王家VS最弱・3
北闇と王家の間を見えない壁が隔てる。
あれから数ヶ月後。言うまでもなく王家との関係が悪化した北闇だが、特に何かされるわけでもなく平和な時間を過ごしていた。
変わったことと言えば、北闇に冬が訪れたこと。15年もの間、冬を失った北闇の大人たちは、降り始めた雪を手の平に感じながら歓喜していた。
「さっぶー!!」
(そっか。イオリは冬が初めてなんだ)
懐かしい――。そう感じる俺の横で、ガチガチに震えるイオリ。口から吐き出される白い息を見ては大喜びしている。
「よっしゃ、いっちょ乗り込むとしますか。出発っすよね、青島隊長」
「ああ、向こうからの呼び出しだ。堂々と対談してやろうじゃないか」
実は、混血者の分離をしなかったのは北闇だけじゃない。噂好きな国民のおかげで他国にも動きがあったらしい。それともう一つ、タモン様の影響力が強かった。タモン様がしないのであれば、我が国もしません! ってな感じで、どの国も分離しなかったのだ。
王家の目論みを阻止したおかげで、最も安堵していたのは人間の闇影隊だ。助かったと、何度お礼を言われただろう。
とまあ、5日後。馬鹿でかい城を仰ぎ見ながら、ついにオウガ様と対面する日がやって来たわけだ。
言いたいことを全部ぶちまけて、二度と関わらないで下さいって頼むつもりだったんだけど……。
(やば、これはキツいわ)
かなり警戒されているようで、玉座の間にはたくさんの精鋭部隊がいて、その中心でオウガ様は鎮座している。
元気が取り柄のイオリですら脂汗をかくくらいだ。堂々としているのは青島隊長だけ。俺とイオリはすっかり気迫負けしている。
だけど、負けるわけにはいかない。
「……オウガ様、もうお互い隠し合うのはやめて、ちゃんと話し合いたいです。俺たちを狙うのは、走流野家が初代皇帝・カンムの直系だからですか?」
「カンムなど取るに足らん存在だ。注目すべきは弟のジンム。奴の子孫と決まっている」
やっぱりこの人はなんでも知っている。水面下で慎重に事を進めてきたんだ。だけど、やりすぎだ。
「じゃあ、どうして爺ちゃんを?」
「初代……。つまり、何百年も遙か昔まで正確に血筋を辿るのは不可能だ。ならば、可能性のある者を始末するまでよのう」
オウガ様が立ち上がると、精鋭部隊が一斉に散った。そして、
「そのために呼び出したのだ。調子にのりおって。覚悟せい」
「――っ!?」
話し合いじゃすまないらしい。
床にはトラップがあったようで、穴の中に青島隊長とイオリが落っこちてしまった。
(だよな。ここは玉座の間だ。王を守るためにトラップがあってもおかしくはない)
っていうか、この人……。こんなに大きかったっけ?
オウガ様を間近で見たのは執務室が初めてだった。身長はそこそこで、金の甲冑に身を包まれた物腰の柔らかそうなお年寄りってイメージだったけど、明らかに成長してる。
……いや、あり得ない! 年取って身長が伸びるだなんて聞いたことないぞ!
2メートル近くある身長で、肩幅はイザナくらいか。甲冑が今にも弾け飛びそうだ。タモン様やテンリを作り出し、人体実験でイオリを混血者に変えただけでなく、この人自身も自分の体をイジったんだ。
「初の成功者は、オウガ様、あなたなんですね」
「ご名答。ヘタロウに手を焼くと思いきや、まさかその孫が邪魔をしてくれるとは予想外よのう。タモンを北闇にやったのはわしのミスだろう。子どもごときに感化されおって」
オウガ様が手の平同士を強く叩く。玉座の間に「パンッ!」と音が響き渡った直後、甲冑が溶け出した。
「行くぞ。……装!!」
物凄い風がオウガ様を中心に吹き荒れる。金の甲冑はオウガ様の全身を包み込み、瞬く間に黄金色の姿をした鬼になった。
その瞬間、俺は悟った。
(勝てない……)
なんだ、この生き物は。
威圧感、殺気、迫力、眼光――。全てにおいて全種の生き物を越えている。
立ち尽くす俺にオウガ様は容赦なく攻撃を仕掛けてきた。
「獄道森王爆!!」
息つく暇もない。あっという間に一帯を黄色い霧が覆い尽くす。霧は木を形成し、その中に俺を閉じ込めた。
だが、
(見えるっ!)
