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【逸話】トウヤ・4

 鬼はシュテンと名乗り、俺とミリアを戦場から遠く離れた場所へと案内した。その間にミリアの容体が悪化して、別れの時間を彼女の浅い呼吸が知らせた。


 母親や集落の人、兵士が殺されてもなんとも思わなかった。ただミリアがいなくなるという現実だけが俺を苦しめた。


 動物は俺やシュテンの気配を察知して逃げていった。生き物の大小さまざまな声もここまでは届かない。そんな静かな丘の上でミリアは横になり空を仰いでいる。せめて、ミリアの願いだけでも叶えようとこの場所を選んだ。その願いとは、





「ここはとっても風が気持ちいいね。集落と空気も違う。きっと、空に近いところにいるんだね」

「うん。星がすごく綺麗だ。手を伸ばせば届くんじゃないかな」




 蛙が跳ぶのはなぜだ。お空をもっと近くで見たいから――。ミリアは自分や人を蛙に例え、唯一感じることの出来ない空に思いをはせていたのだ。


 ミリアは小さな両手を空に掲げた。




「わー……、空ってすごく冷たくて気持ちいいんだね。なんだろう、安心する」




 ミリアの瞼がゆっくりと閉じていく。




「っ、ここはミリアが話してくれた通りの場所なんだ。草木があって海もある。満点の星空に動物もたくさんいるよ」

「……ねえ、トウヤ」




 彼女の最期の景色に俺が映し出される。




「あたしね、この手を忘れないよ。また……秘密基地で……遊ぼうね……」




 握っていた両手から力が抜けた。ミリアの手が草原の上に力なく落ちる。


 刹那、俺を取り巻くすべての流れが止まった。


 しばらくして、シュテンと共にミリアを埋葬した。空に近いこの丘で彼女は永遠の眠りにつく。




「俺も戦場に連れて行ってよ」

「……なぜだ」

「この世にミリアが望んだ世界を取り戻す。俺が生まれ変わったように、きっと彼女も生まれ変わるから、それまでに綺麗な大地を復活させるんだ」

「生まれ変わりは」「お願いします。やらせて下さい」




 こうして俺は鬼と共に戦場を駆ける日々を過ごした。


 ぽっかりと開いた胸の穴を埋めるかのように、人間という生き物を手当たり次第に殺し回った。兵士の言葉通り、人間は恐るるに足らず、とても脆い生き物だった。


 特に、シュテンの前では人間は虫のように叩き潰された。彼に死角など存在せず、この時代、言霊は白草家特有の能力だったため対抗手段がなかったのだ。シュテンは己の体一つで人間を死に追いやった。


 ある日、鬼が集会を開いた日のこと――。




「シュテン様、もはやこの器だけでは怨恨の吸収は不可能にございます……」

「わかった。俺が引き受けよう」




 戦場には一匹だけ戦闘に参加しない鬼が存在した。そいつは背中に大きな瓢箪を抱えていて、瓢箪は戦場にいる人間から何かを吸い取っていた。鬼が言うには、人間の抱く恨みや憎しみを瓢箪に封印しているとのことだった。


 これこそがシュテンの異様な姿と力の正体だった。人間が鬼を強くしていたのだ。




「キアキ様の遺品を破壊するわけにはいかん。皆の者、離れていろ」




 シュテンは酒を呑むかのごとく怨恨を体内へ収めていった。すると、彼の体はさらに大きく膨張した。




「そろそろ戦を終わらせよう。カンムの言う通り、人間の学習には時間を必要とする。もう鬼の出番はないだろう」

「――っ、しかしっ……。キアキ様が愛した世界です! それに我々の仲間だって……」




 シュテンに反論する鬼は、鬼の顔に似合わない涙を流した。




「人間に喰われたじゃないですか! キアキ様も、他の者も、私の家族だってっ! カンムはこの世を捨てたが、オウスイはきっと諦めていない! 彼女のためにも我々も尽力すべきです!」

「……いいだろう。だが、これが最後だ。オウスイと神々が、そしてメグが戦から手を引いたとき、我々も撤退する。いいな?」




 こうして、シュテンは仲間の意志を汲んだわけだが、これが最大のミスとなる。


 0の時代を事実上の終戦に導いた白草トア。その裏では、数が激減した鬼を現王家が必死になって撲滅しようとしていた。予想以上に終戦までが長かったのだ。もともと鬼の数は人間よりも遙かに少ない。向こうが数十万単位なら、鬼は数百だ。


 シュテンにも限界が訪れていた。もはや逃げるしか手段はない。この時、手を差し伸べてくれたのが白草カンム――、後の走流野ヘタロウであった。


 カンムとシュテンが話し合っているなか、他の鬼は地べたに倒れ込んでいた。




(撤退……? そんなの許さない。ミリアはまだ復活していないのにっ)




 そうして俺は、勝手に瓢箪の栓を抜いて怨恨を飲み込んだ。怨恨の正体が妖だと知ったのはキトに出会ってからだ。あの日、あいつは過去の記憶で〝妖〟がなんたるものかを教えてくれた。


 それに至るまでのあいだ、最も俺を傷つけた事実はミリアが復活しないことだった。この世を恨み、憎しみ、俺の中に眠る妖はさらなる力をつけ、俺を完全なる妖へと進化させたわけだ。


 怨恨の力を手に入れて鬼からこっそりと離れた後、俺は兵士が残した言葉を実行した。仲間を捜したのだ。


 0の時代の終戦後、共鳴により最初の仲間を発見した俺は犬にも怨恨の力を与えた。鼻の利く者の姿が消える――。暗殺にはもってこいの能力だと、互いの意見が一致した結果だが、分け与えることで俺自身の能力が半分も消えると知り、犬だけに止まった。


 こうして、威支のメンバーの妖は、猫だけでなく蛇と犬も追加されたわけだ。


 メンバーは皆、人間を恐れ、自らの殻に閉じこもっていた。最愛の者を失う事でそれは一層硬い殻だった。




(ミリア……)




 墓石を建てた丘で今日もまた夜空を仰ぐ。




(お前が笑っていられるように、新たな仲間の家族をそっちに送った。どうか導いてくれ)

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