別れの日と最弱・2
「俺はもう帰るが、修行はほどほどにしておけ。夢については強化合宿終了後に詳しく話す」
「了解です。本当にすみませんでした……」
タモン様がいなくなって、盛大に息を吐き出した。まさか、先程の症状の原因がただの夢にあるなんて。森を走っていたからなんだってんだ?
(模擬訓練のときから変だな……)
両手をグッ・パッと開いたり握ったりしながら、周囲の惨状に再びため息をついた。そうして、入院中に交わしたタモン様との約束を思い起こす。
上級試験に合格すれば、青島班には母さんの捜索を一任される。青島隊長の了解も得ているらしい。本当はこんなところで躓いている場合じゃないんだ。
どうせ自分勝手に行動すれば怒られるんだ。家族が母さんのことを話したくないのなら、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「自分で居場所をみつ――」
呟き終える前に、突然として襲ってきた風。続いて、言霊を唱える声が聞こえてくる。
「炎・旋回包火球!!」
これはソウジの声だ。かと思いきや、今度は頭上を黒い物体と白い物体が通り過ぎていった。速いけど、見える……。ただ、体が思うように動かないっ。
通り過ぎていったのは、黒い狼とユズキだった。
ソウジの言霊は明らかにユズキを狙っている。まるで隕石が地上に激突するかのような、赤い塊がいくつも彼女の背中を追っているのだ。
「ここだ!!」
「――っ、ナオト!? 貴様、こんな所で何をやっている!」
「しゅっ、修行のしすぎで体が動かなくて……。ってか、なんでユズキを追ってるんだ?」
「国を抜けたんだ!! 貴様も早く追え!!」
(抜けた……?)
ドクン……と、静かに心臓がなる。抜けたってどういう意味だ?
ソウジの後ろを面をつけた怪しい奴らが着いていく。他にも、赤坂隊長や、
「イツキ!!」
同居している彼の姿もあった。
イツキは俺に気づくとすぐさま駆けつけてくれた。
「何が起きてっ……」
イツキは泣いていた。無言で俺の胸元に紙を押しつける。そうして肩に抱えて走った。
紙にはこう書かれている。
【今まで世話になった。こんな形で、このタイミングで本当にすまない】、と。頭ではわかっているのに聞かずにはいられなかった。
「これはユズキからの手紙?」
イツキが大きく頷くと、俺の身体から血の気が引いていった。悪夢どころではない大事件が起きてしまった。
「――っ、いつ出て行ったんだ!?」
「俺がお風呂に入っている間に……。ナオト、どうしようっ」
こんな時に体が動かないなんてっ……。
月夜に照らされた背の短い草が、風に吹かれて波のようにうねっている。そんな場所で、ユズキと、彼女の後を追った者たちは向かい合っていた。
いや――、ユズキだけじゃない。彼女の隣には、俺が戦った虎よりも遙かに大きく大猿よりは小さい、そんな生き物がユズキの側についている。黒くて、ユズキと同じ瞳の色をした狼だ。そいつが皆の行く手を阻んでいた。
狼は鋭い牙を剥き出しにして威嚇している。半獣化したソウジや面を着けた怪しい奴ら、イツキや赤坂隊長が臨戦態勢でいるも、体長の大きさや異様な光を放つ目に一歩も動けずにいる。
ただの狼なのか、それとも重度なのか判断がつかないからだ。
みんな傷だらけだ。その姿を見て、俺はユズキの覚悟を悟った。そんななか赤坂隊長が声を張り上げた。
「ユズキちゃん、頼むから戻ってくれ! これ以上先に行くと、俺でもタモン様を説得するのは不可能になる! だから理由を話してくれ!」
「人間と話すことなどない」
「――っ、12年前、突然として現れたアレは北闇を襲った! 多くの闇影隊が犠牲となり、一般人も命を落とした! 奴は危険な存在なんだぞ!? それなのに、なぜ」「それは、北闇の過去だろう!」
声を大にして腹の底から叫ぶユズキ。束の間、口を閉じた赤坂隊長であったが、目を据わらせてその真意を尋ねた。
今にも走り出しそうなイツキを止めながら、赤坂隊長はユズキを睨むかのように見つめる。
「人間はいつもそうだ。自分たちの歴史ばかりを重んじ、相手の歴史は知ろうともしない」
