【SIDE】ユズキ
昼間からベッドの上で羽を伸ばしている僕と、その横で机に伏せているイツキ。外ではカンカン照りの炎天下で大量のセミが鳴いている。
明日から強化合宿だ。しばらく休暇はない。だらだらと過ごせるのは今日だけなのだ。
強化合宿を前にして僕の思考は忙しなく回転していた。
朝、ナオトが帰った後のことだ。玄関先で見送り、リビングで向かい合うようにして座った僕とイツキは模擬訓練の事で話していた。
「ユズキに頼まれていた事なんだけどさ、男の人と女の人が出てきたよ。ただ気になる点があるんだけど、野外訓練で一般人の遺体とか見たことある?」
「あるわけないだろう。ハンターの襲撃で訓練生が犠牲になったのは何度も目撃しているが、そもそもあの道は訓練用に舗装された特別ルートだ。一般人はまず近寄らない」
「だよね。じゃあやっぱり夢の住人なのかなぁ」
イツキはこう話してくれた。ハンターにしてはあまりにも中途半端で、しかし獣にしては雑すぎる、そんな遺体が現れた、と。しかも、相手は「お前が殺したくせに」と口にしていたそうだ。
悪夢でうなされるから眠らないんだと、いつの日だったかナオトはそう教えてくれた。これにイツキの情報を照らし合わせると、闇影隊の職務を妄想し幻想が作り出された結果、短時間の睡眠で過ごしている事になるわけだが。
――嘘だ。
「牢鎖鏡は、相手が抱える秘密を暴くための言霊だ。鍛錬場でお前の言霊に閉じ込められた闇影隊を何人も見てきたが、全て現実にある事だった」
「つまり、ナオトは人を殺した……。そういうこと?」
「わからない。だが、ただの悪夢ではなさそうだ。他に変わった事はなかったか?」
「遺体は2人とも正面が著しく損傷していた。背後からではなく、前から強い衝撃を受けたって事がわかった。だけどその後、なぜだか2人とも消えちゃった」
「消えただと? 解かれたのか?」
「うん。牢鎖境は残ってたけど、幻覚は強制的にね。だからその先の事までは調べられなかった」
「そうか……」
「ねえ、何をそんなに焦ってるの? ユズキらしくないよ」
実はあの模擬訓練、僕が青島に頼み、自然に見せかけて実行してくれた作戦だった。ナオトの秘密を暴くためにイツキの力を借りて強行手段に出たのだ。心苦しくとも、そうする他ない理由があったからだ。
夜、ナオトに会う前。時間があるときだけ僕は国外へ出ていた。ニオイや気配を持たない僕にとって木壁を越えるのは造作もない事だ。そうして〝友達〟に会っていた。
ナオトが入院していたあの日も外へ出た。しかし、友達に会う前に現れたのはアイツだった。――フードの男だ。
アイツは面の1人が僕だとは気づかずに、間合いを詰め、片手で僕の喉元を締めながら地面に押し倒しした。
「殺されたくなければ、走流野ナオトをここに連れて来い」
「僕の友達に手を出すとは、命知らずもいいところだな」
そこへ僕の友達がやって来た。フードの男はいとも簡単に僕から引き剥がされ、友達は何食わぬ顔で「ユズキ、無事か」と僕の名を口にした。すると、フードの男は僕の名前に反応した。両手で頭を押さえつけて強烈な痛みに悶えているかのようにのたうち回った。
「ナオトだけじゃなく、お前もなのかっ!?」
「何の話しだ……」
「どうして俺を苦しめるっ! 俺がいったい何をしたんだ!! 友達だからか? わからないっ。……必ず殺す、殺してやる!!!!」
支離滅裂な言葉だけを残して、北闇を幻覚が襲ったあの日と同じようにアイツは消えた。
僕の警戒心は頂点を超え、すぐに北闇へ戻り青島に報告した。面で顔がバレてはいないとはいえ、あれだと知れたようなものだ。
アイツはナオトを殺す。その理由は全く思い浮かばないが、あるとしたらナオトが隠している事だ。それ以外に何もない。
青島は悩む間もなく僕の作戦に乗った――。
ベッドから降りてイツキの肩を叩く。
「起きてるか?」
「うーん、起きてるよ」
「すまないが、ちょっと付き合ってくれ。公園にナオトを連れてきてほしい」
「構わないけど、何するの?」
「遊ぶんだ」
飛び起きたイツキは、すぐに戦闘服に着替えて瞬く間に家を飛び出していった。僕も着替えて家を出る。
セミの鳴き声がまるで聞こえない。それくらい頭がいっぱいになるほどにフードの男の存在が深いところにまで浸透している。気がつけば目的地である商店街を歩いていた。その中の一店舗で足が止まる。
「コレとコレ、ください」
「あいよ」
重たい袋を片手に公園へ向かった。
2人と合流してさっそく始める。
「時間帯は無視だ。やるか!」
僕の声に一番大きな声で返事をしたのはナオトだった。ナオトの前髪は上で一つに束ねられている。きっとイツキがやったのだろう。おかげで、袋の中身を知って輝いている瞳が丸見えである。
袋から取り出したのは花火だ。夏といえば、まずはこれだろう。
