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別れの日と最弱・3

 夜の森はとても静かだ。おかげでユズキがいる方向はすぐにわかった。音を頼りに足に自己暗示を少しずつかけていき、背中を捉えて、一気にスピードを上げた。使える体力はごく僅か。狙いを定める。


 ユズキが俺に振り向いた。高く飛躍してユズキの体を捕まえる。2人揃って地面に叩きつけられた。


 狼が俺に牙を剥いた。しかし、それをユズキが止める。


 しばらく沈黙した。


 俺は考えていた。もしこの狼がただの獣ではなく重度だとしたら、ユズキがあちら側の者だと意味してしまう。初めから敵だったか、あるいは後から向こう側についたか、ということになってしまうのだ。


 王家の者は、重度とフードの男には何らかの繋がりがあると言っていた。俺たちの命を狙った男の元に行ってしまうのだろうか。




「……なあ、ユズキ。これからじゃん。青島班としてやっていくはずだったのに、なんでだよ」




 先に沈黙を破った俺に、ユズキが答える。




「言ったはずだ。僕には僕のやるべきことがある」

「手伝おうか?」

「なぜだ」

「――っ、友達だからに決まってるだろ!!」




 ユズキの肩がぴくりと跳ねた。




(出会えて良かったって、こういう意味だったのかよっ。国を抜けるって決めてたからっ……)




 まだユズキは目の前に居るのに、俺の胸にはすでに大きな穴が空いていた。彼女は絶対に戻らない。説得で頷くようなタイプではないとわかっているからだ。だけど、急すぎる。


 ユズキを追いながらずっと考えていた。なぜ出て行く気になったのか、どこにそのきっかけがあったのか。タモン様が彼女を追い詰めたのか、北闇の住民が酷いことをしたのか。それとも、俺やイツキといるのが嫌になったのか。


 ユズキはいつも自分について語らない。俺がユズキのことについて知ったのは、タモン様と青島隊長から話しを聞いてからだ。




「本当の家族だったら、幸せだって……そうも言ってたじゃないかっ」




 悔しい、悔しい悔しい悔しい。


 俺にはユズキを説得することは出来ない。それくらい彼女の決心は固い。ユズキは手の届かない場所に行く。出会った頃の事が頭の中を埋め尽くしていく。


 俺とユズキの関係は、初対面で互いに言葉が重なったあの時から始まった。




「どこかで会ったことある?」「どこかで会ったか?」




 ユズキの自己紹介が終わって、一限目が始まる前のことだった。目が合った途端に、互いに同じ事を尋ねた。


 周りがひそひそと話している最中、それを無視して、彼女はいつも空いている俺の隣の席に腰を下ろした。


 ただそれだけなのに、化け物としてではなく、真っ直ぐに俺という存在を見てくれたような気がして、胸の奥底から暖かい何かが膨れあがってきた。醜くて、どんよりとした世界が明るくなった。以来、彼女とは友達で、友達ができた喜びからか、人の目や声に恐れることはなくなった。


 それなのに、俺は顔をくしゃりと歪ませて必死に泣くまいとしている彼女を止める事が出来ない。眉を下げながら、唇を噛み締めるユズキを安心させてやる言葉すら思いつかない。


 父さんと修行をした。任務で多くを学んだ。訓練でお互いに歩み寄っていこうってそんな話しもした。けれど、肝心なことを学べていなかった。


 俺は、ユズキの性格や体質以外に、何も知らない。




「何か答えろよ!」




 深く息を吐き出して、ユズキは他所を向いた。狼がユズキに声をかける。ユズキはこいつのことをラヅキと呼んでいた。




「お前の考えていた通り、この小僧は追ってきたではないか。まだ北闇の領土内ではあるが、今のうちに用件を済ませておくべきじゃないか?」

「……いいだろう。ナオト、教えてやる」




 そう言って、次に紡いだ言葉は「どうして僕がお前に接近したかをな」、だった。接近という言葉に、意識が遠のいていくような感覚に見舞われる。




「僕にとって、周りの噂などどうでも良かった。呼ばれ方や扱われ方なんて気にもならない。ただ、あの言葉を聞いてからは、気にせずにはいられなくなった。お前をもっと理解する必要があると、周囲の言葉に耳を傾け、情報を収集した」

「俺の言葉ってなんだよ……」

「どうして北闇に冬がないのか――、教室でそう疑問を口にしただろう? あれを聞いた時から、僕はお前に興味を持ち、次第にこう考えるようになった。こいつはいったい何を隠しているのだろうか、と」




