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【逸話】トウヤ・2

 ミリアは変わった子で、俗に言うドジだ。よく転ぶせいで怪我が絶えないどころか、食べ物を分けてあげると自分の指ごと噛んだりもする。


 ミリアが帰って、部屋の片付けをしながら、ふとこう思った。




(他の子もミリアみたいにお腹を空かせているのかな……)




 今日は月が雲に隠れている。風も強いし、遠くでは雷の音が聞こえている。




(嵐が来る前に食べ物を分けに行こう)




 用意をしている間に雨が振って強風が吹き荒れた。


――他のメンバーと比べれば俺は幸運な方だろう。産声に駆けつけたのが兵士だったため、こうして長い時間を生き、自分以降の被害者、あるいは犠牲者を出さずに済んだのだから。


 俺の記憶している歴史の量はあまりにも膨大だ。どれも退屈すぎて思い出話に花を咲かせることもできないが、長い人生のなかで忘れられない出来事があるとすれば、きっと〝今日〟に違いない。


 小さな体が風に煽られる。民家の壁を伝いながら、子どもの気配を感じる家を探し回った。そうしながら、引き戸を静かに開いて玄関に食糧を置いていく。


 すると、




「ミリア! こんな時間にどこに行ってたの!?」




 そんな声が何処からか聞こえてきた。親に気づかれたようだ。タイミング悪く吹いてきた風が声をかき消していく。




(どの家だ!?)




 この時の俺に冷静などという感情は持ち合わせていなかった。肌に感じる自然の驚異、沈黙する集落、まるで糾弾してるかのような森。どれも俺の精神を掻き乱した。


 周囲の気配に敏感になりながら、俺はまったく的外れの場所でミリアを捜していた。今日一番の突風が集落を襲ったのはそんな時だった。




「うわあっ」




 体が宙に浮き、剥がれた民家の屋根と一緒に集落内を転がる。何かに背中が当たって、その物体に無我夢中でしがみついた。しばらくして風は落ち着いた。直後、響き渡ったのは、




「いやああああっ!! 誰かっ、誰かぁあ!!」




 女性の叫び声だった。俺はいつの間にか集落の人々に囲まれていた。助けに来てくれたのかと思った。しかし、




「ミリアに何をしたのよ!!」

「問い詰めるのは後だ! 早く持ち上げろ!」




 俺を突き飛ばして、大人達は慌ただしく動いた。


 しがみついていた物体は倒れた木だ。あろうことか、ミリアはその下敷きになっていた。


 集落に暮らしている大人は兵士の数よりも少ない。最悪なことに、木は持ち上がらなかった。その間に落ち着いていた天候がまた牙を剥く。


 端から見れば、俺が殺したも同然の光景。理由はただ一つ、やはり〝普通の人間〟ではないからだ。


 今まで俺を無視してきた集落の人々が、俺という存在を認め、敵意と憎悪を剥き出しにした。ただ彼らには優しさがあった。子どもだから罰を下せなかったのだ。とはいえ、




「ち、違う、俺じゃない……。俺はやってない!!」




 彼らの目は確実に俺へこう訴えていた。消えろ、消えろ、消えろっ! 脳に直接伝えてくる。


 頭を抱えて蹲っていると、隙間を縫ってミリアの声が俺へ届いた。




「トウ……ヤ……? いるの?」

「っ、ミリア、ここだよ!」

「あたし、どうなったの? 身体中が痛くて……」




 今にも消えそうな声。周囲にバレないように声を押し殺しながら笑っていたミリアはもうどこにもいない。




(あの人みたいにいなくなるのか?)

 



――ダメだ、そんなことはさせない!




「退けぇええ!!」




 足を開いて中腰になり、木に手を引っかけて天を仰いだ。




「うぉぉおおおおおっ!! 動けぇええ!!」




 この時、俺の中で何かが蠢いた。心臓の鼓動が急加速しているのに、体は逆で温度を失っていく。


 木が持ち上がり、その隙に母親がミリアを救い出した。〝奴ら〟現れたのは、まさにその直後であった。


 兵士が連れて帰ってきた、絹の着物を着た男と、いかにも安そうな着物を着る集団。外に出ている俺はすぐに発見された。集落の兵士が下唇を噛みながら俺を睨みつける。




「……心当たりがないと、そう言ってなかったか?」

「おっ、俺たちゃ本当に何も知らねえんです! なんすか、あの生き物は!」

「てめえ、俺らの集落で何してやがる!!」




 ああ、そうだった。兵士は俺の存在を必死に隠そうとしていた。こいつら、〝王家〟の目に映らないように。




「ほお、迷い込んだわけか。しかしな」




 言いながら、絹の男が兵士に振り返る。




「どのみち目撃者を生かすわけにはいかぬのだ。幸運なことに避難所にいる者はザッと数えても20人」

「な、なにをお考えで?」

「取るに足らん命よ。20人消えたところで誰が気にするのか、という話しだ」

「やめて下せえ! ここには女・子どももいるんですよ!?」




 男が片手を掲げると、部下たちが一斉に鞘から刀を引き抜いた。




「だからなんだ。我が国にいる女と子はこれの何十倍も存在する。十分だろう。……殺れ」




 ミリアの母親の顔から血の気が引いていった。そうして、涙ながらに俺にこう伝えた。




「ミリアはもう助からないわ。けれど、こんな死に方は絶対にさせたくないの。お願い、この子をここから連れ出して」

「でも、みんなは!?」

「…………行きなさい」




 嵐の中を人々が絶叫しながら逃げ回る。宣言通り、女も子どもも容赦なく斬り殺された。


 体が尋常じゃない震え方をした。――これは恐怖だ。兵士にすら抱いたことのない感情を王家が目覚めさせた。

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