「よーし、じゃあ火つけるね。包火」
燃えたナオトの右手に3人で花火をかざす。先端についている薄っぺらい紙に点火し、やがてパチパチと音を立てながら光が噴射した。この光景に、少し離れた場所で遊んでいた子ども達の目が釘付けとなる。
「3人じゃ時間がかかるな。……おいで」
手招きをして声をかけると、警戒心を剥き出しにされてしまった。噂のせいだ。とはいえ、公園で遊び回る子どもよりも大はしゃぎしている男子が2名ここにいる。
雰囲気には勝てなかったのだろう。初めは警戒していた子ども達が1人、また1人と集まってきた。
花火を片手に列を作る子ども達。先頭にナオトが座って言霊を唱えると、初めて目の辺りにした子ども達は目を丸くして驚いた。
先頭に立つ子がナオトに言う。
「兄ちゃん、かっけー……。なあなあ、熱くないの?」
今度はナオトが驚く。純粋な瞳に戸惑っているのだろう。返事を待っている子どもに慌てて言葉を返した。
「今はまだ熱くないよ。でも、ずっと使うと熱くなるから、火をつけたらあそこのお姉ちゃんとお兄ちゃんの所に行ってね」
「また並んでもいい?」
「うん、いいよ」
ナオトの言霊見たさに、子ども達は花火が終わるとすぐに新しいのを片手に持って並び直した。花火はあっという間になくなってしまった。
残念だと声をあげる子ども達をナオトは言霊や自己暗示を使って必死にあやしていた。微笑ましいその光景を横目に、太い枝を見つけて最後の夏の風物詩を行う。スイカ割りだ。
「目隠しをして10回転。スイカがある場所を感で探し当てたたき割る。難しくないだろう?」
「じゃあ、お姉ちゃんがお手本見せてよ!」
「いいぞ」
両目を白い布で覆って回り始めると子ども達が回転数を数えてくれた。合わせながらくるくる回って思いっきり棒を振りかざす。カーン! という音と同時に棒を握る両手が痺れる。失敗しただけだというのに、イツキもナオトも皆が笑っていた。
照りつける日差しに汗を流しながら、ようやく割れたスイカを皆で食べる。僕が望んでいた日常とはこういうものだ。あの男の出現さえなければ、花火やスイカ割りなんて何度でもできた遊びなのに――。
目に見えないスピードで少しずつ確かに狂っていく日常。焦らずにいられるだろうか。
解散した後、僕は青島の家へ向かった。
やるしかない、そんな思いで玄関から顔を覗かせた青島と対面した。
「なんて顔をしているんだ。今にも泣きそうではないか」
「……ナオトを頼む。守ってくれ」
察した様子の青島は、強く僕の肩を掴んだ。
「いつかそう言うのではないかと思ってはいたが……。考え直すんだ」
「僕は人が当たり前としている日常をナオトと過ごしたいんだ。それを何らかの方法で奪うというのなら、同じ方法で阻止する。アイツがナオトを殺すと言うのなら、僕がアイツを殺す」
「ならば、私が手を下そう」
「馬鹿を言うな、自ら敵に隙を与えるようなものだろう。これが一番手っ取り早いんだ。それともタモンに頼むか?」
「それはダメだ。これ以上の負荷を走流野家に与えたくない。しかし……」
青島は言葉に悩んだ。そうさせているのは僕だ。有無を言えない状況をあえて待っていたのだから。
イツキの情報によると、ナオトは北闇に危険視されていて、このままだと国を追放されるかもしれないそうだ。重度がナオトを狙っている可能性があるからだ。国民を守るにはそれ以外の方法がない。
しかし、ナオトはまだ12歳だ。それが国が判断を下せない大きな理由となっている。加えて、相手は妖化や獣化の進行のある重度。どの国もまだ勝利を挙げられていない強敵。
「安心しろ、僕1人で行くわけではない。実は外で友達が出来たんだ。そいつがとんでもなく強い奴で、フードの男が来た時も助けてくれた。一緒に行ってくれるそうだ」
「どこの者だ」
「……とにかく僕は行く。今夜だ」
それだけ伝えて、僕は青島に背を向けた。青島にもわかっている。ニオイや気配を持たない僕だけがフードの男と戦えることを。
「お前は止めても出て行く。そういう奴だ」
「わかっているじゃないか。世話になった」
「なにも一生の別れではないだろう? 行く前に言っておく。今夜は裏門を整備するそうだ。正門付近が手薄になるだろう。だから、正門には絶対に近寄るんじゃないぞ」
お礼を言って、再び帰路につく。僕の背中を青島が優しく押してくれたような気がした。 踏み出した一歩があまりにも大きすぎて、見送っているだろう青島に僕は振り返ることが出来なかった。
イツキの家へ戻る前に、〝アイツ〟に会いに行く。今後のことについて話すかどうか、実はこれに一番悩まされた。しかし、僕の知り合いの中で、確実に、かつ秘密裏に力になってくれるのは奴しかいない。
僕の決心はそれほどまでに固いのだ。




