【逸話】夜桜レイ・2
目的地は西猛。
西猛までの道のりでユズキに会った。自分の気持ちをグッと堪えてナオトの容体を告げる。
「だから、早く行ってあげて」
一瞬、不安の色を見せたユズキだったが、
「……いや、ちゃんと話すのが先だ。帰ってきたら声を掛けてくれ。北闇で待っている」
「ナオトはいいの?」
「あいつの説教は後回しだ。上級試験でのこと、その訳を説明する」
そう約束したところで、ユズキは行き先を尋ねた。
「西猛に行くんだよ」
答えたのは総司令官だ。ユズキの鼻がピクリと動く。
「……お前は空だな。精鋭部隊は顔を隠すのが決まりではないのか?」
「自己紹介を先にするべきだったな。夜桜ヤマト、イツキの父親だ。君にはどれだけお礼を言っても言い足りないくらいに感謝している。イツキの面倒を見てくれて本当にありがとう」
夢が叶ったのか、とユズキはイツキに微笑んだ。こうしてユズキと別れたヤマトとイツキは西猛の白帝・コモクのもとを訪れた。彼女はいつもの姿勢で硬いソファーでくつろいでいる。
これまでの経緯をヤマトが説明すると、コモクは「やっとこの時が来たね」と安心したような表情を見せる。
「あれから17年もすぎた。総司令官の正体があんたであることにも驚いたが、何よりも封印術士……。記憶は完璧に戻ったのかい?」
「はい」
「じゃあ、あの日の事も思い出したんだね」
「もちろんです。今までのこと、本当に感謝します」
「ラオ様の意志だ。あの人はとても後悔していたよ」
遠くを眺めながらコモクは言葉を紡ぐ。
「自分がもっと有能な混血者であれば、ってね。私だってそうさ。走流野家のように力のある人間だったらと思うときがある」
「王家は昔から水面下で事を運んできたのです。かといって、レイや息子を巻き込んだことを許すことはできませんが」
「当然だ。報いは受けさせるよ」
ソファーから立ち上がって蘭を呼び出したコモクは、誰かを連れて来るように頼んだ。しばらく待つと、執務室を訪れたのはライマルだ。
ヤマトは、怒りや後悔、喜びや悲しみといった複雑な面立ちで、イツキとライマルを向かい合わせにした。
2人は上級試験で面識がある。
「よっ! 久しぶりじゃん。俺ってば、あの日から能力ガタ落ちでヒィヒィしてんの。お前は?」
「俺もだよ。なんだかぽっかりと胸に穴が空いた感じかな」
「わかる! ……そんでさ、なんで俺ってば呼ばれたの?」
「それはぁ……」
2人は、コモクとヤマトの顔を交互に見た。
ヤマトがライマルの前で腰を低くする。そして、頭に片手を置き、
「覚えているかな?」
そう言って、総司令官の証である四本の角を従えた般若の面を取りだした。それを自分の顔に重ね、あの日と同じ台詞を口にする。
「強くなれ」
ライマルの時間が止まった。ぽかんと口を開いて硬直していた体が、徐々に震え始め、
「あの時の、怖いお面の人……」
思い出した。
ラオに保護された後、北闇を訪れたライマル。ラオのもとにやって来たのはタモンとこの人だ。
「もう19歳か。大きくなったな」
言いながら面を下ろしたヤマトの目には涙が滲んでいる。
「迎えに来たんだ」
「なんの話し……?」
「君は、俺の息子なんだよ」
「…………でぇえええ!?」
コモクと目が合うと無言で頷かれる。
「ちょっ……。いやっ、変だって! じゃあなんで例の子なんて濁し方したんだよ! この人が精鋭部隊だからか!?」
「あんた……。例の子ってそういう意味じゃないよ。あんたの母親の名前は夜桜レイ。レイの子、ってことさ」
「はあっ!? 俺はずーっと勘違いしてきたってこと!? なんで教えてくれなかったんだ!」
「夜桜レイは高等封印術士だ。白草イッセイの愛弟子でもある。情報を洩らすわけにはいかないんだよ」
これまでに幾度となく賊を始末してきたライマル。ユズキが北闇に帰った後、コモクと蘭の3人で話し合ったとき、西猛の精鋭部隊もライマルと同じように賊を片付けてきたと聞かされた。今、その理由が明かされる。
「あんたはラオ様に、イツキは北闇の当主に。そうやって出来る限り世間の目を誤魔化してきたんだ。あんたは落雷から蘇り、イツキが器だということは公になっていたけどね」
「にしては、敵が少なかったような……」
「世間が夢中になったのは走流野家の存在だ。命知らずな賊だけがあんたを狙ったってわけさ。タモンは鬼の化身って通り名があるから、北闇を狙う賊は西猛よりも少なかった。あんたを北闇にって話しもあったけど、私が断ったんだよ」
引き出しからとてつもなく分厚い紙の束を取り出して机の上に置く。全部、タモンからの手紙だ。
「自分が預かるって内容が、暴言混じりで書かれている。けどね、これ以上の負担を北闇に負わせるわけにはいかない。説明しなくてもわかるだろう?」
「いろんな人がヒロトたちを狙ってるから……」
「おかげであんたやイツキは守られ、家族を取り戻した。でも、まだ終わっちゃいないよ」
深くソファーに腰掛けて足を組む。
「ヤマト、申し訳ないがライマルを返すことはできない。返すのは、テンリと王家の件が片付いてからだよ」
「しかしっ……」
「私はね、ライマルを息子のように育ててきたんだ。守るためなら手段は選ばない。返して欲しいなら手を貸しな。みんなで終わらせるんだ」
コモクの言うことは最もだ。ヤマトは開きかけた口を閉じて、イツキと一緒に執務室を後にした。
正門でライマルに呼び止められる。
「あのっ!」
「……すまない」
「謝ってほしいんじゃなくて、聞きたいことがあるんだ」
潮風が3人の間をすり抜けていく。
「俺、喜んでるから! こんなに嬉しい事って今までになくて、どう反応したらいいのかわかんなくてさ。あんな態度取っちまったけど……。俺の夢を叶えてくれないかなって思って……」
「言ってごらん」
ライマルは深く息を吸った。
「親父! ……って呼んでもいい?」
ヤマトの見開かれた目にライマルは慌てて言葉を紡ぐ。
「いや、その! なんていうか……。もしお父さんに会えたら親父で、お母さんに会えたらお袋だなって決めてたから……。いっ、嫌なら全然」「いいに決まっている」
執務室で堪えていたものがライマルの頬を伝った。
「ほんとに?」
「当たり前だ」
「じゃあ、俺はライマルのことお兄ちゃんって呼ぼうかな」
「ややややめろよ! ライマルでいいって! おっ、弟くんっ」
「なに、それ」
ふふ、と笑ってイツキは北闇を見据えた。
(ナオト……)
母親の捜索をするはずが、友達は今病院のベッドの上にいる。その友達がいたおかげでイツキは賊の手から守られてきた。
(今度は俺の番だね。待ってて)
イツキは強く決意した。ヘタロウやヒロト、ユズキやツキヒメ。多忙なナオトに代わって、彼の大切な人たちを守ろう、と。
こうして、2人はライマルと別れて北闇に帰還した。着替えたヤマトは執務室へ、イツキはユズキのもとへ向かう。
ナオトが目覚めたのは、これより数日後のことであった。




