炎と最弱・1
早朝――。
朝霧が漂う草原。湿気の含んだそよ風で草が波を打つ。爺ちゃんはその中で鎮座していた。
「おはよう、爺ちゃん」
いつになったら俺の知っている爺ちゃんの姿に戻るのだろうか。なんて考えながら隣に腰を下ろす。
「おはよう、ナオト。では、早速話すとしよう。その前に……」
爺ちゃんが一点を見つめると、突然その場所が燃え始めた。言霊も唱えていないのになぜだ!?
「ど、どうやったの?」
「言霊を唱えるのは、念をこめ、技の失敗を防ぐために混血者によって考案されたものだ。彼らの言霊や自己暗示は、半獣化・半妖化している間でしか発動できん。自己暗示はかなりの体力を消耗するうえ、言霊の発動を失敗することも多々あった。これをなくすために念に言葉を与えた。それが言霊だ」
「つまり、走流野家の場合、集中力が途切れなければ唱える必要がないってこと?」
「集中力ではない。精神力だ。集中力を失ったとしても怒りや悲しみなど、言霊には他にも原動力になる感情がいくつか存在する。しかし、精神力を失うと、どの能力も効力は無力化する。よって……」
爺ちゃんが燃え盛る大地を指さす。
「お前が座るのはワシの隣ではなく、向こうだ」
「治癒能力を鍛えるのか?」
「いいや、吸収を学んでもらう。あの技は業火だ。炎を吸収してみせろ」
これは簡単だ。紫炎で体を覆い、業火の中に足を踏み入れる。紫炎は食いしん坊だ。俺が命令しなくても、勝手に……。
(あれ?)
吸収しない。っていうか、物凄く熱い!!
後ろへ飛んで炎から出ようとすると、業火が俺の足を掴んで強制的に座らせた。紫炎は少しも反応を見せず、ただ燃えているだけだ。
爺ちゃんが片頬をあげる。
「熱い……。そう感じただろう?」
「今も熱いんだけど!」
「慣れ親しんでるものが牙を向けたとき、精神力は瞬く間に崩れる。さあ、思考を張り巡らせろ。さもなくば、治癒能力が追いつかずに文字通り燃やされるぞ」
「そもそも、精神力ってどうやって鍛えるんだよ!」
「ぬっ? セメルは教えていないのか」
「あの時は、マヤや犬の双子が襲ってきて、それどころじゃなかったんだ!」
今後を心配した父さんが急遽決めたことで、与えられた時間も少なかった。
大まかなことを説明すると、業火から熱が引いていった。ただし、火は消えていない。こんなことも出来るなんて……。
「訓練とは、集中力を持って、覚えるまで鍛え上げること。鍛錬とは、訓練を受けた者が、精神力を持って心身と技能を鍛え上げることをいう。お前は任務を通して訓練の段階を終えている。今やっているのは鍛錬だ。では、鍛錬を行うに必要な物はなにか……」
爺ちゃんが胸に手をそえる。
「想い、だ」
「想い……?」
「その力で何を成し遂げたいのか。言霊を正義に使うのか、悪に使うのか。どの道を選ぶにしろ、根底には守りたい者、あるいは消し去りたい者、手に入れたい物がある。分かるだろう?」
「うん」
蛍の力はオウガ様のために悪用されたけど、蛍にとっては正義だ。父さんの力は家族を守るために、犠牲を払いながら父さんなりの正義を貫いた。みんな、そうだ。
俺の場合、ユズキを守りたいって想いから始まった。
「精神力って、その人を想いながらってことか」
「そうだ。守りたいという気持ちがお前を強くする」
「例えばだけど、壊したい、じゃダメなの?」
「やってみるがいい。だが、壊せばその先には何もないがな」
冷たい言い方に、自分の例えが適切でないことを思い知る。爺ちゃんは命懸けで動いていたんだ。聞くべきじゃなかった。
じわじわと熱が戻ってきた。
「さあ、再開しよう。お前が守りたい者を頭に浮かべながら業火を受け入れろ。自分の一部になれと、心で命じるのだ」
「話しはいつするの?」
「今からする。ワシの話しは、きっとこの鍛錬の手助けになるだろうからな」
言い終えて、指を鳴らす。すると、荒れ狂う獣みたいに業火が一気に燃え上がった。
「あつっ……いっ……」
「熱さなど無視して、ワシの声に集中しろ」
なんてスパルタだっ。いつもしわくちゃな笑みを浮かべていた爺ちゃんはどこに行ったんだ? なんて、俺の気持ちを他所に爺ちゃんは言葉を紡いだ。
「今から数百年前、昨日も話した通り、0の時代前に人間がこの地へ上陸した。彼らは皆、ガディアンという王国を追放された王族であった。王族は薄紫色の瞳を持ち、人にはない能力で戦う武闘派の一族だ。未来を恐れたガディアンは……白草家を追放した」
焼けただれては再生を繰り返す皮膚を眺めながら、疑問を抱く。
(走流野家じゃなくて、白草? イッセイの一族だ。なんであの人たちが?)
