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ヘタロウと最弱・1

 神霊湖の近国、光影。当主・白草イッセイの案内で、彼の城へ招かれた。


 何一つ解明されていないという神霊湖に足を踏み入れる。そんな期待を胸に抱いていた俺とイオリはあからさまに落ち込んでいた。


 にしても――。




「不気味な国だよなぁ。外には人っ子一人出歩いていないし、窓からあんなジロジロ見られるだなんてよ」

「なんだか操り人形みたいだったな」




 そう、この光影の国、何かが変なんだ。異常に焚かれるボウキャク草もそうだけど、生気がまるで感じられない人々が住んでいる。


 イッセイは、原因不明だと話していた。




「ユズキとヒスイがここに来た時なんて、全員が川の字で寝てたんだろ? おっかねえ」

「なにか理由があるんじゃない? だってさ……」




 当主なのに、国民によって封じ込められていたんだ。それも、何十年もの間だ。同じ年月だけ国民は黙秘している。ボウキャク草じゃないなら、いったい誰がこんなことをしたんだろう。


 と、そこへ青島隊長とトウヤ、イッセイとユズキが入ってきた。青島隊長の腕の中にはミイラのような人間が抱かれている。


 死にかけているって聞いてはいたけど……。




「そ、それ、爺ちゃんですか?」

「ああ……。間違いなくヘタロウさんだ」




 想像を絶する姿に俺は言葉を失った。


 浅い呼吸を繰り返して僅かに動く腹。骨の浮き出る手足。今にも脱げそうな服。布団の上に寝かされるときも、青島隊長は慎重に時間を掛けてゆっくりと横にした。


 ユズキが、「元気だ」と嘘をついた理由を心身で受け止める。


 触れようとした手を握りしめる。人が人にこんな惨い仕打ちをできるなんて……。改めて王家の恐ろしさを突きつけられる。


 イッセイが「2人きりにしてあげよう」と言って、先に部屋を出た。その後を青島隊長とユズキとトウヤが追い、イオリが残る。




「ごめん、俺もここにいたい」




 瞳は爺ちゃんを凝視している。


 イオリの手が爺ちゃんに触れると、イオリは強く目を閉じた。独り言のように「冷たい」と呟き、そして、




「初めまして、豆乃イオリっす。どうしてもヘタロウさんに伝えたい事があってここに残りました」




 目を開く。




「あのっ」




 部屋中に「ごんっ!」と音が響く。イオリが額を畳に打ちつけたのだ。爺ちゃんに土下座して、大きな声で喋り始めた。




「本当にすいませんでしたあっ!! ナオトとは仲直りしたんすけど、俺っ、訓練校時代にめっちゃ文句言って、みんなと一緒にナオトを追い込んだすわ!! そのせいでこいつ、言霊を滅茶苦茶に使うし、危険なところにも飛び込んでいくしでっ……。染みこんじまった孤独が、行動に現れるくらいに1人で突っ走っちまって……」




 イオリは詳しく爺ちゃんに話した。


 月夜でのこと、大猿との戦い、上級試験、神霊湖での襲撃、巨犬との戦い、月夜の襲撃――。どれも、俺が1人で行動することがあったと告げる。


 無意識だった。




「俺は追いかけてばっかでした。仲間だし、1人にはできねぇって、そう思って……。でも、追いつけた! これがおかしいんっす! 俺みたいな半端もんが追いつけるなんて、本来ならあっちゃいけねぇことなんすよ!」




 勢いよく顔を上げる。




「目を覚まして下さい! こいつの能力は、ヘタロウさんがいないと、これ以上の開花はしないです! 俺や青島隊長じゃ無理なんすわ! お願いっす、戻って来て下さいっ……」

