第10話・テンリ、王家を裏切る
戦う場としてテンリが選んだのは、ナオトとツキヒメにとって思い出がたくさん詰まっている国だった。月夜だ。
あれから3年。伸びた雑草や動物に荒らされた畑、賊が侵入した形跡を残す亡国と化した我が国に、ツキヒメは唇を噛み締めた。それも一瞬のことで、いつもの彼女らしいキツい目つきでナオトに向く。
「ここなら好きなだけ暴れられるわよ。タモン様と私しかいないのだから、遠慮は無用。全力で叩きのめして!!」
悲壮な決意を感じさせるものに、ナオトの心にも火がつく。治癒能力は瞬く間に彼を完治させた。
テンリは不思議そうにナオトを見ていた。
(ウイヒメが死に、母親は行方不明のまま……。こいつに安定剤はないはずだ)
内通者は何かを見落としている。いつの間にか己の物としている紫炎にそう確信する。
実はナオト、第二試験であることに気がついたのだ。それは、地下の湖でグリードを始末していた時のこと。苔が水色に発光する幻想的な湖で、グリードさえいなければ絶好の観光スポットになるのに――、と頭のどこかで考えていた彼。ふと、誰と行きたいのか、誰に見せたいのかと思い至った。
浮かんだのは、母親ではなくツキヒメだった。その時、真っ赤に燃えていた両手が紫色に変わったのだ。母親に代わる人物を発見したことで、紫炎は彼の思いに応えた。
タモンと共にテンリを板挟みにしながら、ナオトは紫炎に声をかけた。
「頼むから、途中で消えたりしないでくれよ」
すると、炎が左右に蠢いたではないか。まるで生き物のようだが、ただの炎だ。ただし、意思疎通のできる炎、ということになるが。
テンリの意識がナオトに集中したところで、ツキヒメが声を大にする。
「この愚民、私の声が聞こえていないの!? 妹を見殺しにした罪を今ここで償いなさい!!」
「……了解です」
お互いに考えていることは同じだ。テンリはナオトの大切な物を奪う。ならば、2人の間には過去の壁があると思わせなければいけない。
しかし、テンリの目的はナオトではない。
「お前との決戦の舞台は用意してある。申し訳ないが、先に身内との問題を片付けさせてくれ」
そう言って、ツキヒメをナオトに放り投げた。慌てて紫炎を解き彼女を受け止める。
タモンの眉間にシワが寄る。
「身内だと?」
「そうだよ。……兄さん」
「馬鹿を言うな。デタラメにもほどがあるぞ」
テンリの肩が上下に揺れる。
「あはは……、あーっははははは!!」
フードに手をかけて顔をタモンへ見せた。
「これでもか?」
「――っ!?」
赤い髪と、額にある黒点。一見、タモンと似たような容姿だ。ただし、黒点は隆起していない。明らかに自分で塗ったものだ。けれど、顔にはタモンの面影が確かにある。
「父さんのせいで、俺たちは離ればなれにされてしまった。それどころか、兄さんは記憶までイジられている。俺を覚えていないのは仕方のないことさ。あー……、寂しかったよ、兄さん。ずっと我慢してきたけど、もう限界だった」
ゆっくりとタモンへ歩み寄る。
「父さんはね、兄さんに夢中なんだ。もう色々と気づいているかもしれないけど、兄さんだけは救うつもりでいるんだよ。跡継ぎとして視野に入れているほどだ。もちろん、俺だって父さんの手足となり多くの結果を残してきた。だけど……」
目の前に立つと、眉を下げて肩をすくめる。
「欲しいのは結果だけで、俺ではないんだ。鬼の化身ではなく、討伐対象である妖の血に犯された俺が愛されることはなかった。兄さんのせいでいつも蚊帳の外ってわけだ」
「ならば、なぜ俺ではなく、走流野家や土地神に手を出した」
「邪魔だからだよ」
「答えになっていない」
「ちゃんと答えたつもりだ。ただ、兄さんに情報が足りていないってだけさ。もっと血眼になって探さなければ、間に合わなくなるぞ。タイムリミットは迫っている」
「何の話しだ……」
「戦争、だよ」
