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白草と鬼・3

 場所は変わって東昇――。




「おねげーしやすっ。女神様と呼ばせて下さい!」

「死んでもお断りだ」




 少年のあどけなさが残る面立ちをしたこいつは、五桐班のシン。上級試験の第一・第二試験での成績を評価され、上級歩兵隊に昇格している。


 そんな彼は、ただ挨拶をしただけで先程のような馬鹿げた台詞を僕に吐いた。その理由は、




「オレ、自分から声をかけるまで人に挨拶されたことないんす! 生まれて初めてなんすよ! 」

「僕の嗅覚は北闇の混血者を遙かに上回る。それだけだ」




 東昇に足を運んだのはハルイチに用があるからだ。彼はヘタロウと威支のメンバー数人が王家へ訪問する時に着いて行っている。


 サキの救出作戦時、トウヤはオウガと対談していた。話している最中、オウガはある書物をトウヤに見せたらしい。それを盗みに行ったのだ。


 半妖人共通の3秒ルールはこのためにあったんじゃないかと思えるほど役に立ち、なおかつ蛍が北闇の地下牢に牢獄されていることもあり、持ち帰るまでは特に問題は起きなかった。


 懐いてしまったシンを足蹴りにして、本題に入る。




「それで、本が開かないとはどういうことだ?」

「何度か試したけど、これがまた頑丈で……」




 言いながら帯の内側に入れていた両手を出す。指先は包帯でグルグル巻きだ。




「ナオト君は、オウガ様も混血者だと話していた。それも鬼のね。もしかすると鬼の血筋でないと開けないのかも」




 ハルイチから本を受け取り、開こうと指を引っかける。顔だけ後ろに背けて身構えた。ところが、他の本を開くのと同じで簡単に開けたではないか。


 おそらく、キトと契約を交わしているからだろう。さすがのオウガも予測出来まい。


 本の内容を確認してみると、想像するだけで鳥肌がたつような、拷問によって得た情報が所狭しと書かれていた。




「重度が生まれ変わることをいいことに、何度も捕獲しては実験を繰り返したってところかい?」

「そのようだ。吐き気がする……」




 そうして読み進めていくと、あるページでめくる指が止まった。


 そこにはこう題名が記されている。【鬼の生態と交流】――。書いたのはオウガの父親のようで、出だしには、




「シガンという名の鬼と出会った。2メートルほどの身長に目を奪われるほどの肉体美。足首まで伸びた白髪は月光を浴びて煌めき、牛の角に似た湾曲を描く二本の角を頭に従えて、肉をそぎ落とすために生えてきたであろう長い爪で私の頬を撫でた……」




 読み上げると、ハルイチの顔が青ざめていく。




「なんですかい、これは……。父上が集めた文献で鬼が存在していることはわかっている。しかし、このシガンという鬼……、あまりにも常軌を逸している」




 まとめると、

 

 一、シガンは目の前に5つの鬼の首をちらつかせた。

 二、目の前で喰い、4メートルもある巨体へと変貌した。

 三、鬼について調査すれば、貴様の命はないと思え、そう脅された。

 四、噛み砕いたときに落ちた角を回収し、実験を試みた。


 最も重要な文をハルイチが声に出して読む。




「記憶に犯された被検体が鬼の歴史を紡いだ。大昔、戦に敗れた鬼は神霊湖にある島へ身を隠した。数十年もすぎた頃に人間に発見され全滅しかけたとのことは、我が先祖が葬った歴史と一致する。ところが、発見時に一体だけ妙な鬼が潜んでいたと言うのだ。鬼の姿をした、鬼ではない生き物。奴は王家をわざと逃がし、狩りを楽しんだ。後に、八鬼衆という組織が誕生する……――っ!?」




 ハルイチが僕の肩を掴んで自分の方へ向かせた。




「地下牢にいたあの鬼、キトとは何者なんだい!?」

「僕の友達だ」

「そうじゃなくて、種族だ!」

「妖鬼……と言っていた」




 今度は本の文を指さす。




「ただの妖鬼じゃないっ」

「だったらなんだ?」

「この本に書かれていることが真実なら、キトは八鬼衆のリーダーだ。つまり、0の時代の生き物ということになる!!」




 八鬼衆の長の名をキト。我が先祖の命を弄び、報復という名義で人間殺しを楽しむ異常な生き物だ。キトは人の魂を食す、本来の鬼とは違った、この世が生み出した史上最悪の生き物である――。


 こうして、王家はシガン対策として実験を繰り返した、父親の代では成功しなかったらしいが、オウガが自分の体で成功させている。……いや、どうでもいい。




(僕は何も聞いていない……)




 もう一度読み返して改めて事実を突きつけられた。手から力が抜けて本が床に落下する。本は最後のページを開いた。おもむろに視線を落とす。




「っ、どういうことだ!!」




 明らかに真新しい字で、【重度は13体存在する。トウヤはそう言い残して去った】と書かれているではないか。


 キトもトウヤも僕に何か隠しているっ。




「平気かい?」

「いいや、不愉快だ」




 紫炎に燃やされたトウヤを見て殺意を剥き出しにした威支が、ナオトと再会を果たした後に戻ってからは急に大人しくなっていた。僕はキトがあの手この手で脅したのだとばかり思っていたが、多分そうじゃない。


 それに、試験前にラヅキがメンバーを光の中に連れて行ったときもそうだ。彼らのその後の動きはまるで、




(目的がわかっているのか……?)




 ここで、さらに追い打ちをかけたのは、すっかり存在を忘れていたシンだった。息を吹きかけてどうにかめくれたページを読んでいる。




「ここに書かれている白草家って光影の人っすよね? 白草と鬼は共存関係にあるってどういう意味っすか?」




 僕には何も答えることが出来なかった。


 もしかすると、何も知らないのは僕だけなのかもしれない。どうして隠すのだろうかと、寂しくなったのは言うまでもないだろう。


 妙な空気にシンは慌てて言葉を繋げる。




「そっ、それにしてもっすよ! 王家ってとんでもない貴族っすね!」

「どうしてそう思うんだい?」

「だって、神霊湖に島があるって知ってたんすよ? それってつまり、過去の調査で誰も戻らなかったのは、王家がこの件を隠蔽しようとして闇影隊を暗殺してたってことなんじゃないんっすか? あの付近、霧が濃いし……。的外れだったらすんません……」




 脳天に雷でも落っこちたみたいに、僕の体はシンの言葉に反応して勢いよく腰を上げた。




「王家だ……」

「め、女神様?」

「ルイを監視していたのか……」




 誰にも口外しないか、見張っていたのかもしれない。


 おそらく、ヘタロウはオウガに釘を刺しに行ったんだ。これ以上、家族に手を出せば……と。

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