「イオリ……」




 なんだよ、こっちまで泣きそうになるじゃんか。そんなことまで考えてくれていたなんてさ。気づかないよ。




「ありがとう。爺ちゃんの家に泊まりに来た日から色々巻き込んでしまったけど、イオリが青島班で良かった」

「んだよ、今さら。俺が選んだ道だっつーの。格好いいだろうが」

「うん、ほんとそうだね。イオリは格好いいよ」




 俺なんて、触れただけでも折れてしまいそうな爺ちゃんに怯えているんだ。


 俺の肩をポンポンと叩いてイオリが立ち上がる。




「じゃ、外で待ってっから。ゆっくり話せよ」

「……うん」




 イオリが退室して、おもむろに息を吐き出す。


 聞きたいことはたくさんあったはずなのにな。


 シュエンとの戦いの後、入院中にタモン様が教えてくれた爺ちゃんの謎。あの日から事が起こる度に「ヘタロウがいないと」って未解決のまま後回しにしてきた。


 あんなに答えを求めていたのに、今のこの人に尋ねることができるだろうか。――いや、無理だ。




(暗い地下を生き抜いてくれたから会えたんだ。もう、十分だ)




 これ以上、悲しませたくない。重荷を背負わせたくない。




「……爺ちゃん、父さんと何があったのかわからないけど、俺たちを守ってくれてありがとう。俺さ、すっごい泣き虫だったじゃん。今思うと恥ずかしいけど、多分、構ってもらいたい気持ちもあったんだと思う。だけど、俺も男になったから、プライドが勝っちゃってあまり泣けなくなった」




 爺ちゃんの姿がボヤけて見える。ダメだ、笑え。馬鹿になれ。強がってみせろ。




「青島班の仲間が良い奴ばっかで、こっちが赤面しそうなことも言われたりして、でもそのおかげで笑っていられる」




 ダイチやウイヒメが死んだ時も、……父さんが死んだ時も。




「……俺、笑えてるかなあ?」




 頬に暖かいものが流れる。




「また、家族を喪うのかなあ?」




 乾いた笑い声が漏れる。




「いっぱい嫉妬していっぱい憎んだけど、俺、家族が大好きだよ。いつか俺が向こう側へ行ったら、その時はたくさん話しを聞かせてく」「ちょっと待ったあ!!」




 物凄い勢いでイオリが転がり込んできた。




「ナオト、まだ終わりじゃねえ!! 俺たちは肝心なことを忘れている!!」

「な、なに?」

「ヘタロウさんの置き手紙! 壁にあったろ!?」




 ナオト、これを発見できたなら私を解放してくれ――。確かにそう書かれてあったけど、




「ユズキたちが救出してくれたろ?」

「俺もそういう意味だと思ってたけど、わざわざ王家側についた振りをしていたのに、自分を助けに来いって言うか? 俺だったら絶対に言わねえ」

「じゃあ、あれは何を意味するんだ?」

「覚えってか? 部屋中に地図が浮き出たのは、ナオトが触れてからだった。化学反応みてぇに光ったろ? さっき、ナオトが爺ちゃんの家に来てくれた日からって言ってくれたから思い出したくれぇのもんだけど、試す価値はある」

「…………――っ!?」




 首がもげる勢いで爺ちゃんに向く。いや、まさかな。そんなことが……。


 震える手が爺ちゃんに伸びる。




(解放するってのが、炎の能力者同士による共鳴みたいな手段を指しているなら――)




 冷たい身体に指先が触れると、体の温度が一気に上昇するのを感じた。臓器が煮えくりかえりそうなくらい熱くて、思わず手を引っ込める。――あれ、離れっ、離れないんだけどっ!?


 続いて、部屋中を紫炎が飛び交い、ツボや掛け軸などあらゆる物を燃やし始めた。




(奪われているっ!!)




 手首を掴んで後ろへ体重をかける。だけど、強力な磁石みたいに引っ付いていて、その間もずっと何かが奪われているのを感じた。




「大丈夫か!?」

「分からないけど、すごい力だ!!」

「――っ、ナオト、これっ……」




 爺ちゃんの体に肉がつき始める。浮き出ていた骨が消え、浅い呼吸が深くなり、真っ黒の髪の毛が生え、そして。




「うわっ!?」




 指が離れた。尻をつき、全身で呼吸を繰り返しながら爺ちゃんを凝視する。そこへ、青島隊長たちが駆け込んできた。




「ナオトよ、無事か!?」




 俺が青島隊長に振り向くことはなかった。




「この人……誰ですか……?」




 どうして俺に似た青年が布団で横になっているのだろうか。

 ブクマと評価、ありがとうございます!


 生魚にあたってしまい、昨日は更新できませんでした……。

 皆さんもお気をつけて!

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