模擬訓練と最弱・4
数分後、俺は再び牢鎖境に閉じ込められた。今度はユズキも一緒だ。
こうなったら居場所が知れてもいい。現実を見せられるくらいなら包火で照らしていた方がマシだ。
「ほら、かかってこいよ!!」
「煽るのはやめろ」
「なんで?」
「イツキが楽しむだけだからだ」
ユズキが言い終えると、静寂の中にザワザワと音が鳴り始めた。風は吹いていない。正体を確かめるために包火の勢いを強めにする。音の正体は足もとにあった。そこらじゅう、黒い触手だらけだったのだ。
「気持ち悪っ!!」
「だから言っただろう。あれに触れると力を奪われる。気をつけろ」
触手が触れそうになったところで、
「炎・業火防壁」
360度を囲う。これで近寄れない。
だけど、この技はこちらが長くは持たない。早めに突破口を見つけ出さないと……。
すると、どこからかイツキが話しかけてきた。
「考えたね。じゃあ、これはどう?」
捜す間もなく、俺は業火防壁から体当たりで放り出された。あまりの速さに火傷すらない。
体勢を立て直してイツキを追う。
(いないっ……)
そうしている間に、またしても体当たりだ。今度は綺麗に顔面に入り、口の端が切れる。
「そこだっ!!」
衝撃砲を放つ。
「残念、こっちだよ」
「――っ、おらぁあ!!」
「こっち」
「クソッ」
「こっちだって」
……ダメだ、強すぎる。
それからというもの、イツキの一方的な攻撃が続いた。たっぷりと俺で遊んだイツキが牢鎖境を解いた頃には、すでに夜になっていた。
ユズキを守っていた業火防壁は勝手に解かれている。つまり、限界を迎えた俺の負けだ。
これまで、自分より強い奴をヒロトしか知らなかった俺は、全身で青島隊長の言葉の意味を理解していた。
(訓練校で2位だからなんだよ……。関係ないじゃん……)
混血者がいかなる者か頭にたたき込むのだ――。はは、そういう意味か。どう足掻いたって、混血者の能力は人間に勝る。
「順位なんてゴミも同然だ。あんなものに意味はなかった」
「そう落ち込むな」
「……言霊を手に入れてから、結構自信がついてたんだけどなぁ。それなのに、包火も衝撃砲も業火防壁も通じなかった。じゃあ、俺には何が残るわけ?」
俺は、これっぽちも強くなってなかった。それに比べてイツキには遊ぶほどに余裕があった。
「大猿のときもそうだったけど、なんであいつは笑ってられるんだ?」
ふと、思い起こす。
そういえば、イツキの入隊をタモン様が決定したとき、ユズキはイツキについて「隊全体が荒れる」と懸念していた。見事に的中し、大猿討伐に出向いた隊員から青島班に注がれた視線は痛いほどであった。
それはそうとして、やはり気になるところは……。
「イツキとの関係に何かあるの?」
これだ。初めは、ユズキに対する一方的な距離感を不思議に思った。それがどうだ。洞窟の中では、戦闘や惨劇を笑って傍観しているだけだったし、この訓練では直接ユズキを攻撃していない。
束の間、ユズキは口を閉じてしまった。
「これから青島班として行動を共にするんだ。何かあるのなら知っておかないと問題が起こる。話せない事は話さなくていいからさ」
「……確かにお前の言う通りだな」
夜の森を警戒して歩きながら、ユズキは言葉を紡いだ。
「僕が北闇に保護された日、今みたいな夜の森でイツキと出会った。あいつは身体中に怪我をしていて、そこには闇影隊もいた。最初は、臨戦態勢でいるイツキを見て相手を敵だと判断し攻撃した。だが、体調が優れていないのもあって本領を発揮できず、挙げ句の果てには僕の体質が知れてしまい、保護という名の捕獲に至った。そして、イツキと共にある場所へ放り込まれた」
その場所は、俺が修行をした鍛錬場だ。
8歳の頃、2人は地下生活を送っていたそうで、鍛錬場から解放されたのは1年後のことであった。それからタモン様が用意した部屋の一室で暮らし始め、10歳になったときユズキは1人で他国に出向きそこで訓練を積んだ。
そうして1年の時を経て、北闇へ戻り、訓練校に編入学した。
「なんでイツキは鍛錬場に?」
