第9話・合同強化合宿、開始
「青空イツキ! 前へ!」
声が聞こえたのと同時に、木の上から面を着けた怪しい者が飛び降りてきた。
唸っていたイツキが急に真顔になる。「また後でね」とだけ言い残して隊列の間をすり抜けて行ってしまった。面の者は青島隊長に会釈するとイツキを追っていった。
ちなみに、この合同強化合宿は一ヶ月にも及ぶ大がかりなものだ。それなのに唯一の班員を連れて行かれては先が思いやられる。
青島隊長によると、参加しているのは臨時授業を受けた者全員で、監督には総司令官と精鋭部隊10名が任命されているそうだ。
総司令官や精鋭部隊という小隊を初めて目にした俺は、合宿場所に移動しながら前を歩く彼らの後ろ姿に好奇な視線を向けていた。
格好は珍しく、顔の下半分を隠すために手拭いで口を覆っていて、その上からは動物の面を着けている。胸当てと背当てを装着し、さらには手甲まで。彼らはユズキを追ったメンバーの中にもいた者達だ。
精鋭部隊という名前は知っていたけど、闇影隊にそういった役職があるとは知らず、青島隊長に詳しく聞いてみる事にした。
「精鋭部隊の事はなんとなく理解しました。総司令官って人は何をする人なんですか?」
「総司令官とは、闇影隊の頂点に立つ人の事で、総指揮をとるだけでなくタモン様の側近や臨時の玄帝代行も務めている。よって、滅多に北闇を出る事はないのだが……。それ以前に、合同強化合宿に精鋭部隊が派遣されるなど聞いたことがない。今回はどうやら特別のようだ」
「ジンキとかいう者が関係しているんでしょうか?」
「……ナオト、これだけは覚えておくんだ」
そう言って、青島隊長は声を低くする。
「その名は二度と口にしてはいけない。ユズキを追った時に耳にしたのだろうが、北闇の掟だ。わかったか?」
「はい」
ユズキは掟は二つあると言っていた。おそらく、これがもう一つの掟だろう。
ともかくだ。総司令官の隣にはなぜかイツキが歩いていて、2人は精鋭部隊に囲まれていた。青島隊長は異様な光景だと言い、俺とは違った視線を向けている。
きっと、ユズキが関係しているのだろう。2人は一緒に住んでいたし、イツキの問いかけにユズキははっきりと「ジンキの味方だ」と言い放った。この言葉は精鋭部隊の者も耳にしている。
イツキが重要人物であることは一目瞭然のこの光景。やはり、ジンキという者を知る必要があるみたいだ。
それからしばらくして、先頭を行く総司令官は道を外れて山の中に足を踏み入れた。そこは、2日前に青島班だけで訓練を行った山だ。あの時は1キロという範囲での訓練であったため、どんな山なのかは青島隊長が話してくれた範囲でしか知らなかった。
1キロ地点より先へ山を登っていくと、木の葉の層は太陽の光を遮断するほどに空を覆い隠し、そのせいか森に充満する湿気が肌にまとわりつき、奥深くに進むにつれて体力を奪われていった。
あえて過酷な環境が整う山を選んだのではないかと思えた。というのは、森に足を踏み入れてから奥に進むにつれて肌に冷気を感じるのだ。
やがて眼前には白い層が広がりはじめ、その正体がわかった俺は思わず足を止めて白い物体を手に取った。
「雪だ……」
冬がないはずの北闇で、初めて雪を見た。
「どうしたんだ?」
立ち止まる俺に青島隊長が声をかけてくる。
「なんでもありません。行きましょう」
元気だけではどうにもならない寒さに、俺たちは身体を摩りながらまた足を進めた。
少し開けた場所で足を止めた総司令官は、隊列を組むこちらを振り返った。動物の面ではなく、四本の角がある般若の面をつけている。
「この場所を野営地とする。訓練は明日の早朝から開始だ。なお、食料の調達は各班で行うこと。今日はゆっくりと休んでくれ」
解散を告げようとする総司令官に右手を挙げた参加者は、なぜ精鋭部隊がいるのかと尋ねた。上級試験を想定したこの合宿は、毎回の事、監督は各部隊長が務めていたという。
少しの間を置いて、総司令官は質問をした者の前に歩み出た。
「この森がどこだかわかるか?」
「いえ、存じ上げません」
「ここは、北闇の領土内にある森の中で唯一名がつけられた森だ。迷界の森と呼ばれ、三種全てが生息する森でもある」
「獣やハンターはわかりますが、妖は滅多に遭遇しないのでは?」
その問いに、総司令官は雪を手に取った。強く握りしめ、石のような塊になった物を手に待たせる。
「これは雪という物質だ。迷界の森に巣くう妖が原因とされており、そいつは己の気分で雪の降る量を決めているそうだ」
「つまり、総司令官も見た事がない……という事ですよね?」
「ああ、そうだ。だが、前総司令官はその妖と交流があり、その報告は俺も聞かされている。こちらから危害を加えない限り、向こうから接触してくる事はない……とな」
その言葉に背筋を伸ばした参加者一同。何を想像したのか顔を強張らせていた。かくして、俺も同じだった。
総司令官が実物を見た事がなくても、妖は確かに存在し、しかもそいつには雪を降らせる能力がある。冬を知らない周りがどんな想像をしているかは定かではない。だが俺には、いかにして人間や他の生き物を殺すのか安易に想像が出来る。
緊張せずにはいられない理由として、もう一つ。空に雪雲が見当たらないのだ。妖の存在は確実に明かなものとなった。
それから、総司令官は最初の問いに話を戻し、白い息を吐き出しながら上級試験の事について説明し始めた。
「この場には初めて試験を受ける者が多数いるだろう。これだけは教えておく。試験は2つ用意され、第一試験は毎度のこと変更がない。そして、この試験では少なくとも受験者の半数が命を落とす。過去には全滅した国もあるほどの過酷な試験だ。その試験内容は……」
各班、ハンター20体の討伐――。
これには、さすがの混血者も動揺を隠しきれないでいた。なぜなら、臨時授業の黄瀬隊長の説明で「自由参加」とあったからだ。
もし班の内、1人だけが参加となった場合、20体を1人で討伐しなければいけない事になる。
想定内の反応だったのか、総司令官は淡々とした口調で続けた。
「今年は伝達がないため、第一試験の内容がどうなっているかはわからない。だがな、参加希望を出した以上、お前達の不服などこちらには関係のないことだ。我々はタモン様の指示通りに動くまで。どのみち、この森では班員同士の意思疎通が成されなければ全員死ぬ。そうさせないために、監督に精鋭部隊を任命したのだ。それ以前に、今後から混血者に合わせて行動していかなければならない。体力の強化は不可欠だろう」
般若の面が正面を向いた。
「長話は無用だ。さて、この合宿期間中に第一試験と同じ内容をクリアしてもらう。1日でとは言わん。1ヶ月で20体を討伐する事が目標だ」
1人につき20体、だがな――。
最後にそう言葉を紡いだ総司令官は、解散を告げ、各班は重たい足を引きずりながら野営の設置に取りかかる事となった。




