【逸話】帰還
【執務室】
ジコクの帰還にタモンは深く頭を下げた。その時間は、人が一礼するよりも長い。タモンがどれだけ敬意を示しているかが伝わるほどに、両足に添えられた手と真っ直ぐに曲げられた背中。ジコクの背筋も自ずと伸びる。
「兎愛隊はまだ生きているのか?」
「はい。メンバーはだいぶ変わりましたが。救援に駆けつけた海賊や、青島班もその一員です」
ジコクが大口を開いて笑う。
「がははは! 海賊も仲間か! 実に愉快じゃないか!」
「彼らは15年前の地震で海へ放り出された東昇の者たちです。貴方が生きておられるならと力を貸してくれました」
「……そうだったか」
扉が開く。青島が椅子を用意し、ジコクが座ってからタモンもいつもの定位置に腰を下ろした。
「走流野ナオトについて聞きたいこともあるが、まずはお前の話から始めようかねぇ」
ジコクは、リュウジンとの出会いや、そこから調査した内容など、全部を横に置いてタモンに関する話を切り出した。
元蒼帝ともあろう男が順序を無視して優先する内容だ。テンリの言葉もあって、緊張が走る。
「トアの伝説は覚えているか?」
「はい。鬼の化け物だったと聞いております」
「……事実だった」
「――っ、何を見たのですか?」
ジコクは記憶を掘り起こしながら返した。
「人々の情報を頼りに棺を発見した後、白骨化した遺体を見て驚いた。一体は人骨と何ら変わりない姿をしていた。だが、もう一体には明らかに違う点があった」
額の骨が二箇所、隆起していたのだ。ジコクの脳裏にタモンの姿がよぎった。
「お前が見た過去の記憶、あれは確かトア目線のものだったな」
「ええ、途切れてはいましたが、トアと呼ばれたので間違いないかと。しかし、俺が見えたのは靄のかかった映像です。確かな証拠にはなりません」
「だが、状況は変わった」
ジコクの視線がタモンの額に向けられる。
「塊叫団の奴隷の中にサスケという男がいてねぇ。そいつは、オウスイの骨の粉末を使った実験の被験者だ。適応し、走流野家と同じ力を得た。このことから考察するに、おそらくお前も……」
「トアの骨から……ということですか?」
「ああ。実際に、サスケはオウスイの目線での過去を見ているらしいからねぇ」
ここで、タモンはしばらく沈黙した。だとしたら、テンリはどうやって誕生したのかと考えたのだ。弟だと名乗りでたのは嘘だったのだろうか。
上級試験のことを話すと、ジコクは眉を寄せた。
「ただ同時期に誕生した、というだけじゃないかねぇ? 王家が行った実験は一度や二度じゃないはずだ。重度の組織を保管していたのだから、十分にあり得る話しだ」
「トアではなく、重度の物を?」
「お前が先に誕生したのだ。もうトアの組織で実験する必要はない。増えすぎた鬼は束となり王に食らいつくだろうからねぇ。なにはともあれ、テンリはお前を兄だと思っている。悲しいねぇ……」
「どうしてですか?」
「彼の安定剤がお前であることがだ。おそらく、全く違う実験から誕生したと知っているはずだからねぇ。それでもお前を頼ったのかと思うと、やるせないねぇ」
「…………体を休めて下さい。話しはまたそれからにしましょう」
「そうさせてもらうよ。……タモン、あまり思い悩むな。オウガ様が独断でやられたことだ。お前は何も悪くない」
「ありがとうございます」
こうして、ジコクの帰還により、謎のままだったタモンの出生が紐解かれたのだった。
❖
その頃、ナオトはというと。
自宅の居間にてユズキに手の平を合わせて謝っていた。
「本当にごめん。ライマルのこと確かめられなかった」
「急に頼んだのは僕だ。謝る必要はない」
いつものユズキに胸を撫で下ろす。なにせ、彼女が怒るととてつもなく怖い。言葉でねじ伏せられる恐怖を回避したナオトは、ゆっくりと腰を下ろした。
それから、塊叫団のアジトでのことを事細かに説明する。ユズキは唖然としていた。
「日本だと……? あり得ない。僕たちが生きていた時代にそんな技術はなかった」
「やっぱそうだよな。あいつらはなんだったんだろう」
「一番の問題はお前の記憶を奪われたことだ」
「一応、部屋はぶっ壊してきたぞ」
「日本の技術でできた内部なら、メモリがあったはずだ。機械を壊したところで意味はない。奴らはそれを何処に持っていったのか……。運良く海水で破損していればいいが……」
「まさか、逃げちゃうんだもんなぁ」
「ビゼンの船よりも重装備だったんだ。仕方ない」
こんな状況だというのに、ナオトは畳に寝転がった。ナオトにとっても、今回起きた出来事はどれも頭に引っ掛かるものではあるが、最も気になっているのは――。
「サスケって奴がさ、オウスイの時代に俺がいたっていうんだ。どでかい雷に打たれた挙げ句、想像を絶する生還をしたとかなんとか話してて……。出生のことを言っているのなら正解だけど、雷は全く身に覚えがなくてさ」
「昔の話しなら、ラヅキやトウヤに聞けば何かわかるかもしれない。確かめてみよう」
「頼んだ」
「……お前も来るんだ」
「え、なんで?」
「そろそろヘタロウに会わせるべきだと思ってな」
ユズキの耳にヨウヒの声が聞こえてくる。自分の力を持ってしてもヘタロウの回復が間に合っていない。このままだと、死ぬかもしれない。そう告げられたのは、ナオト達が出発した後のことだった。
勢いよく上体を起こすナオト。しかし、ユズキの表情を見て結果を悟る。
「やっぱダメだったんだな」
「すまない」
「やったのは王家だろ? なんでユズキが謝るんだよ」
「救いたかったんだ……」
ナオトの目頭が熱くなる。強く下唇を噛み締めて、それからユズキへ言葉を返した。
「救われたじゃん。王家の地下から出られたんだ。あんな場所で死を迎えるよりは全然良い」
「とにかく、明日の朝出発する。タモンには許可を貰っているから、正門で青島やイオリと合流した後、神霊湖まで来てくれ」
「わかった」
ユズキを玄関先で見送って、ドアを閉めると、ナオトは再び居間へと戻って来た。そして、
「――っ、クソォッ!!」
膝を折り、畳に拳を落とす。
「今度は爺ちゃんかよっ……」
この次は誰だ? ヒロトか、安否の不明な母親か。本当に名ばかりの上級歩兵隊だと自分を罵倒する。と、そこへツキヒメが訪れた。ナオトの様子に驚いている。
「タ、タイミングが悪かったみたいね。出直すわ」
彼女の手には重箱が抱かれている。夕ご飯を持ってきたようだ。
テーブルの上にソッと置いて部屋を出ると、ナオトが彼女を引き留めた。俯いたまま服の端を握っている。
「ななななにっ!?」
「帰らないで……」
「どうしたのよ」
「お願いだから、今は独りにしないでくれ」
「……うん。一緒にいるわ」
こうして、朝を迎える。ナオトの隣では寝息をたてながら眠るツキヒメの姿がある。
(俺……いつの間に……)
ツキヒメの長いまつげを眺めたあと、用意をすませて、置き手紙を書く。そうして、ナオトは正門へ走ったのだった。
ヘタロウとの再会まで入らなかった……。
次回に持ち越します!
次回からは青年期編・5がスタート!!
ヘタロウとの再会から始まり、またまたドンパチします!




