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――混血者――

 大猿の横顔にしがみつくユズキを見て、赤坂班の混血者・三ツ葉ソウジは月夜の国でのことを思い起こしていた。







 壁の建設中、ヒロトに護衛されながら様子を見に来たツキヒメ。そんな彼女に毒を吐いた人物がいた。




「おい、護衛される身でありながら、こんな場所に来るんじゃない。邪魔だ、この愚か者」




 天野家は5本の指に入る金持ちだ。俗に言う貴族。身分もわきまえずに、しかも言葉を選ばずに物申したのは、青島班のユズキである。


 プライドの高いツキヒメは、顔を赤くしてわなわなと震えている。


 口にはしないが、正直なところ混血者の気持ちはユズキと同じであった。ただ、ご息女に対しても態度を変えないとは、と驚いている。


 


「なんなの、その言葉づかいは。まずは女らしさから学ぶことね」

「女らしさを心得ているのなら尚更だ。女を捨てて手伝う気がないなら、男の仕事現場に足を踏み入れるんじゃない。怪我をしても自己責任と言いたいところではあるが、お前は偉い地位にいる人間だろう? こちらの都合も考えろ」




 口が達者な彼女にツキヒメは簡単に言い負かされてしまった。そして、禁止ワードを口にした。




「あなたは確か青島隊長の部下だったわね。あの気味の悪い子といい、あなたといい、どうなってるのかしら。使えない隊員をかき集めでもしたのね。あの子は特に使えなさそうだわ」

「それはナオトの事を言っているのか?」

「他に誰がいるの?」




 二人がかりで担いでいた丸太をユズキが下に置くと、前で担いでいた混血者が尻もちをついた。「ユズキ、お前!」と怒鳴ってすぐ、口を硬く閉じてしまう。


 ツキヒメの前で仁王立ちになったユズキは、目を吊り上げたまま暴言を吐いた。




「あまり怒らせるな。僕は人間が嫌いなんだ。今ここで、お前の喉をかっ切ることだってできる」

「やってごらんなさい。あなた、殺されるわよ?」

「僕の命はどうだっていい。ナオトのためなら僕は簡単に北闇を敵に回す。いいか、これは本気だ。当主の娘だろうが、僕の友達を馬鹿にするのは許さん。今回は見逃すが、次はないぞ。わかったら出て行け」




 場が静まりかえった。喧嘩っ早いヒロトでさえユズキを見て固まっている。そして、我に返って、ここに居るのはマズイと判断したのだろう。ツキヒメの手を引きながら一目散に去って行った。


 ユズキは、背中で隠していた長くて太い鋭利な爪を引っ込めた。あれは脅しではない。それくらい本気だったのだ。







(走流野ナオト……)




 ソウジのナオトへの印象は、泣き虫で、いつもヒロトの背中に隠れていて、前髪の長い不気味な男の子。訓練校で同期になってからも、この印象が変わることはなかった。


 それがどうだろう。気づけば、誰よりも前戦で戦っている。そして、死にかけている。


 大猿が逃走し、入れ違いでハンターが現れても、彼の視線はナオトに注がれていた。最中、隊員の絶命する声に意識が引き戻される。




(数が多すぎる……。これだと全滅だ)




 生まれたての子鹿のような足つきでナオトが立ち上がった。ほんの僅かではあるが、瞳には戦意があるように見えた。しかし、心のどこかでは考えている事は同じらしい。皆、身体が逃げ道の方を向いているのだ。


 ソウジも頭ではわかっている。守らなければならない命がここにはある、と。しかし、彼には人間を守る価値があるのかわからないでいた。


 真っ先に死んだ役立たずの上官、意味のない作戦に従う使えない歩兵隊たち。囮にもならず、救援を求めに戻るわけでもなく、作戦を練るわけでもない。見捨ててしまいたい、そんな気持ちが芽生える。


 そこに、幸運にも上級歩兵隊の班が通りかかった。


 すぐさま助けを求めたのはナオトだ。セメルに叫び、そしてついに倒れる。




「ナオト!!」




 ハンターのど真ん中に立つソウジたちのもとに、何の迷いもなく来てくれたセメル。息子を抱きかかえながら混乱しているようだった。


 青島が側に寄った。




「セメル、頼めるか?」




 そう声をかけた途端に、セメルの目が据わる。




「全て凍らせる」

「――っ、全員離れろ!」




 これから何が起ころうとしているのだろうか。


 ヒロトにナオトを任せたセメルは、皆が後退したのを確認して言霊を唱えた。




「氷・棘千殺生(きょくせんせっしょう)!!」




 一面に分厚い氷の層が広がった。そこから複雑に絡みあった幾つもの棘が生え、容赦なくハンターを串刺しにし天に向かって突き上げた。棘の餌食にならずに済んだハンターもいたが、氷の層に閉じ込められている。あまりにも残酷な言霊にソウジの肌が粟立った。


 そして、思い出した。


 走流野セメル――、この人は訓練校で最も優秀な成績を残した卒業生にして、たった数ヶ月で上級歩兵隊に昇格した異例の闇影隊だ。王家が一目置いている人物である。




「明日も暑さのある天気なら、氷が溶けてここら一帯は水浸しになる。ハンターの駆除はこれで完了。だよね、ゲンイチロウ」

「あ、ああ。助かった」




 こうして、半数以下にまで減った闇影隊は北闇を目指して歩いた。ナオトは父親の背におぶられ、横にはユズキとイツキがついている。


 ナオトはすぐに入院となった。月夜の姉妹や、ナオトの家族、ユズキが見舞いにいったらしい。数日空けてソウジは1人で訪れた。


 ナオトは深い眠りについている。驚くことに、傷はもう癒えているではないか。混血者よりも治癒が早いだなんて――。




「貴様は何者だ……」




 噂は耳が腐るほどに囁かれていた。腹にいるはずのない胎児、それがナオト。本来なら生まれるのはヒロトだけだった。不幸はさらに続いた。母親と祖父の失踪だ。


 ヒロトから家庭の事情を知らされているソウジの眉間にシワが寄る。ナオトは特別だと、ヒロトはそう話していた。


 


「北闇の混血者を代表して、貴様に礼を言う。だが、次は手を借りずとも成し遂げてみせる。そして、貴様の秘密を暴いてやる」




 病室を出ると、帰り道でヒロトに会った。ナオトが入院しているため上の空でいる。




「また泊まりに来い。前みたいに2週間いてくれても構わんぞ」

「悪い、そうするわ」




 それから、ナオトが隊に復帰したのは今より数日後の事であった。

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