別れの日と最弱・1
久しぶりに遊んだからだろうか。帰ってきてすぐ、風呂にも入らずご飯も食べず、珍しく深い眠りについた。
そもそもベッドで横になったのが間違いだった。俺は今、夢の中にいる。
電波の悪い場所でテレビを視ているかのように、ノイズだらけで景色も人物もまるでわからない。だけど、俺にはそれが鮮明に映し出されている。記憶がそうさせているのだ。
夢の中の俺は、イツキの言霊に捕らえられた時に会った男女に手で顔を覆ってみせていた。
(またかっ……)
心の中で叫ぶ。やめろ、と。
子どもならではの行動、子どもらしい仕草、ただただ純粋な愛情表現。今と同じくして子どもだった俺は、公園で遊んだあの子達のように無垢な心で2人と会話していた。
言霊がいかなるものか知らず、その場で湧き上がったたった一つの感情に流された公園のあの子のように、俺も同様に好奇心という恐ろしい欲が芽生えたせいで顔を隠した。
顔を隠した時、2人はどういう表情を見せてくれるのか。ただそれだけを求めた。
どれだけ自分自身に「やめろ」と叫んでも、結果はいつも変わらない。
2人は俺の欲に応えて歪んだ顔で振り返る。その瞬間、ノイズが消えて真っ暗になった。それから一カ所だけが照らされて、目を背けたくなるほどの損傷を負った2人が姿を現す。お前が殺したくせに――、そう何度も言葉を繰り返す。
(誰か……、誰か俺を起こしてくれ……)
ずる……ずる……と肉を引きずりながら、こちらに近寄ってくる遺体。刃物でガラスを引っ掻いた音に似た叫び声を上げながら俺に手を伸ばしている。
思わず握りそうになる。そちら側にいければどれだけ楽だろうか。そんな思いが過ぎる。
顔が潰れている男が言った。俺のような顔になれば、もう嫌な現実を見る必要もなくなる――、と。
いつもこの言葉に惑わされる。そして、手が伸びる。現実に引き戻してくれるのは長い前髪だ。動く度に鼻をくすぐる黒い前髪。伸びた手がだらりと垂れた。
(ごめんなさい……)
必死に俺の方へ歩みを寄せる2人が遠ざかっていく。夢から目覚める時がきたのだ。
起き上がって時計を見ると、夜中の2時をまたいだ頃であった。十分な睡眠をとれたけど、疲れはまったく抜けていない。むしろ、悪化している。
「体、動かすか……」
重たい体を引きずりながら、俺はヒロトと手合わせをしていた草原地帯にやって来た。
そこら辺から集めてきた木の枝を重ねて火をつける。足を踏み入れ、自分の体を燃やした。自己暗示と治癒能力を鍛えるのだ。ついでに、言霊の能力も。そうしながら、悪夢を払拭する。
すると、急に血圧が上昇したのを感じた。
「――っ、いってぇえ……」
続いて、体験したことのない頭痛が襲いかかってくる。草原の上で悶えに悶えまくって、やたらと衝撃砲を放ちまくった。
「あっああああ……っ」
今度は、体が勝手に他の痛みで誤魔化そうと自分の体を引っ掻いたり地面を蹴ったりし始めた。自己暗示が無意識に高まり、草原地帯に熱風が吹き荒れる。
悪夢を見ただけなのに、どうしたんだ、俺の体っ。
言霊を居住区にぶっ放さないように抵抗を試みる。そこへ、タモン様が駆けつけた。暴れる俺を押さえつけて、顔を覗き込みながら声を上げる。
「いつからだ!?」
「さっきです……っ」
「違う! いつ夢を見たんだ!?」
「夢っ……?」
「そうだ! やけに現実味のある夢を見なかったか!?」
多分、悪夢のことではない。あれは現実味なんかではなく、現実だからだ。となれば、アレしかない。
「大猿との戦いで気を失ったときにっ……」
森を走っている夢を見た。
「やはりかっ」
言いながら、タモン様はほんの少しだけ力を緩めた。直後、僅かな隙間で俺の体が勝手に回転し、
「タモン様、避けて下さい!!」
肘が横顔を狙う。自己暗示で硬化された肘だ。殴るなんて軽いものじゃない。……のはずが、ダメージを受けたのは俺の方だった。
横顔に当たると、肘に強烈な痛みが走る。
「ぐああああっ!?」
「これでも玄帝だ。避けるまでもない」
皮膚に当たったはずなのに、壁にでも強打したかのような痛みだ。なんなんだ、この人。
それはそうと、俺の体が止まってくれない! ネジ巻きのオモチャが横倒しになったみたいに、手足がバラバラに暴れ回っている!
(クソッ、言霊のセーブが利かない!)
包火が点滅し、熱気のないただの衝撃砲が空中に何発も放たれる。不規則に暴れる体のせいで地形も一部崩壊し始めているし、あろうことか玄帝に攻撃まで……。
「マジでごめんなさいっ!!」
「早くどうにかしろ!!」
「はっ、はいぃ!!」
ようやく治まった頃には、俺とタモン様の周りだけ自然災害直後のように荒れ果てていたのだった。




