青年期編・5――最終話
世界中を悲報が駆け巡る。走流野ヒロト、死亡――。
爺ちゃんと母さんを取り戻すために、父さんとヒロトを喪ってしまった。
父さんの時と同じくして大々的に執り行われた葬儀が終え、爺ちゃんは威支と共に王家へ、俺と母さんは自宅へ帰った。
玄関を開けると、籠もっていた風が懐かしいニオイを運んできて、俺の鼻の奥を突いた。
居間には誰もいない。だけど、俺には――。
「座りや」
母さんに促されてようやく腰を下ろした。
「ヒロトが誘拐された時の話しはもう聞いてるんやろ?」
「うん。全部かどうか分からないけど」
「あの日、ヒロトはこう言ったんや。自分は息子ではなく、ナオトの護衛だって。その瞬間、爺さんはすべてを悟ったような顔をした」
「護衛? ちょっと待って……。護衛って……」
思い起こすはサスケの言葉だ。落雷のせいで君は大切な護衛を失ったと話していた。これは爺ちゃんも同じ事を言っている。
「ヒロトは、過去に俺と妹の護衛役をしていた人だったってこと?」
「そういうことや。あんたといい、ヒロトといい、テンリが婆さんを殺害したことも含めて、爺さんは敵が動き始めたことを改めて確信したんや。ここで意見が二つに分かれた。爺さんは先を越される前に手を打つべきだと言い、セメルは猛反対した。家族を巻き込むなってさ」
「母さんはどうして爺ちゃんの意見に賛成したの?」
そう聞くと、母さんはあの古びた杖をテーブルの上に置いた。
「もともとわしは北闇じゃなくて南光に近い村に住んでいた。父親と母親、バァバとわしの四人家族。幸せやった。だけど、村が賊に襲われて、わしとバァバを残して全員が殺されてしまった。バァバはこの杖で敵を追い払おうと必死やった。賊は笑い飛ばした。腰の曲がった婆さんが踊ってるって馬鹿にした。そして、わしの目の前でバァバを殺した」
「形見なんだね」
「そうや。わしはこの杖と鏡だけを持って逃げた。その時に助けてくれたのが走流野ヘタロウ。当時、北闇の総司令官を務めていた天だったわけや。命の恩人ってのもあるけど、わしはあの日から誰よりも近くで爺さんを見てきた。爺さんの行動には必ず意味があることもちゃんと分かっている。だから爺さんの意見に従った」
「理由はそれだけ?」
「……いや、もう一つある」
母さんが一息置いた、その時。縁側の戸が開かれた。ソウジが立っている。
「申し訳ありません。話しを聞いてました」
「どうしたんや?」
「もう一つの理由、俺から話させて下さい。お願いします」
深く頭を下げたソウジを、母さんは居間に招き入れた。
目の下が赤く腫れている顔に、俺の涙腺が緩む。
「お前を守りたい、手を貸してほしいという申し出があったのは、赤坂班が結成されてしばらくしてからだった。ヒロトは大まかにしか説明しなかったが、あの時の俺たちにはそれでも理解を超える内容だった。なにせ、重度は伝説の生き物だったからな。それでもヒロトは重度の存在を前提に救いを求めた」
「現実になった……」
「ああ。大猿と戦ったこと、覚えてるか?」
「うん」
「お前が前戦にくるまで、あいつは途中からヒロトばかりを狙いだした。本来の目的はおまえだったんだろうが、双子だからな。あいつはまんまとヒロトの作戦に引っ掛かった」
「作戦……?」
「これが、もう一つの理由に繋がる。落ち着いて聞いてほしい」
ソウジは深く息を吸った。そして、
「お前たちは同時に生まれはしたものの、双子ではない」
「…………え?」
「お前とヒロトは少しも似ていないんだ。ヒロトの能力の一つで、お前が大人へと成長できるように、あいつは顔を変えることができる。3歳の頃、本部から戻ってきたお前の顔を見て真似ただけだった。その時、セメルさんがルイさんの写真や衣類を処分すると決めたらしい。お前は母親にも父親にも、そしてヒロトにも似ていない。この事がいずれお前を傷つけるかもしれないと、そう思ったんだろう」
「だけど、それは俺が戻されてからのことだろ? 母さんが北闇を出たのは俺たちが1歳の時だ」
「ヘタロウさんはこうなると分かっていた。ヒロトが護衛だと知って、おそらく顔が似ていないだろうと話したらしい。ですよね?」
「その子の言う通りや。混乱を避けるためにわしは北闇を出た。全部、ナオトを守るためやった。後悔しか残らなかったけどな。セメルに至っては、ナオトの顔とヒロトの顔が違うことで、やっと爺さんの話を受け入れたって感じやろうな。それでも家族は家族で守りたかったんやと思う」
要は、俺が続いて誕生したことを利用して、ヒロトは双子に成り済まし重度を錯乱する作戦に踏み出た。それが出来たのは、俺と同じように生まれながらに物事を理解できたからだ。
一家揃ってたてた各々の作戦は、テンリの出現により支障が出始めた。そしてそのテンリは、自分の野望に走流野家が邪魔になるとわかって阻止しようとしている。俺から奪うことで戦意消失を図っている。
母さんが言葉を紡ぐ。
「白草の血筋は必ず生まれ変わる。ヒロトもいずれ薄紫色の瞳をもってこの世に誕生する。テンリもそのことはマヤを通して分かっているはずや」
「見つけ出すって、そういう意味だったんだ……」
「違う」
一瞬にして母さんの表情が怒りに染まった。
「生まれ変わりなんてものはどうでもいい。ヒロトもナオトも、わしが腹を痛めて生んだわしの子や。テンリはわしの息子を、旦那を殺した。見つけ出すのはテンリや。あいつはわしがしばき倒す」
誰かがヒロトを生んだとしても、それはその人の子どもだ。大人になったとき、あるいは自分で動けるときに、ヒロトは勝手に戻ってくる。護衛は必ず白草の子孫を探し出す。
「それまでにテンリを片付ける。あんたも爺さんもしっかり働きや。ほんでわしの前に連れて来るんや。美味しいところはわしと爺さんで貰う。すまんけど、子どもにはさせられん」
こうして、俺と母さんはヒロトの遺体に別れを告げに行った。
最後にもう一度だけヒロトの顔を見たけど、ソウジが話していた通り、まったく似ていなかった。けれど、
(黒髪だったんだ……。うん、みんな黒髪だ)
火葬する前に、ヒロトの上着をもらい、自分の上着をヒロトに着せた。
この日を境に、物事は大きく動き始める。特に、ユズキは――。
ヒロトが亡くなって数ヶ月後。俺はサキという生き物と別れて森を走っていた。待っているユズキを見つけて、言葉をかける前に強く、強く、強く抱きしめる。
ユズキは魂の抜けたような顔で、けれども痛みを堪えているみたいに震えていて。だから、俺は彼女から話しを聞いた後に真実を告げた。
「もしユズキが死にたいのなら、その時は一緒に死のう。もう、1人で死なせないからな」
なあ、ユズキ。俺たちって姉弟らしいよ――。
ユズキの黄金の瞳にようやく生気が戻ってきた。
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次回からは久しぶりのユズキ編。
走流野家と鬼で繋がる紫炎。キアキとキトの過去。
鬼の争いに巻き込まれるユズキ。
今まで隠されてきた鬼の過去がついに明るみとなる。