オウガ様は玉座の位置から動いていない。木々の隙間を最小限の動きで完璧に避けて通り、
「炎・衝撃砲!!」
紫炎をもって反撃に転じた。
「……届かぬ」
オウガ様と俺を隔てるように、巨樹が衝撃砲を身に受ける。
黄色い木なんて見たことも聞いたこともない。まるで異界に彷徨い込んだ気分だ。
(とりあえず、この霧をどうにかしなきゃ……)
言霊を解くにはまず、オウガ様の精神を乱す必要がある。
連弾包火球で行く道を邪魔する木々を片っ端から吹き飛ばし、徐々に距離を詰めていく。巨樹の幹に衝撃砲で大きな穴を開けると、腕を組みながら立つオウガ様を捉えた。
穴が閉じる前に自己暗示で一気に加速する。
「おらあああっ!!」
轟音で燃える紫炎。自己暗示で硬化された拳。綺麗にオウガ様の眉間を……通過する。
「なっ!?」
「ひよっこが」
パシッと腕を掴まれて巨樹の中へ投げ込まれる。
通過したんじゃない。避けられたんだ!! 俺が見ていたのは残像だっ。
「シンオウの能力、とくと味わえ」
小さな破裂音が鳴ると、音と同時に俺の皮膚が焼け始めた。骨にまで伝わる熱。ヒヤリとしたものが背筋を這う。
……切断される。なんなんだ、この能力は。
(霧が染みこんでるのか!?)
治癒能力が懸命に修復するも、巨樹にはそれに勝るほどの霧で形成されている。
これを破るにはどうすればいい!?
生き地獄とはまさにこのこと。俺は今、体内で切断される激痛を味わっている。治療されては切断され、また治療されては切断されて……。これの繰り返しだ。
タイミングを見計らい、腕の骨がくっついた瞬間に全身を紫炎で覆った。
視界の向こうで、オウガ様が次の技を繰り出す。
「獄道光王刃!!」
釣り針でいう〝かえし〟。それを無数に従えた光の刃が巨樹を切り倒す。
(あっぶねえ!!)
咄嗟に姿勢を低くしたおかげで首を取られずに済んだ。
ちょっと待てよ。この技……
「どうしてオウガ様がキトの能力を!?」
「ほお、あやつに会ったか」
獄道光王刃――。これは、威支のアジトに行った帰りにテンリに襲撃された俺たちを、キトが救ってくれたさいに発動した技だ。
キトはオウガ様みたいにガタイが良いわけでもないし、どちらかというと中肉中背だ。身長は同じくらいだけど、あんなに神々しくない。むしろ、赤が目立つま禍々しい生き物だ。
見た目に圧倒されてせいで、光王刃の威力はこれ以上に感じたけど……。
(同じだ……)
恐らく、この人に勝てるのはキトしかいない。
「そもそも、走流野家の全員に目をつけていたわけではない。王家が始末するべきだと判断したのは、貴様とヘタロウのみ。これまでに、わしらがセメルとヒロトに手を出したことがあったか?」
言われてみれば……。
ヒロトを誘拐したのはトウヤであって、王家の指示で動いていたわけじゃない。父さんを殺したのも王家ではなくテンリだ。この言い方だと、テンリがオウガ様の指示で殺害したわけではないことがわかる。
「なんで、俺なんですか?」
「言っただろう。王家が注目しているのはジンムの子孫だと。カンムとジンムは兄弟揃って炎に愛された。しかし、中でも強力な力を得ていたのは弟の方だった。薄紫色の瞳に黒い髪、炎の性質……。お主やヘタロウと似ている」
能力を解き、オウガ様は一枚の写真を俺の足もとへ滑らせた。
かなり古い写真だ。
「……――っ、この人は……」
「こやつがジンム。オウスイとトアの父親だ」
俺はいったい何を見せられたのだろうか。何を知った?
動揺を他所に、再び森王爆が展開された。




