白草と鬼・2
このページには挿絵があります。ただの世界地図ですが、念のために報告しておきます。
自由人は放っておいて、拠点に引き返す。
神霊湖は、この世界の大地に水を供給するほど馬鹿でかい湖だ。四大国のちょうど中心に位置し、北闇から南光へ向かう時は神霊湖を迂回して行かなければならないため、5日も時間を要するほどの大きさとなる。
とりあえず目先の問題を片付けよう。実は、威支はこれまでにないほど緊張が高まっている。その理由は、
「血痕は南西の方に続いていたが、奴の行き先など皆目見当もつかない」
「早く取り戻さねばな。王家はわしらや国帝に目をつけられてる故、おそらく個人で管理しているか、どこかに渡したか……。どちらにせよ事は急ぐぞ、トウヤ」
猫の生まれ変わりを横取りされたのだ。トウヤが到着した頃には生まれ変わり以外の一家は惨殺されていたらしい。その手口から犯人はすぐにテンリだということが判明した。あいつは他人の能力を奪う。猫が開花する前に奪い返したいところだが……。
(どちらを優先するべきか……)
ケンタか、猫か、ラヅキか。戦争を前にして面倒なことが次々に転がってくる。
「土地神を取り戻したら、皆が当たり前とする日常が訪れると思っていた」
トウヤと目を合わせたイザナは、両膝に手をつき腰を低くした。そうして僕の独り言を拾う。
「どうしてそう思ったのだ?」
「バランスが元に戻る。北闇は冬、南光は草木、東昇は大地……。何よりも、ラヅキが神霊湖に戻った。神々はそれぞれの住処に帰った。……はずだった」
コウは、ラヅキがいなければこの世界はもっと狂うことになると話し、トラガミは、軸を失えばこの世界は崩壊すると言った。
僕にとってはどうでもよかった世界。しかし、イツキやナオトと出会って考えが変わった。公園で花火をした時のような日常が欲しいと心の底から望んだ。
利用できるものはなんでも利用してしまえと、威支に潜入し、ここまで頑張ってきたのに――。
「土地神の封印を手助けしたのはわしらだが、だからと言ってあれ以上の何かが起こったわけではない。ラヅキが報復しに来たわけでもなければ、バランスが崩れたと感じたこともない」
「あいつは大木で眠っていたんだ。人に化けることは出来ないから、僕を器にして自由になる必要があった。それに、バランスなんて目に見えるものじゃないだろう」
いや、イザナが言わんとしていることはもうわかっている。
「この話は終わりだ。猫を探しに行くぞ!! 南西だったな」
先に動き始めたのは、僕よりも長くこの世界で生きているイザナからそれを聞いてしまうと、僕の中で何かが崩れてしまうからだ。
「ユズキ、そこは南西とは真逆だ」
「――っ、言わないでくれっ。お願いだからっ」
「ちゃんと知って、向き合うべきだ」
そう言い、僕の背中に向けて、ゆっくりとこう口にした。
「バランスが崩れれば嫌でもわかる。この世が何で出来上がっているか、お前にももうわかっているだろう?」
ラヅキの生命力だ。人も、土地神と呼ばれる生き物も、すべてだ。そのバランスが崩れれば、人はそれを感じとる。
「特に、器となった子らはな。例えわしが気づかなくとも、その者たちが気づき知らせてくれる」
「イツキが……?」
「あの子はジンキを失う事に怯えていた。奴を自分の一部として受け入れていたのだ。そこまで共鳴していたなら変化にも敏感だったはずだ」
「つまり、この世界のバランスに土地神は関係ないと、そう言いたいんだな?」
「どう考えても、バランスが崩れているのは、過去ではなく今だ」
――ラヅキ。
僕はお前を疑いたくない。監視もしたくなければ、苦しめたくもない。
――ラヅキ。
永遠とは、果てしない時間を生きることになるが、それでも良いと思えるようになったんだ。生きる事に恐怖心を抱き、何度も命を断ってきた僕が、この世界に来て初めて「生きたい」と願うようになった。死にたくないと、足掻き苦しむようになったんだ。
でもそれは、お前の存在があったからだ。父という確かな存在がいつも近くにあったから、この世界で生きることに希望を持てた。
助けてほしいと言われ、勝手に連れてこられて、色んな事があったけど今までこうやって共に頑張ってきたじゃないか。
だからこそ、僕は当たり前だと思っていた鬼人の存在も身近に感じるようになり、いろんな人を通して仲間や家族の有り難さを学ぶことができた。
それなのに、お前は僕に嘘をついた。何が嘘かはわからないけど、きっと大きな嘘だ。
――ラヅキ。
今の僕は、威支のメンバーの顔をまともに見ることさえできない。
上級試験前に何を見せたのかわからないけど、お前を信じてみんな動いてくれたんだろう? 僕に嘘をついたということは、メンバーにも嘘をついたことになるんだ。そして、そのメンバーは、命懸けで任務を遂行している。
でも、いったい何に命を懸けてたんだ?なんのために、人の目を我慢しているんだ。なんのために、僕は生きてきたんだ。
(ラヅキ……)
どうして僕から離れたんだ。
(答えてくれ……)




