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模擬訓練と最弱・2

 木の葉の層で森の中はとても薄暗い、迷界の森入り口。そんな森を進み始めて僅か数メートル。早速イツキが攻撃を仕掛けてきた。ただでさえ薄暗い森が、突如まったく何も見えない闇と化す。




「どうなってるんだ!?」




 焦って立ち止まる俺に、ユズキは冷静に答えた。




「これがイツキの能力だ」

「闇ってこと?」

「そうだ。僕はこの言霊の凄まじさを目の当たりにしたことがある。これに長く触れていると、幻覚に幻聴、パニック症状など精神的におかしくなる」

「これだと俺の言霊は使えないな。居場所がバレてしまう」

「そうだな。だが、まだ大丈夫だ。2人でいれば……」




 ユズキが手探りで俺の小指を見つけ出した。俺の肩がぴくりと跳ね上がる。何も見えない事がこんなにも神経を敏感にさせるとは――。深呼吸をして自分を落ち着かせた。


 じんわりと暖かくなる小指。確かに1人だと気が狂いそうになるが、2人居るとわかるだけで気持ちが違う。


 ユズキが歩き始める。空いている片方の手を前に伸ばしたり横に向けたりしながら、木を避けて進んだ。


 どれくらい歩いたのだろうか。暑さのせいか、それとも緊張から流れ出た汗か。目に染みて、ユズキに声をかけた。




「ちょっと待って、目が痛い」




 手を離して目を擦る。それから直ぐに彼女を手探りで捜す。だが、どこにも居ない。




「ユズキ?」




 声も返ってこない。その場でしゃがみ込んだ。


 つい先程まで一緒に歩いていたのだから、俺の声に気づかなかったはずはない。ってことは、一瞬の隙にイツキに捕らわれたのか? にしては、物音一つ聞こえなかった。茂みや木々だらけなのに、それは不可能だ。しかもユズキなら、すぐに反撃するなり声を上げたはず。




(早速かよ……)




 しだいに、心臓の音が異様に大きく聞こえてきた。抜き取られて耳元に当てられているみたいだ。


 正面に目を凝らせた。すると、今度は本当に正面を向いているのか訳がわからなくなってきた。落ち着け、落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。けれど、脳の反乱は全く効果が無く、当然のように悪化していくばかりであった。




「なんで物音一つ聞こえないんだ……」




 ついに心の声が漏れた。息づかいが荒くなり、それすらうるさく感じるほど静寂だ。あんなに人々の噂話しが耳障りだと思っていたのに、今度は静寂を恐れるだなんて。


 背筋を伝うような悪寒がしたのは、静寂に支配されかけている時であった。




「誰だ……?」




 音を立てずに振り返る。暗くて、まるで空中を浮いているようなこの場所に、見えない誰かが居るような気がするのだ。


 恐る恐る手を伸ばした。もちろんのこと、そこに居るのは空気だけだ。でも、俺には徐々に見えているのだ。俺の最大の恐怖が……。




「どうして……ここにっ……」




 近づいてくる2人の男女に思わず後退りした。


 割れた頭部から噴水のように溢れる血、折れた片腕、千切れた両足。もう1人は顔の損傷が酷く、もう面影すらない。皮一枚で繋がっている舌を揺らしている。


 這いずりながら、あるいは両手で顔を覆い身悶えして苦しみながら、俺に恨みをぶつけてきた。口は動いていないのに、「お前が殺したくせに」と繰り返えし訴えてくる。


 もしかすると、俺は気絶していて夢を見ているのではないだろうか。となれば、寝言で秘密を口にしているかもしれない。




(マズいな)




 この2人こそ、俺が眠れない原因だ。まさかこんな場所で、しかも違う夢の形となって現れるだなんて。いつもならば、ある映像から始まって最後に2人が登場するのだ。今回は最後から始まった。




「ダメだ……」




 頼むから目を覚ましてくれと、自分に強く願う。でないとバレてしまう。全て台無しになる。ただでさえ俺が生まれたせいで苦しんだ家族が更にどん底に落とされる。しかし、どれだけ言い聞かそうとも2人が消える事はなかった。




