第9話・テンリの狙い
8つの入口からはグリードが土砂のように流れ込んできた。途端に恐慌をきたす観客席。出入り口をグリードに塞がれてしまい大パニックだ。
テンリはその声を全身で感じていた。
「歓声というものは、こうでないと。そう思わないか? ナオト」
「お……まえ……」
「治癒能力とは実に厄介だ。もう意識を取り戻したか。本当にお前を殺すには苦労させられる。とはいえ、後回しの予定だったんだがな。よく守れたものだ」
と、その時だ。会場に、観客の悲鳴よりも大きな声が響き渡る。
「皆さん、落ち着いて下さい。闘技場と客席を隔てる壁をグリードは越えられません。もし万が一、グリードがよじ登ろうとした場合には、桜姫を所持している闇影隊の方々で対応して下さい。いいですか、お年寄りと女性の方、子どもを通路側へ、大人の方は席の方へ、闇影隊は前へ。すぐに行動して下さい」
その声はツキヒメだった。マイクを握る手は小刻みに震えている。グリードが怖いわけではない。彼女は怒り心頭に震えているのだ。
同時に、怒りに支配されてはいけないと、タモンから助言を受けたことを思い起こす。桜姫の開発が決定された時だった。グリードを始末することよりも、いかに闇影隊を、国民を守ることが出来る物に仕上がるか。桜姫を作るには、先ず第一に防御という意味で構成しなければならない。
憎いグリードを目の前にしながら、ツキヒメは何度も自分に言い聞かせる。落ち着け、冷静になれ、突発的に動くな、と。この行動には、ナオトへ「自分は大丈夫だ」と知らせる手段にもなった。
ツキヒメの指示に従って闇影隊が実行していく。一般人を誘導し、隊員は縁へ移動した。
ツキヒメの元へ精鋭部隊の者が訪れた。般若の面に角が〝二本〟。空総司令官ではない誰かだ。
「マイクをお借りしてもいいですか?」
「は、はい」
国帝の護衛に就いている他の精鋭部隊が敬礼していることから、身分が格上であることがわかる。しかし、ツキヒメが注視しているのはそこではない。
(この人、私よりも少しだけ身長が高いくらいだわ。誰なの?)
他の隊員と比べて、目線が近いのだ。ましてや、本部にいる時間の長いツキヒメは見たこともなかった。
マイクを握ると、般若の面は縁にいる闇影隊に向いた。
「初めまして、北闇の精鋭部隊総隊長、海だ。今から総指揮を執らせてもらう。会場にいる闇影隊は新たな指示が出るまでグリードの対応を頼む。第三試験に参加している受験生は、闘技場側から支援を。グリードを一匹たりとも逃がすな」
受験生はすぐに動いた。闘技場は瞬く間に戦場と化していく。
「ツキヒメ様はタモン様と一緒にいて下さい。下の階へは別の者が同行します」
「でもっ」
「ナオトは我々が。必ず取り返します」
海が斜め下に腕を振ると、どこに隠れていたのか、たくさんの精鋭部隊が闘技場へ現れた。北闇・東昇・西猛の精鋭部隊がテンリを取り囲む。そこに、海が音もなく飛び降りる。
黒い雲に白い点がいくつも出現する。あれは万矢鉄槌が起こる前兆だ。海は片足で大地を叩いた。
落雷と同時に地面が揺れる。精鋭部隊の頭上を守るように、土や石などが塊となって傘の役目を担う。
テンリが手を叩いて拍手した。
「多くの情報を持つ俺でも、あなたに関する情報は一切手元にない。海総隊長、あなたは北闇の隠し球というわけですか」
「何をしに来た」
「彼の大切な物を奪いに……。邪魔されましたけどね」
言いながら、ヒロトに振り向いてにたりと笑って見せる。そして、自身の腕を槍のように形成し、
「やあ、ヒロト」
「――っ!?」
瞬時に移動してみせた。その間では青島と海が壁になっている。すかさず、精鋭隊員がナオトを保護した。
ここから、テンリは一気に仕掛けていく。
「衝撃砲」
ナオトの技を青島の腹に当て、
「壊柱撃」
ソウジの技で海を捕らえる。さらには、
「血千打界」
レンの技でヒロトの身体を針で貫き、
「虎雷・魑魅錯乱」
フウカの技で残りの精鋭部隊を対処した。化け物染みた小さな虎が襲いかかる。
これには、グリードを任された受験生も驚きを隠せないでいた。そして、黄瀬班が気がついた。
「あいつっ……。あたし達の技をパクってるっぴ!!」
「重度の隠れ家に行ったときだね。一斉に仕掛けた時に盗まれたんだ」
テンリは情報のない海のもとへ歩みを寄せた。平気で火柱に手を突っ込み、首根っこを掴み上げ、へし折ろうと力を入れる。その腕を海が掴んだ。テンリの腕を伝って、ナニかが流れ込んでくる。彼は海から手を離そうとしたが、海がそうはさせなかった。
「貴様っ、このために避けなかったのか!?」
「お前のようなタイプは、まず自分にとって不利になる者から片付ける。遊び半分でナオトへ仕掛けるのとは違ってな!!」
いったいナニを流し込まれたのだろうか。テンリの膝が折れ、吐き出そうと嗚咽をあげた。すると、テンリの口から黒い液体が逆流してきたではないか。
海が面の奥で目を細める。
「吐き出すことも想定済みだ」
「――っ!?」
水溜まりみたいに吐き出された黒い液体へ映るのは、テンリの過去だ。幼い頃の自分がそこにいる。
赤毛の後ろ姿が見えたところで、テンリは足で踏みにじった。何度も、何度も、そうやって土と混ぜ合わせながら泥状にしていく。
「目標を当初の予定へと変更する!!」
テンリが声を大にすると、グリードが攻撃を止めた。受験生を捉えていた瞳がタモンの方へ向く。そして、奇声と共に一斉に駆けだした。
「獅子夜行!!」
海の足止めを霊体の虎に任せると、テンリは迷わずにツキヒメを浚った。もちろん、その後をタモンが追いかける。
タモンが行く方向にテンリがいると気づいた蛍は、オウガを別の者に任せて踵を返した。オウガが険しい顔で見送る。
(狙いはタモンか……。テンリよ、この罪は重いぞ)
テンリの出現により慌ただしくなった格闘技場。そこから、ナオトの姿も消えていた。