ユズキが何を伝えたいのか俺には全く理解できずにいた。ソウジもそうだ。だが、困惑するこちらと違って、他はそうではない様子だった。
面の者が言った。
「お前は奴の味方。そう捉えていいんだな?」
ユズキが目を閉じた。
俺にはわかる。無表情のように見えて、あれは答えに迷っている時にユズキが取る行動だ。頭の中で答えを模索している。
狼がユズキの身体に自身の身体をすりつけた。すると、互いに異国語のような言葉で会話し始めたではないか。話し終えると、閉じていた目を開き、集まっている北闇の闇影隊に視線を向けた。
「僕は、ジンキの味方だ」
ユズキの言葉を合図に、その場にいる全員が一斉に動き出す。面の者達から放たれる殺気は凄まじく、びりびりと空気を振動させた。
狼が咆哮し、ユズキも臨戦態勢をとる。互いにぶつかり合おうとした、その時だ。
「やめろぉぉぉおおお!!」
急に叫んだのはイツキだ。先頭が始まるまさにその間に立ち塞がって両手を広げる。まだ回復しきっていない俺は地面に尻もちをついた。
「俺を利用したのか?」
そう言い、潤んだ瞳でユズキを見据えるイツキの姿は、親とはぐれた迷子の子どものようであった。
「違う」
「じゃあなんで味方だなんて言うんだ!」
「僕は人間が嫌いだ」
「そんなの知ってる! でも、俺は特別だろ……?」
「二度も言わせるな。僕はジンキの味方だ。帰れ」
「イヤだ! どこにも行かせないからな!」
「お前にはまだわからない。ずっとジンキに対する憎しみを背負ってきたお前には、きっとまだ理解できない。さよならだ、青空イツキ!」
「――っ、イヤ」「どけぇ! イツキィイ!!」
ソウジに突き飛ばされたイツキは身構えることもせずに吹っ飛んでいく。それをカバーに回った赤坂隊長と俺もろとも木に叩きつけられた。
背中を強く打ち付けた赤坂隊長の顔が歪み、その両腕の中にいるイツキは頭を抱えながら震えている。
「ナオト、いたのね」
「はい……」
「命令は必要ないな?」
「急いで回復させます。それまでは勝手な行動はしません」
「……にしては、地面がえぐれるほどにつま先が食い込んでるけど。まあ、聞きたいことは山ほどあるだろうが、今は堪えてくれ」
「了解です」
皆、ここに来るまでに派手に暴れている。最後に彼女を追えるのは戦っていない俺しかいない。
イツキが震える手で俺のズボンの裾を掴んだ。
「ナオト、俺からユズキを奪わせないで……。ユズキが居ないと……俺は……壊れる……」
俺もイツキのように見えていたのだろうか――。お前が壊れそうだと言っていたユズキを思い起こして、ふとそんな事が頭に過ぎった。俺からすれば、今のユズキの方が壊れてしまいそうに見える。
交差する言霊の能力と拳。ユズキは手を抜いて戦っている。大猿の時と違って本気じゃない。それでも全力で拳を振るう闇影隊に、ついに狼がぶち切れた。
体から熱気が放出され、草原なのに湯気が立ちこめる。そして、俺を含めた全員が驚くこととなった。
「――っ、なんなんだ、この生き物は!?」
「俺にも……わからん……」
全員が空を仰ぐように頭上を見上げていた。この姿は本来の大きさではなかったらしい。大猿よりも遙かに大きくて、前足を振り上げるだけ潰されてしまいそうだ。それから、俺達はさらに驚愕することとなった。
「去れ、人間共よ。我の怒りに触れぬうちに、去れ!!!!」
轟音のように響いた声。それは人が話す言葉であった。耳を塞いで膝から崩れ落ちた闇影隊は、状況を理解しようとしているようにみえた。……無理だ。人の言葉が話せる上に、報告にあった以上の体長をもつ生き物を理解することは不可能である。
その隙に、狼は先程の大きさに戻り、ユズキが背にまたがった。
「すまないがもう時間がない。僕には僕のやるべきことがある。……行こう、ラヅキ」
駆けだした狼に向かって、イツキが泣きながら叫んだ。
「い…やだ……、イヤだっ! 行くなぁぁあ!」
ユズキは一度もこちらに振り返らぬまま奥の森へと消え去った。
「行け」
「了解」
俺も動き出す。