 この一言で心臓の鼓動が一気に加速した。顔面の筋肉がこめかみにむかって引きつっていくのがわかる。




「意味がわからないんだけど……。俺はただ、大人が話していたのを偶然聴いただけだ」




 ユズキが俺に振り返った。もう悲しみに満ちた顔ではなく、いつもの無表情に戻っている。




「12年前、北闇に住む大人にはある掟が二つ課せられたそうだ。そのうちの一つは……」




 冬に関して絶対に口に出さないこと――。




「お前の言動は僕に毎度の事こう教えていた。大きな隠し事を抱えているから人の目を避けている。俯く回数が増えていくのも、他人に興味を持たないのも、自分の殻に閉じこもっているのも、全ては誰にも知られたくない秘密があるからです、と。初めは噂のせいかと思ったが、そうではない。お前は〝冬〟を知っている。これこそが答えなのに、僕にはそれ以前の過程を聞き出すことができなかった」




 丸裸にされた。胃が焼けるくらいの吐き気と、頭を鈍器で殴られているかのような頭痛がする。




「だとしてもだ! 秘密を探るために、ずっと友達の振りをしていたのか?」

「友達だと言ったのは本心だ。心からそう思っているし、家族だったらと考えたのも本当だ。そもそも、お前に嘘をついたことは一度だってない」




 それはそうだろう。俺がユズキ自身について尋ねたことがなければ、彼女も俺に話したことすらないのだから。




「その言葉は卑怯だ」

「そうだな。だが、いずれ話してもらう。何を心の内に隠してそんなに苦しんでいるのか、その答えを僕は知りたい。それと、僕自身、片付けることがある。話しはそれからだ。だから今は追うな。僕に嫌なことをさせないでくれ」




 俺を足止めさせるには十分すぎる言葉だ。優しく言われてはいるが、俺の秘密を知らずとも、情報を渡すと脅している。でも、二度と会えない、というわけではないらしい。




「また会えるのか?」

「言っただろう。僕はお前に嘘はつかない。ただ、この事は北闇には話さないでほしい。あとイツキにもな。変な期待を抱かせたくない」

「イツキの事はわかったけど、タモン様のことはまだ信用していないのか?」

「ああ。あいつは賢い男だ。言葉巧みに情報を引っ張りだす天才だからな。お前もあいつを信じない方がいい。お前の父親やヒロトもそうだ。走流野家について隠していることは、まだたくさんあるようだからな」

「ちょっと待ってくれ。走流野家の事なのになんで俺に隠すんだよ」

「そこまではわからないが、お前の出生と母親が関係しているのは確かだ。頼るなら青島とイツキにしろ。お前を絶対に裏切らない。それは僕が保証する」




 言いながら、ユズキは狼にまたがった。もう行ってしまうようだ。思わず伸びた手をユズキが握手するような形で掴んだ。結局俺は、この瞬間まで彼女に心配されっぱなしだった。どうしようもなく無力に思えて、お礼も言えず、謝ることもできず、握る手に力が入る。




「僕が動くのは僕達のためだ。いずれわかる日がくる。それと、お前は家族の事を調べろ。もしかすると僕が見据える未来と合致するかもしれん。だから、それまで僕の事を信じてくれ」

「やっぱり、あのフードの男の所に行くのか?」

「そいつに辿り着くのか、お前の祖父に辿り着くのか、どちらかだろう」

「場合によっては敵同士になるかもしれないぞ、俺たち」

「それでも僕は行く。また会おう、ナオト」




 ユズキが狼の腹の横を足で軽く蹴ると、狼は一気に駆けだした。




「ユズキ! 信じるから!」




 この声は彼女に届いただろうか。


 数分後、イツキたちが追いついた。立ち尽くす俺に赤坂隊長が「帰ろう」と声をかける。


 放心状態のイツキを家まで送り届け、寝室に連れて行った、泣き疲れたのかイツキはすぐに眠ってしまった。俺は一人で屋上に来ていた。


 月光や夜風が肌を撫でる感触は、夜な夜な公園で会っていたユズキとの思い出を頭に浮かばせた。


 しばらくぼうっとした後、思い出に浸たるのは終わりにして、月夜の国でツキヒメとウイヒメの母親から貰った首飾りを指でいじりながら、改めて突きつけられた現実に落ち込む。




「ヒロトと父さんが隠している事って、なんだろう……」




 ユズキとの友達関係が中途半端であれば、簡単には信じられなかったあの言葉。しかし、思い返せば、ユズキはずっと俺の家族を意識しているような素振りであった。ヒロトに対して態度を変えようとはしなかったし、俺とヒロトを離そうとしていたようにも感じる。だけど、やはり頭は否定している。


 俺の家族が、俺だけに何かを隠すだなんてあり得ない。しかも走流野家に関することなら尚更だ。そう信じたい。


 真相を明らかにすには青島隊長とイツキを頼ってみるしかない。イツキにいたっては心身的な復活を待って尋ねてみるしかないだろう。

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