【逸話】ヘタロウの正体
なにもなかった草原地帯に現れた岩場。そこへキトは腰を下ろした。腕を組んで立つ、ナオトに似た男へ微笑を浮かべる。
「還・強化。イッセイにもある能力だ。細胞を活性化させ若返る、とんでもない能力ってところか。テンリが喉から手が出るほどに欲しているぞ」
「挨拶もなしにいきなり本題に入るとは、お前も変わってないな。八鬼衆の長、キト」
ヘタロウが片手を差し出すと、キトの冷たい手が握り返した。
「久しぶりだな。親父が生きていりゃあ、喜んだろうに」
「シュテンの酒に付き合っていた頃が懐かしい。鬼ノ島はどうなった?」
「アイツが管理している。問題ない」
「そうか。神霊湖に避難させて正解だったようだ」
「お陰様でな」
この2人、どうやら知り合いのようだ。
キトは奪還作戦のことを話し始めた。
「ユズキがこの世界に呼び戻されたとき、真っ先にお前を捜したんだが……。まさかあんな場所にいるとはな。貴様の復活は諦めかけていたところだった。鍵を孫にするなど、王家が見落とすのも当然だ」
「孫、か……」
俯きがちにヘタロウが苦笑する。
「妙な気持ちだ。ナオトはワシの孫ではなく、又甥だろう?」
「今じゃ孫だ。強化といい、紫炎といい、本当に王家の血には驚かされる。んで、ナオトにはどこまで話すつもりなのだ?」
「ジンムに関する事の全てだ。これ以上は隠し通せない」
「だろうな。オウガが精神の崩しにかかっている。ジンムの写真を見せたのなら、それは正しい決断だ。ユズキに黙っていることも含めてな」
「お前が現れたからだ。どうせ、警告しに来たんだろう?」
「当然だ」
狩人のような鋭い眼光がヘタロウに向けられる。
「桜色のモジャモジャや威支には、真実を明るみにした上で釘を刺している。一言でも漏らせばユズキを殺すってな」
「それでは、彼らはもう知っているのか」
「ああ。これから先、目を見張らせる必要はない。あいつらもそう易々と殺されやしないだろう。どの先代よりも気を引き締めている」
「助かる」
「まったく、何が助かる、だ。こっちは勘づかれるんじゃないかと肝を冷やしながら過ごしていたんだぞ?」
「気づく者などいるものか。お前は嘘の天才だ」
「人聞きの悪い……。だが、いるんだ。ユズキがな」
空を仰げば、いつの間にか無数の星が散りばめられていた。眺めながら、キトの脳裏に彼女との出会いが過ぎる。
「あの頃から、気が遠くなるような長い時間を共に過ごしてきた。俺はもう引き返せないところまできている」
「……惚れたのか?」
「ずっと昔からだ。なぜだろうな。あんな小娘、いつだって見捨てられたのに、俺は傍に居続けた」
「本当にお前は気持ちが良いくらいに自分勝手な男だ。彼女をこの世界から奪った元凶はお前だろう?」
「俺以外に誰がいる。あの時から、あいつはすでに俺の物だ」
言いながら、キトは哀愁のある笑みを空に捧げた。
「なにを考えている」
「……実はな、神霊湖の奴以外にも生き残りがいる。シガン、名前くらいは知っているだろう?」
「ああ、あの泣き虫小僧か」
「仲間を喰ったせいで今じゃとんでもない化け物だ。おかげで八鬼衆は俺を含めて3人しかいない」
「――っ、なんて恐ろしいことを……」
「シガンは必ず俺の命を狙いにくる。もちろん、俺にとっては虫も同然の奴だ。だがな、俺は手を出せない」
「なぜだ?」
「ユズキがいるからだ」
キトの考えを察したヘタロウが眉を寄せる。
「お前、まさかっ……。彼女の怒りを原動力にするつもりか!?」
「あいつは言った。この世界は自分の物だ、と。手に入れさせる」
「しかしだなっ」
「なに、平気さ。そのために、俺はナオトを守ったのだからな。あいつにはナオトが必要だ。そして、もう1人……。早めにトウヤが発見出来ればいいが」
ヘタロウは口を固く閉じた。キトは身勝手で好きに生きる生き物だ。自分が何を言ったところで決心は揺るがないと分かっている。
「そろそろ本題に入ろう。ラヅキがあいつを呼び戻した理由についてだが、説明する必要はなさそうだな」
「本人から聞かされている。それまで王家の目を逸らすのがワシの役目だった。ラヅキはすでに力を取り戻しつつある」
「……いいのか?」
「この世界は彼らの物だ。ワシは従うまでよ」
キトが腹を抱えて笑う。そして、ナオトに聞こえないように、声を落としてから言葉を返した。
「ずいぶんと丸くなったものだ。あの頃の覇気が消え失せている」
「見た目が若いだけで、心はもう老人よ。孫を待たせている。ワシはもう行くぞ」
踵を返したヘタロウ。懐かしい後ろ姿に、キトは思わずこう呼んだ。
「待て、〝カンム〟」
「…………」
「ジンムの生まれ変わりがどこかにいるはずだ。それと、ガディアンが首を突っ込んでいるぞ」
「わかっている。これまで苦労をかけた。……後は、ワシが引き継ごう」
「頼んだぞ」
キトが消え、ヘタロウが穴を見下ろす。ナオトは深い眠りについていた。目を閉じて、それから空を仰ぎ見る。
(セメルよ、そこで待っておれ。いつの日か失った時間を取り戻そうぞ)
そうして、ナオトの横で目覚めを待つのだった。