「もともと、あいつは手に負えない獣のような奴だった。誰彼構わず攻撃してしまうせいで、あそこに閉じ込めていたらしい。そのイツキが僕にだけ気を許した。だから解放された。とはいえ、過去の経験のせいであいつは闇影隊を嫌い、自分が認めた者以外、誰が死のうとも全く気にしなくなった」
それから、ユズキはこう言葉を繋いだ。「あいつの感情はとても複雑だ。尚且つ、ある分野を除いて、知能が幼い子どものまま止まっている」、と。
感情の波が激しいらしく、その理由は、身体にある2つの血が上手く交わらなかった為だと言う。
生まれてすぐに人と二種どちらかの血に順応する混血者と違って、イツキはそうではなかった。身体はパニック状態になり一時期は自我がなかったそうだ。結果、パニックに陥ると言動が5歳児ほどになるらしい。しかし、頭の中では自分の年齢を理解している。だから、複雑であり幼いのだ。
だが、戦闘となると……。
「イツキを押さえ込むために始めは優しく宥めていた闇影隊も、いつしか手荒くなってしまった。それは何度も繰り返されて、あいつは誰よりも早くに戦いの術を学んだ。そのため、普段の会話ではなく任務となると一変する。言葉も、動きも、闇影隊だ」
「だけど、鍛錬場で散々な扱いをされたから、闇影隊が嫌い……。そういうこと?」
「ああ。ちなみにだが」
そう言って、ユズキが立ち止まる。
「イツキも化け物と呼ばれていた」
「――っ、いつから?」
「生まれてすぐ、らしい」
ユズキが伝えたいことを瞬時に理解する。
いつだったか、俺の視野が狭いと言ったユズキ。あの時は社会的認知を身をもって教えてくれた。しかし、イツキが関係しているとは知らなかった。そう易々と話せる内容ではないし、仕方がない。
問題なのは、俺だ。
「俺達だけが噂されてるとばかり思ってたから……」
噂されているのは事実だ。だけど、あの時の〝化け物〟は俺に対しての台詞だったのだろうか。じゃあ、あの時は? その前は? そんな疑問が頭に過ぎる。
すると、どうだろう。ここにはユズキしかいないというのに、裸で公衆の面前に放り出されたかのような恥ずかしさがこみ上げてくる。色んな人の目に囲まれている気がする。
「その場しのぎで自分の感情を誤魔化したところで、それは何の解決にもならないぞ」
「だな……」
「とはいえ、僕にもそういった節がある。本当の意味で、もやもやとした物を消し去るには時間がかかるのかもしれない。にしてもだ。こうやって話してみると、僕とお前には似た部分がたくさんあるな。家族……、そう思えても不思議じゃない」
そうだったらいいのに――。喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。ユズキに家族の記憶はない。無神経で傷つけかねない言葉だ。
青島隊長は、外傷がある状態での発見だったと話していた。闇影隊を敵だと判断したユズキは傷のせいで本領発揮できなかったんだろうけど、外傷という言葉は、今の話を聞いてから様々なことを連想させた。
親からの仕打ちか、はたまた三種と戦闘を交えたのか、あるいは闇影隊が取り押さえるために乱暴な手段にでたのか。あり得そうなのは、一番目と二番目だ。なおさら、そうだったらいいのにとは口に出せない。だけど、
「ただでさえヒロトは神経質なのに、そのうえユズキがお姉ちゃんだなんて考えただけでゾッとするんだけど」
「僕が小言ばかりだからか?」
「じゃなくて、喧嘩の仲裁に入るのが面倒だなって思っただけ。2人とも馬鹿力だしさ。間に入りたくない」
これくらいなら、いいだろう。冗談を交えながら例え話で口にするくらいなら。
「そういうのもアリかもしれんな」
言いながら、何を想像しているのかクスクスと笑うユズキ。
「もし兄弟を選べる選択権があるとしたら、お前のような奴だったらいいなと考えた事がある。本当の家族だったら、どんな人生を送れたんだろうと……。きっと、幸せだ」
白い肌に薄らと頬を赤く染めているユズキが月明かりに照らされる。微笑みながら、今までにないくらい澄んだ瞳で俺を見ていた。それは絵画のようで、時が止まったかのような錯覚を起こした。
あまり感情を顔に出さないユズキが、こんなにも可愛く笑えるなんて。
「……そうだったらいいのにな」
喉につっかえていた台詞は、さらさらと流れる小川のごとく口からでてきた。




