【逸話】夜桜レイ・1
爆発を起こす直前、キアキは全員を奥へ退避させた後、すぐに主人のもとへ引き返した。
眩い光がうずくまるナオトの腹の底から漏れ出ている。
(本当に、貴方って人は……)
ヘタロウを筆頭に、ここには鬼の血を引くタモン、器だったイツキ、実験成功者であるイオリがいる。皆、陰で散々噂されてきた人物であり、種族だ。
昔、種族たちは互いを蹴り合い、誰もが弱肉強食の頂点を目指した。昔ほどではないが、現在もさほど変化はない。そんななかで、ナオトは――。
(誰かが動かない限り、溝は埋まらない。確かにそうですね)
噴水のごとく噴き出る炎を体の表面浴びたナオトを、キアキは渾身の力で引っ張った。そして、炎とナオトの間に滑り込むようにして入り、酷たらしい姿に変わり果てた主人へ微笑む。
(貴方に取り憑いて15年。私は正しかった。走流野ナオト、貴方を選んでよかった)
鍛錬場が大きく揺れ動く。振動は青島とジコクのもとまで届き、本部の園庭で羽を休めていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
見張り組が鍛錬場に駆けつけると、そこに立っているのはヘタロウとタモン、総司令官だけだった。総司令官の体は薄紫色の淡い光を放っている。
自身の身体に驚くのも一瞬で、総司令官・夜桜ヤマトは倒れている我が子に駆け寄った。
「っ、イツキ! しっかりしろ!」
「医療室へ連れて行こう」
ヘタロウに促され、こうして青島班は医療室へと運ばれた。
イオリとイツキの怪我は幸いにも軽傷で済み、次の日には退院となった。問題はナオトだ。イツキはずっと傍に居続けた。
医療班による24時間態勢の治療が行われる中、処置のため部屋を出されたイツキ。廊下にあるソファーに腰掛けて頭を抱える。そして、
「しっかりしろ、俺……。心を乱したりなんかしたから……ナオトにあんな嘘をつかせて……」
と、自責の念に駆られる。訪れたヤマトはイツキの隣に静かに腰を下ろした。そうして、もう1人。当主の青空アキラもいる。
「イツキ、少し話そう」
「アキラさん……。話すって何をですか?」
「お前の母親のことだ」
頭を抱えていた手を下ろす。
「聞かせて下さい」
「知っての通り、レイは光影出身の高等封印術士だ。彼女は部下の封印術士が自国から逃がした人でもある。詳しい事情は伏せられたが、私の妻はレイの妹だ。我が家に預け、封印術士は去った」
「どうして逃がしたとわかったんですか?」
「長いこと当主をしていれば顔を見ただけでわかる。彼らは終始作り笑いで足早に帰って行った。何か問題が起きたのだろうと、その程度にしか考えていなかったが……」
北闇で暮らし始めてから、レイの生活は一変してしまった。
「彼女は二度も悲劇を味わった。その2度目がお前を巻き込んでしまったあの事件だ。実は、ジンキはすぐに牙を剥いたわけではなかった。出産後、少しばかり時間があったのだ」
「――っ!?」
「ジンキの目覚めを彼女は不審に思っていた。なんの前触れもなく、突然目覚めるはずがない、と。きっと、自分の息子は今後命を狙われるのではないかと恐れた」
「だから、お父さんに?」
「そうだ。どんなカラクリかは知らんが、ジンキの対策として最も信頼のできるヤマトへ護符を預けた。しかし……」
ジンキは彼女とヤマトの会話を全て聞いていた。ヤマトへ印を施す前に手を打とう動いた。そして、あの悲劇が起こる。遅れて駆けつけた闇影隊の眼前には、母親に喰らいつくイツキの姿があった。
「レイは自分の血を使って死に物狂いで印を施した。息絶える寸前で施し終え、……亡くなった。後日、レイを預けた封印術士が訪れた。ヤマトを連れて行き、戻って来た時にはあの状態だ。お前のことを少しも覚えていなかった。今思えば、あれも対策の一つだったのだろう」
「俺を忘れさせることがですか?」
イツキが強く拳を握る。
「時に、感情とは邪魔になるものだ。正しい判断を下せなくなり任務が失敗に終わる、なんて事はざらにある。もしヤマトに記憶があれば、お前を傷つける道を選ばなかっただろう。それに、お前にまだジンキが封印されていたら北闇は壊滅していたかもしれん。酷なことを言うが、封印術士の判断は正しかったと思う。お前はどうだ?」
言葉に詰まり、イツキは俯いた。しばらく沈黙した後、アキラではなく父親へこう聞いた。
「総司令官として封印術士の案を受け入れたの? それとも」
言い終える前に、ヤマトは力強くこう答えた。
「父親としてだ。お前を失うくらいなら、父さんの記憶なんてどうでもいい。イツキ、父さんはちゃんと分かっている。お母さんを殺したのはお前じゃない。過ごした時間はほんの僅かでも、お前を憎んだことも恨んだことも一度だってない。父さん自身も、これが最善の策だと思って案を受け入れた」
「どうして……」
「お前を守るためだ。お母さんが生きていたとしても、きっと同じ道を選んだはずだ」
床にぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
「よく耐え抜いてくれた。さすがレイの子だよ」
「っ、恨んでないかな?」
「まさか。死ぬ間際に、レイはこう言い残した。絶対に私に似るって。その通りだよ。お前は本当にレイにそっくりだ」
頭を力強く撫でて、ヤマトはゆっくりと立ち上がった。
「さて、迎えに行こう。王家の動きも気になる。もはやラオ様の思いだけではどうにもならないだろうからな」
「どこに行くの?」
「家族を迎えにだ。お前も来い。青島には許可を貰っている」
「だけどっ……」
締め切られた病室の扉を見つめる。
「ここにいても何も出来ないだろう? ゆっくりと話すためにも、今のうちにやるべき事をやるんだ」
「わかった」
イツキに背を向けてヤマトは目を伏せた。
彼は北闇の総司令官であり、イツキは精鋭部隊としての裏の顔もある。
(俺は……自分の息子に……)
自責の念に駆られているのはイツキだけではない。




