模擬訓練と最弱・5
翌朝――。
ようやく眠気が襲ってきたときだった。鼓膜が破れそうな破壊音に強制的に覚醒させられる。
飛び起きた俺とユズキは慌てて木の枝に飛躍した。
耳を塞ぎながら、つい先程まで自分が転がっていた場所を見て驚愕する。顔面すれすれを攻撃したようで、地面にぽっかりと穴が空いているではないか。しかも、穴の周囲にひび割れが見られない。それは、攻撃の速さと拳の軽さを物語っていた。あんな力で殴られたら顔の骨が粉砕してしまう。
(眠らせてくれないのかよ……)
今日一日、俺たちはイツキの影を追うことしか出来なかった。その間、10分の仮眠でさえイツキは許さず、攻撃した瞬間に姿を消した。加えて、森の中は昼夜問わず暑くて体力を奪われる。
遊ぶ子どものようにして動き回るイツキに対して、俺は苛立ちを隠せなかった。
ああ、わかってるさ。こんなの闇影隊らしくない。授業でも口酸っぱく教わったんだ。
「闇影隊は、確実性・遂行性・記憶力・効率性・判断力・統率力を備えていなければならない、だあ? そんな奴いねえよ!!」
「落ち着け、ナオト。素が出てるぞ」
むしゃくしゃして座り込む。こうなった俺は1ミリだって動かないぞ。ユズキのため息だって痛くも痒くもない。
「入院してたとき、僕は何度か見舞いに行っただろう?」
「うん」
「本当に申し訳ないんだが、タモンとお前の会話を聞いてしまった。あんな話しをされた後じゃ、集中できないな。苛立つのもわかる」
ユズキにはニオイも気配もない。タモン様は気づかなかったんだろう。しかしだ。まさか聞かれていただなんて……。
「人体実験、か。走流野家の影響が強いと言われてもな。散々噂しておいて、こうも簡単に手の平を返す奴がいるとは驚きだ」
あの日の会話を思い出して、思わず地面に拳を叩きつけた。直後、俺とユズキを牢鎖境が襲う。
(またかよっ……)
苛立っているせいだろうか。幻覚はタモン様が見舞いに来てくれた日を映し出した。
その映像は、ベッドに座る俺へタモン様が巻物を投げ渡し後から始まる。
「な、なんですか? これ……」
「最初の重度の目撃情報あった数十年前、捕獲に挑んだ隊が半壊した。ここまでは前に話したな」
「はい」
「あの時も捕獲には失敗した。その代わりにある物を持ち帰ることが出来た。重度の組織だ」
「組織?」
「削いだ肉の塊だ。医療班がこの組織を調べて、重度のなれの果てに辿り着いた。だが、それ以上のことは分からず終いで、それから目撃情報はなかった。ところがだ、ここ数日で事態は一変し、好機到来ときた」
巻物をもう一度読み返す俺は、内容の意味が理解出来ずに首を傾げている。
「……重度の組織の回収、これが好機?」
「なれの果て、つまり獣化・妖化してしまうことが判明した。その逆を辿れば、混血者の病気を治せるのかもしれない。王家が組織回収を依頼したのには、こういった訳がある」
「ですが、俺は組織なんて持ち帰っていませんよ?」
「ちゃんとあったさ。お前の爪の間にな」
俺は疑問に思った。混血者の病気が治せたとして、その後はどうするのだろうか、と。混血者の存在はとても大きい。彼ら無しでは人害認定の三種には勝てないからだ。
タモン様は、薬が完成したとしても数が足りないと答えた。そりゃそうだ。爪の間から採取した数ミリの組織なんて役に立たない。
じゃあ、なんのために回収したんだ?
これに、タモン様ははっきりとこう答えた。
(人間の強化……)
相槌もうてないほどの衝撃的すぎる答えに言葉をなくす俺。そんな俺を、衝撃砲で消し去る。これが、俺が苛立っている原因だからだ。
「青島隊長と赤坂隊長は重度の肉を食って力を得た。過去に行われた人体実験では全滅したってのに、ほんと運が良いよなっ!!」
緑色の髪の毛を捕まえる。そのまま地面に叩きつけて馬乗りになると、目を見開いたイツキと視線が合った。
「選ぶのは重度であって我々ではない、だってさ。父さんとヒロトと同じだ。俺は走流野家の血に選ばれなかった。どんだけ化け物だって言われても、走流野家の中じゃ最弱だっつーの!!」
拳を振り下ろすと、イツキの横っ面に当たった。
「やるじゃん」
「っ、馬鹿にしてんのか!?」
今度は、見舞いに来て意味深な言葉を残して帰っていったソウジの姿が頭に浮かんだ。幻覚となって現れたソウジが、腕を組んで俺を睨みつけている。
「消えろっ!!」
腕を振っても、ソウジの体をすり抜けていくだけだ。これがまた余計に苛つく。
俺は、タモン様にこう尋ねた。
混血者も重度の肉を食ったのか? ってな。答えはNOだ。
現在は少数となった一族だが、大昔はそれはもう数多くの一族が存在したらしい。先代たちが仮に食ったとして、今よりも医療が発達していない時代なのに、猛毒肉を食ったにしては生き残りが多すぎる、というのが理由だった。
混血者に関しては謎しかない。だとしてもだ。
イツキに突き飛ばされ、互いに距離を置く。
「なんでそんなに強いわけ? 混血者ってそんなに特別な血が流れてるのか? 走流野家よりも? じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ」
どこまで頑張ればヒロトに勝てるんだ……。
タモン様が俺の耳元で囁く。
「お前が意識を失っている間に全国に通達がいった。過去の倍ほどの被験者が募ったそうだ。北闇からは40人が被験体となる。これには走流野家が影響している。セメルは勿論のこと、お前は北闇を呪縛から解放し、月夜の姫を救った。そして、重度と直に交わり生き残った。ヒロトは三ツ葉ソウジと共に他国でも功績をあげている。皆、それに習った。……死にたくないからだ」
(うるさいっ……)
混血者だけでは限界がある。それは、大猿との一戦で現実を目の辺りにした俺にも十分に理解し得るものだ。しかし、納得がいかない。
だってそうだろう? 化け物扱いしてきた奴らが、今度は走流野家のように力を得たいだなんて、こんな胸くそ悪いほどに矛盾した理由が通ってたまるか。
「クソがっ……。っぁぁぁああああああ!!!!」
自己暗示を一気に高める。体から蒸気が溢れ、表面は高熱になる。
「ナオト!! やめろ!!」
ユズキが声を投げると、イツキはすぐさま身構えた。
鬱陶しいこの檻をぶっ壊してやる。
「炎・業火防壁!!!!」
俺の体を中心に発生した熱波が、波を打つように何度も壁に衝突する。
「はぁああああああっ!!」
血管がブチブチと切れていく。それを治癒能力が全力でカバーに回る。熱波に打たれているイツキとユズキの戦闘服が少しずつ焼き消されていく。しかし、
「――っ、ぐっ……」
心臓が痛いくらいに跳ね上がった。それだけじゃない。直に火をつけられたみたいに熱いっ。
駆けつけたイツキとユズキの姿が歪んで見える。
(こんな……ところで……)
――よっぽどのことがない限り使用を禁止する。父さんにそう注意された。頭ではわかっているんだ。こうやって動けなくなることも、体内の組織にダメージを受けることも……。だけど、
「母さんを……捜さなきゃ……」
タモン様が約束した、ある条件。そのために、俺はどうしても勝たなきゃいけないんだ。