と、その時、蛍が現れた。テンリの首にかぎ爪をあてがい、喉を裂こうとする。一見、タモンを守っているようにも見えるが――。
「なにをする!?」
「タモン様の邪魔はさせない」
ナオトが阻止した。目には怒りがこもっている。
「王家は信用できない……」
「……このクソガキが」
再び紫炎を発動させたナオト。宙を舞う蛍に衝撃砲を放った。華麗に避け、手薄となっているツキヒメに攻撃を仕掛ける。だが、ナオトの動きは速い。
「走流野ナオト、王家への反逆罪により、この場で死刑を執行する」
「どのみち殺すつもりだったくせに」
ツキヒメを庇いながら、ナオトの戦いが始まった。
喉を掻きながら、テンリは言葉を紡いだ。
「走流野ヘタロウ、桜色の毛をした化け物、赤い目をした鬼、そして黒い狼に尋ねてみるといい。この4体は王家が隠蔽してきた歴史の鍵を握っている。あとはそうだな……。東昇の全蒼帝を見つけ出せ。そろそろ、奴は手掛かりを得るころだ」
「墓を探しているとは聞いている」
「その通り。墓を暴いたとき、奴が知るのは世界の歴史ではない。……兄さんについてだ」
至近距離だというのに、どうしてテンリは仕掛けてこないのだろか。タモンの警戒心が強まっていく。テンリは相手の技を奪う能力をもっているのだ。タモンはタイミングを伺っていた。
「大丈夫だよ、兄さん。そもそも、そこまで知っていながら、なぜ俺が全蒼帝を生かしたままにしているのか……。兄さんに知ってほしいからだ。そして、王家が戦争を盾に実行しようとしている作戦を成功させたいからだ」
「意味がわからん。それでお前はなにがしたい」
「歴史を得た人々は、王家が仕掛けた戦争に乗っかるしか道はなくなる。神はまた悲しみに怒るだろう。初代皇帝と交わした約束が果たされなかったと知り、この世界は崩壊の一途を辿る。だが、それを阻止するのは俺だ」
タモンに似た顔がにたりと笑う。
「人々は俺を神だと称え、俺に従うようになる。そのために土地神を封じ込めたのだからな」
「子どもごと殺すつもりだったのか?」
「まさか、そんな勿体ないことをするものか。……食ってこそ意味がある。土地神の力を得ることができれば、神は俺を攻撃しない。神は、仲間を喪う恐怖を忘れてなどいないからだ。この役目は俺が担う。父さんには譲らない」
このシナリオこそが、オウガが実行しようとしている作戦。そう知ったタモンは、父親の目論みに吐き気を覚えずにはいられなかった。
「んで、走流野家に関しての答えはもらっていないが」
「それは兄さんが自分で調べるんだ。ただし、答えを知れば、兄さんも王家の戦争に巻き込まれることになる。なんのためにヘタロウが口を閉じていたのか、そして王家がヘタロウを幽閉したのか、よく考えて行動することだ」
「思ってもいない忠告をよくできたものだな」
「どうしてそう思う」
「わざわざあの死に損ないの老いぼれを裏切ってまで伝えに来たのは、俺に王家と戦ってほしいからだろう」
「だとして、答えは?」
「自分の手の内を明かすほど俺は落ちぶれちゃいない……が、これだけは伝えておく。走流野家に手を出すのならば、どんな手を使ってでも俺は貴様を始末する」
テンリが視線を落とすと、彼の姿が透け始めた。
「残念だよ、兄さん」
「貴様っ……」
「俺を愛してくれるのは、もう兄さんしかいないのに」
本体ではなく、獅子夜行の虎がそこにいた。霊体が姿を変えていたらしい。つまり、本体はまだ会場にいることになる。
やられた――。タモンが舌打ちをする。
虎が消えると、踵を返しながらタモンはナオトに声を投げた。
「蛍を捕らえろ!!」
「御意!!」
そうして、北闇へ戻る。
タモンの目に映ったのは、今までにない惨劇であった。
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次話、ナオトVS蛍。
ナオトは蛍を捕獲できるのか――。