カンムの子孫だとされる俺たちじゃなく、だ。いったいどういう意味だろうか。
「ガディアンには2つの王族が暮らしていた。その1つが白草家だ。白草の一族は3人兄妹でまとめていた。王を務めていたのが長男であるカンム。この王国の初代皇帝となる男だ。弟の名はジンム。そして、妹の名はコウム。後に、ジンムは二代目皇帝、コウムは光影の国を築いた初代国帝となる」
業火の勢いが強くなったような気がした。まるで、爺ちゃんの想いに応えているみたいだ。話が進む度に火柱の背は高くなり、温度は高温になっていく。
どうしよう、堪えきれる自信がないっ。
「五角四神の猫、あやつが神を裏切ったのは、ジンムの代の頃であった。ジンムは共に追放された人間の女を娶り、新時代を切り開こうとしていた。2人の間に生まれた娘がオウスイとトアだ。娘たちは戦乱の時代に巻き込れることとなる。そして、0の時代で活躍した三代目皇帝・オウスイは、ジンムの死の直後に、母親によって王族を追放された」
「っ、みんなを守ったのに、なんでっ」
「猫は、薄紫色の瞳に宿る能力を利用し、人間をそそのかした。見ての通り、ワシは年老いていない。オウスイにも、ジンムにも、この能力があったのだ。年老いたのは妻だけ。妻は白草家を恐れるようになっていった」
またしても炎の勢いが強くなる。言霊が念なら、これは爺ちゃんの今の感情に影響されているってことだ。重くて、苦しくて、紫色なのに黒く見えるほどに禍々しい炎。
吸収しなくちゃいけないのに、こっちが飲み込まれそうだっ。
「オウスイは母親の気持ちに気づき、王族を取り戻そうとはしなかった。それよりも、腹にいる胎児を守ることに専念した。追放された仲間とひっそりと暮らし、そうして出産を迎える……」
爺ちゃんの目尻に涙が浮かんでいるように見えた。視線を下に落として、口元に微笑を浮かべている。
「生まれたのは……、ユズキだ」
「……え?」
「彼女はオウスイの愛娘であり、ジンムの孫にあたる。カンムとコウムにとっては、又甥となる子どもなのだ」
「王家は、そのことを知らないっ」
「そうだ。だからこそ、守らねばならない。この王国の玉座につくべきは、ワシやイッセイではなく、あの子なのだ」
「ってことは……」
ユズキは四代目皇帝ってことだ。
俺の心臓が高速で動き出す、血の巡りが活発になり、細胞ひとつひとつが警報の鐘を鳴らす。王家が俺を狙っている間がチャンスだと告げている。
爺ちゃんの話は、言霊の習得時に俺が当初抱いた気持ちを100パーセントで思い起こさせるものだった。
業火の吸収が始まる。