「――っ、早く消えてくれっ!」

「私みたいな足になれば、あなたを永遠に抱きしめられるのに」

「俺のような顔になれば、もう嫌な現実を見る必要もなくなるぞ」




 いつもならば夢はここで終わる。だが、そうはならなかった。


 おいで――と手招きする2人に、俺は溢れ出る涙を堪えることができなかった。




「ごめんなさいっ」

「許さないわ。どうしてあなただけ幸せになるのよ」

「こちら側に来い。そもそも、そこに居るべき人間じゃないんだから」




 嗚咽が止まらず、改めて突きつけられた現実に胸を締め付けられた。




「望んで生まれたわけじゃない! 俺のせいで、家族がどれだけ苦しんだかっ……」




 2人の動きがぴたりと止まった。女が怒りの籠もった口調で言う。




「家族……?」




 その瞬間、高速で這いずり動く方の腕で俺の足首を強く掴んだ。そして、血まみれの顔で俺を見上げた女は、甲高い声を上げながら、この世の終わりとでも言わんばかりに絶叫した。


 両手で耳を塞いでも、女の絶叫は鼓膜が破れるくらいに突き刺さる。


 今までに一度だってこんな夢を見た事はない。何かがおかしい。そう思うと、急に2人が遠ざかっていった。


 どうやら夢ではなく、幻覚だったようだ。肩で荒々しく呼吸を繰り返しながら変わらない暗闇に胸を撫で下ろした。




「まさか闇に救われるだなんて……」




 両手を摩って自身の頬を覆った。ヒロトがやってくれる、俺を落ち着かせるための行為を真似たのだ。すると、忙しなく鼓動していた心臓が徐々に落ち着きを取り戻していった。


 それから一息ついて、もう一度ユズキの行方について考えた。次は声が漏れないように、必死になって心で話す。あまり喋るとイツキに場所が知れてしまうからだ。


 彼女とはぐれたのが手を離した時じゃないと仮定しよう。だとすると、闇と化した瞬間から居なかったか、あるいは……。




(やってくれたな……)




 多分、この闇の中に閉じ込められたのは俺だけだ。


 となると、俺の小指を引っ張って進み始めたのはイツキだ。物音一つ聞こえないのは、そういう空間だからだろう。最初は2人同時に閉じ込めて、話している隙にユズキを空間から追い出したのだ。つまり、今の俺は隔離されている状態にいる。


 出られる方法があるのか不明だが、とにかく進むことにした。空間ならばいずれ壁に辿り着くはず。




「ビンゴ……」




 手の平に当たった感触。これは木や岩などではない。森には見られないツルツルとした平らな物だ。




「炎・包火」




 照らすと、目の前には黒い壁があった。衝撃砲を当ててみるも、蒸気が立ちこめるだけでビクともしない。拳から伝わってきた振動では分厚い壁には感じなかった。どちらかというと、波打つような振動だったから薄いはずだ。俺の力が足りていないため破壊できないのだろう。


 ふと、思い出したのは父さんの話しだった。


 放たれた力の差を決めるのは感情。それに込められた念がどれほどかによって、相手が受けるダメージは大きく異なると言っていた。


 そこで、包火を解き闇に身を潜めた。しばらく堪えて、もう一度あの時の感覚を引き起こさせる。湧いてきたのはパニックではなく、現状を知ってからは、あんな無様な状態に陥った自分に対する怒りだ。その怒りを念に言霊を唱える。




「炎・衝撃砲!」




 ピキピキ……と、ひび割れるような音がして、ぽっかりと出口が開いた。直後、森は薄暗いというのに思わず目を逸らしてしまうほどの光に襲われた。それほどまでに、イツキの闇が濃かったのだ。


 いったいどれだけの闇に触れてきたのだろうか。


 振り返ると、そこには異色な存在を放つ真っ黒な箱状の物体があった。それから、目の前に立つイツキを両眼に捉えた。


 イツキが指を鳴らすと、箱は渦を描くようにして消えた。

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