白草と鬼・1
タマオが瀕死の状態で発見されたのは、ナオトが塊叫団のアジトから帰還して間もない頃だった。
神霊湖ではなく、位置で現すのならツリーハウス付近での発見で、タマオが外出した際に何者かに襲われたことがわかる。言わずもがな、犯人はテンリだろう。
ヒロトの葬儀が終わり、神霊湖に戻って来た僕は砂浜に立って水面を眺めながら考えていた。
(あのタイミングでの襲撃……。絶対におかしい)
どこかでテンリが見ていたとしか思えないほどの、母親との再会を狙った絶好のチャンス。しかも、赤坂班と黄瀬班は先にツリーハウスへ避難していた。狙いがヒロトだったのならいつでも襲えたわけだ。
葬儀で赤坂に確認してみると、あいつも同じ疑問を抱いていた。わざわざヒロトの目の前に現れたテンリは、「今からお前の弟を殺す」と伝えたあと、先に走り出したヒロトを追うようにして後に着いていったらしい。
その時、赤坂は狙いがナオトではなくヒロトだと気づいた。黄瀬はケンタの捜索で不在だったため、赤坂はその場を動けず、代わってソウジが後を追った。
そして、
「……ダメだ、納得がいかない」
ヒロトの殺害に関しては、ナオトの戦意消失を図ってわざと目の前で殺したんだと思う。問題は、
「ツリーハウスを見つけ出すためには、わざわざ巨樹を登らなきゃいけない。シュエンが獣化した時の大きさから考えてみても、住居はザッと見積もっても地上から20メートル以上の位置にある……」
加えて、ツリーハウスは神霊湖に隣接している。例えチョウゴが手を貸したにせよ、籠もった濃霧のせいで上空かからの発見は困難を極めるはずだ。となれば、誰がどうやってツリーハウスを見つけたのか。
さらにもう一点。
内通者は僕の同期の中に潜んでいる。だが、塊叫団と一戦を交えていたメンバーは全員地上にいたし、地上からはツリーハウスを拝むことは出来ない。かといって塊叫団が発見したとも思えない。
「……いや、あいつらの狙いは最初からルイだった。ということは、あの付近にルイがいると知っていてあの場所から動かなかったわけか。じゃあ、ケンタを襲った理由はなんだ?」
そもそも、ケンタがあそこにいた理由は? わざわざ単独の訓練で視界の悪い神霊湖周辺までいくだろうか。あいつの性格は臆病に尽きる。とても神霊湖を修行場所に選ぶとは考えにくい。
「でも、あいつが内通者ならとうの昔にバレている。隠しきれないだろうからな」
冷気とともにキトが現れた。漂う濃霧が少しだけ晴れる。
「俺の出番か?」
「すまない。行き詰まった」
「で、お前は大丈夫なのか? ヒロトが死ぬ瞬間を見ただろう」
「しばらくは眠れないに決まっている。訓練校時代、あいつとは口喧嘩ばかりしていたが、嫌いなわけじゃないんだ。ヒロトは弟思いの良い奴だった」
「これから先、どうするつもりだ」
テンリの言葉が現実となりつつあることに、僕は不安を抱かずにはいられなかった。
歴史を得た人々は、王家が仕掛けた戦争に乗っかるしか道はなくなる。あいつはタモンにそう言い放った。
家族や仲間を守るためには、国を守るためには、根本的な物を叩く必要がある。それは自ずとテンリの予言ともいえる未来に近づくことになる。
その証拠に、僕たちはヘタロウを救い、ヘタロウはイッセイに「ガディアン」の話しをした。あの老人はガディアンを知っているわけだ。
これだけじゃない。ラヅキや土地神、威支やサキもそうだろう。彼らは人間よりも一生が長く、とんでもない長寿の生き物だ。僕たちはこうして歴史を一つずつ回収してきた。その度に状況は悪化している。
無意識に握りしめていた拳に、キトの冷たい手が添えられる。
「いつだったか、俺の武勇伝を自慢したことがあったな」
「いつの時代の話しだ。まあ、覚えてはいるが……」
「その時、お前はこう言い返した。戦で平和になるのならば、どの世も皆幸せに暮らせている。夢を見ることもなく、夢すら叶わない。そんな子どもばかりが産まれるのなら、戦争に勝とうともその子たちは平和だとは思わないだろうな、と」
「ああ、確かにそう言った。それがどうした?」
「今だからこそ話しておく。一族を束ねる者とは、多くの命を踏み台にして君臨しているのだ。タモンやコモク、羅月も俺も。種族は違えど、やはりそれは変わらない。どんなに力を持とうとも、すべてを守ることは無理なんだ」
そう言って、キトは濃霧のもっと奥に目を細めた。
「限りある命の中で、その中にある救うべき命とは、兵士ではなく民だ。時には、その民すらも切り捨てなければならない時がある。長とは、常にその苦しみを背負う立場なのだ。しかし、だからこそ、土地があり、一族があり、家族があり、命を育む事が出来る。けどな、お前にあれを言われて、俺が学ばされたことがある」
――戦とは、避けて通ることが出来る。
「お前はどうする。避けて通るか、真っ向勝負といくか。どの道を選択しても俺はお前の道を広げてやるつもりだ」
「キト……」
「さあ、言え。俺にケンタの記憶を覗かせるか、それともタモンに報告だけして無視するか。前者を選ぶなら前戦を行くことになる。後者を選ぶなら、戦争が起きてもお前は傍観するだけだ」
究極の選択に言葉が詰まった。返答に悩んでいると、
「この盗人が。もう少し優しくなれないのかしら」
どこからか声が響き渡った。その声にキトが鼻で笑う。
「人聞きの悪い。盗んだのではなく、託されたのだ。……姿を現せ」
「だとしても、〝その子〟は私の子どもなの」
声は僕の背後から聞こえた。
「っ、キアキ!? どうしてここにっ」
「こんにちは。キトに話が合ってね。お借りしてもいいかしら?」
キトは僕の腕を掴んで自分の背中に隠した。
「死んでもなお、この世を恨むか、キアキよ」
「シュテンは失敗した。私はナオトと共にあの頃の時代を取り戻す。白草と鬼の時代をね……。あなただってそう望んでいるんでしょう?」
「…………ユズキ、答えを考えておけ」
キトが消えると、彼女もその場から姿を消した。
残された僕は、ただ会話の内容に混乱するのであった。




