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【逸話】トウヤ・1

 今から約一千年以上も前の話だ。


 俺が誕生したのは、後に東昇と名付けられる大地だった。


 何年も続いた0の時代の終盤。森の奥でひっそりとある集落のボロ家で産声を上げた。声に男たちが集まり絶句した。赤子は人間ではなかった。頭部に二本の角と、鱗の張る肌を見て、住人の脳裏にとある生き物の姿が過ぎった。




「この女、変異しているどころか王家のもんじゃねえか! 俺らの中に紛れ込んでいやがった!」

「王家ってまさかっ。三兄妹の誰の子だ!?」

「わっかんねーよ!」

「っ、マズイことになった。気づきませんでした、なんて言い訳が通用するような人じゃねえ。この事がメグ様に知れたら俺たちゃ全員殺されっぞ」

「だけど、報告しなくていいのか? 未だに信じられないが、これは生まれ変わりってやつだ」

「なら、てめえで報告しに行けよ。俺は絶対イヤだかんな。まだ死にたくねえ」




 女は俺を抱きしめながら、耳元で何かを囁いた。そうして静かに死んだ。


 男たちは散々言い合った挙げ句、こう結論を出した。「生かす」、と。


 ボロ家は男たちの手によって頑丈な物に作り替えられた。俺を守るためではなく、自分たちを守るためにだ。そうして、俺は生まれながらに目に包帯を巻かれながら生きることを余儀なくされた。


 今思えば不当な扱いだ。無知な赤子に対する暴力と同じことをされたのだ。それと同時に彼らはこぞって怯えながら生きる道を選んだ。


 それから3年後、俺は8歳になった。作り替えられた家には窓と扉が一つずつしかない。今日もまた、窓から外を眺めて遊んでいる子どもたちを見つめながら過ごした。


 目が合うと、




「ねえ、また見てるよ」

「目が合ったら帰ってこいって言われてるしなぁ……」

「遊び始めたばっかなのに!? 食べ物だけじゃ気がすまないってか!?」




 口々に文句を言いながら去って行く。


 俺はこの瞬間がいつも寂しくて仕方がなかった。俺に課せられたルールは三つ。出るな・喋るな・見るな、だ。賑やかな声に最後だけがどうしても守れなかった。




(どうして俺だけ外に出ちゃいけないんだろう……)




 悩むべきところは、本当は他にもあった。包帯越しに外が見えていること、親がいないこと、自分の存在価値。だが、何よりも欲したのは目の前に広がる無邪気な子どもたちの走り回る姿だった。


 俺の人生はいつだって許可制だ。「食べていいぞ」・「眠っていいぞ」・「風呂に入っていいぞ」。しかし、「遊んでいいぞ」との許可が下りたことは一度だってなかった。


 ある日の夜――。


 いつもと同じように、窓越しに満月を眺めていると、急に目の前に人間の顔が浮かんで現れた。女の子だ。




「っ、ビックリした……」

「そこに誰かいるの?」

「いるよ」




 真っ暗な集落を歩いてきたようだ。ましてやこの家には電気がない。遠くでは野犬の遠吠えも聞こえている。




「そっちに行ってもいい?」

「……うん。角を曲がったら扉があるから、こっちにおいで」




 誰かと話したのは生まれて初めてのことで、こうして俺はルールを二つ破ってしまったわけだ。




「あたしはミリア。あなたの名前は?」

「名前……」




 あの人は確か、生まれた俺にこう囁いていた。




「……トウヤ」

「トウヤかぁ。いい名前だね」

「ありがとう。っていうか、どうしてこんな時間に外を歩いているの?」

「それは秘密ー! それよりも、トウヤのお話を聞かせて」




 そう言って、ミリアはとても可愛い笑顔で笑って見せた。


 俺たちはすぐに仲良くなった。ミリアはいろんな事を教えてくれた。外の世界のこと、そこに何があるのか。それは俺が想像していた以上に美しく素晴らしい世界だった。


 ミリアの話しは良いことだけじゃない。


 毎夜、話しを聞くにつれて、俺はなぜルールが課せられているのかその理由を知った。


 角が母体を傷つけ母親を死に追いやったこと、蛇という生き物の血を受け継いでいること。別に驚くことではなかった。母親が死ぬ瞬間を俺は目の辺りにしているし、男たちの会話も覚えている。自分は人間とは違うのだと理解していた。


 一つ問題なのは、その正体が俺だとミリアが気づいていないこと。真夜中で、しかも家は真っ暗で、彼女は俺の姿をきちんと見たことがないのだ。


 さらには――。




「子どもの食糧が足りていないって、どういうこと? 俺はいつもたくさん食べてるよ」

「大人と子どものお腹の大きさは違うもーん。兵士がたっくさん食べてるの」




 少ない食糧の半分以上が兵士に配られ、集落に避難してきた人たちは毎日僅かな食事でしのいでいるそうだ。ただ、半分以上というのが大袈裟な表現だと、俺だけがわかっている。


 あの子たちが俺を嫌うのも当然だ。部屋の隅っこには食べきれずに残っている食糧が山積みになっている。何よりも、ただ生きているのではなく、〝生かされている〟のだと知ってしまった。俺が死に、どこかで新たな生まれ変わりが誕生しないよう阻止しているのだ。


 込みあげてきた怒りに体が震えた。俺がいったい何をした? こんな狭い場所で馬鹿正直にルールに従い、許可通りに行動してきたのに……。




「トウヤ、怒っちゃダメだよ」

「っ、なんで!? こんなこと許されていいはずがない!!」

「怒るより、笑ってる方が幸せだよ。人を睨むより、人を優しく見てあげるほうがみんな幸せになれる。そう思わない?」

「だけどっ……俺はっ」




――言えなかった。自分のせいだと、自分が蛇だと、口が裂けても言えない。俺はこの時間を失いたくない。


 だから、帰ろうとするミリアにこう言った。




「また遊びにおいで。いつもの時間に」




 すると、




「あたし、外の世界が大嫌いだから、喜んでココに来るよ!」




 そう声を返してくれた。


 ミリアは「ふふ」と肩で笑って、この状況を楽しんでいるようだった。




「ココって秘密基地みたいだね。合い言葉を決めようよ」

「うん、いいよ。何にする?」

「そうだなー……。扉を三回叩いたら、蛙が跳ぶのはなぜだって聞いて。あたしは、お空を近くで見たいからって答えるから」

「なんだよそれ。まあ、ミリアらしいけど」

「あ、今馬鹿にしたでしょ?」

「変わってるのは確かだろ。本当は真夜中に出歩いちゃダメなんだぞ」

「はいはい、パパ。わかりましたよっと。でもまた来るからね」

「……ありがとう」




 こうして、俺たちは昼間を避け続けた。

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