この日、俺は初めて敗北を知り、虚しくも訓練終了の声がかかった。
野営地に引き返さなければならないのに俺は動けずにいた。膝から下の火傷は治っているし、他に目立った外傷があるわけでもない。あるとしたら、心の傷くらいだろう。
担当は何も言わずに待ってくれていた。
「俺にも精鋭部隊の人たちみたいな力があればいいんですけど。あんな簡単にやられるだなんて……」
雪を握って遠くへ投げた。ポスッ……と小さな音が鳴る。すると扇の形をした影が瞬く間に同じ方向へ飛んでいった。やったのは担当だ。刃物で切ったように、岩が真っ二つに割れる。
「俺のようになるのは無理だ。なぜなら、精鋭部隊は混血者のみで構成される特殊部隊だからな」
「じゃあ……」
片足を目の前に見せる。つま先には黒い蹄、足首から膝までに無駄な肉はなく、お尻なのか太ももなのか、一体化して見えるそれは大きな筋肉の塊のようであった。
「そういうことだ」
「雪で岩を裂くだなんて、俺にはそれすらできません」
「三ツ葉ソウジを目指しているのら、やめておけ。そもそも種が違う」
「いえ、そういうわけじゃ……。ただ、手も足も出なかったというか、俺だってそれなりに頑張ってきたつもりなのに、根っこからひっくり返されたような感じがして……」
青島隊長が話していた、「自分の認識がどれだけ甘かったかを全員が思い知らされる」とは、このような事態を意味していたのだろう。
何も言わずに歩き始めた担当に続き、野営地へ向かった。
「……お前が負けた原因を教えてやろう」
野営地を目の前にして歩みを止めて振り返った。
「言霊は感情を念にするものだ。よって、感情で力の差異が決まる。あるいは、経験が物を言うだろう。ただ怒り任せであればいいわけではない。怒りを力に変えるのは爆発的な攻撃力を産み出すに違いないが、冷静さを欠いてはコントロールを失い、結果として威力を弱めてしまうことになる。今回の一戦と、これまでの任務を比較してみるといい。何がお前を成功に導いたのか、その答えが見つかるはずだ」
そう言って、彼は彼の野営地へと戻っていった。




