第3話・ソウジVSハルイチ・1
開始から数分、動かない両者に静まり返る会場。黙って見守る青島は、会場を見渡してため息をついた。先程、観戦者が口にした「現長の先代」という会話は、彼らだけが話していたわけではない。どこも過去の噂話で盛り上がっていた。
その声はソウジの耳にも届いている。
先に沈黙を破ったのはハルイチだった。
「俺が言うのもなんですが、過去に捕らわれていては本気はでませんよ。君の中で解決していないなら棄権した方がいい」
「…………」
「人は、時に逆らえない運命に直面するものです。そうは思わないかい? 例えば……」
タモン様が玄帝になることは、運命により決まっていた――。
「あの人は、生誕したその瞬間にそうなるべくして育った。君と俺もそうだ。本家の長男として誕生した時点で後を継ぐと決まっている」
「……だから、俺の祖父母は死んで当然だと言いたいのか?」
「そういう意味ではありません。しかし、避けられない死だった」
いったい何があったのかと、控え室にいる受験生が不安な面立ちで2人を眺めている。ナオトは、ベンチで横になっているイツキに尋ねてみた。
「エイガ様が失踪した時くらいだったかな。ほら、一昔前に人間と混血者で争っていた時代があったでしょ? あの戦いで北闇は大切な物を瞬く間に失ったんだ。……混血者の死、だよ」
「――っ、じゃあ、ソウジの婆ちゃんや爺ちゃんは……」
「ソウジだけじゃない。旧家に祖父母なんて存在はほとんどいないんだ。彼らは皆、北闇の住人を守って英雄になった。ソウジはその事が赦せないんだよ。未だに人間を守り続ける父親も、自分もね」
ソウジとハルイチが半獣化・半妖化する。獰猛な犬と妖しい蛇が、共に人間離れした容姿で睨み合う。
そして、
「炎・包火!!」
「蛇華・蛇葬縛!!」
燃え上がるソウジの右手がハルイチの左頬に向けられる。ハルイチは、当たる直前に蛇葬縛で右手を縛り上げて勢いを殺した。
頬がチリチリと煙をあげる。拳が直撃していなくとも、拳と頬までの僅かな距離を炎が埋めているのだ。
顔を背けるだけで回避できる、包火。ハルイチが視線をズラしたのと同時に、ソウジは次の技を発動させる。
「炎・壊柱撃!!」
蛇葬縛を引っ張りながら拳を地面へ叩きつけると、地面が陥没し、そこから火柱があがった。半獣化したソウジの身体は鋼の鎧を着た獣そのものだ。火柱の中心に立ち、己の身体の表面を高熱に熱し上げながら蛇を燃やし尽くす。
巻き添えになる前に後退したハルイチが頬を摩りながら苦笑いを浮かべた。筋肉の塊に目を奪われている。
「いちいち挑発する必要はなかったようだ。なんですかい、その手足は。いったいどれだけ修行を積み重ねればそんなに太く逞しく成長するんだか……」
――ピットブル。ソウジはまさしくその犬種だ。筋骨隆々とした体格で、体長が体高よりやや長い、比較的大きめの中型犬として知られている。
丸い大きな頭部に、離れた両目、鼻は短く、しっかりとしたあごに生えそろうを鋭い歯が特徴のピットブル。その血を体内に宿すソウジだが、ハルイチが最も驚愕したのは四肢の中でも両足だった。
「知識のない俺でもわかります。体内組織の構造は似ているとはいえ、犬と人間では筋肉の発達の仕方が違う。特に人間は、足よりも手を使う頻度が高いと言われています。それに比べて犬は四足歩行。地を蹴る前脚はもちろんのこと、後脚だって発達している。それなのに、君は……」
ソウジの顔が小顔に見えるほどに発達した腕と、太ももに隙間がないほどに膨れあがった大腿。その中身は、全て筋肉だ。それでいて、鎧のような胸筋と背筋。ハルイチが驚くのも無理はない。
これが、ソウジの完全体の姿だ。
控え室では、ナオトが目を見開いている。
「合同強化合宿のときと違う……」
あそこまで逞しくはなかったと息を飲む。仕切りに肘を置いて頬杖をつくヒロトが答える。
「何度も拝めるものじゃねえよ。ソウジの奴、しっかりと挑発に乗ってるじゃねえか」
どんどん赤みを帯びていくソウジの身体。ハルイチは思考を巡らせた。
(縛り上げても一瞬で溶かされる。それに、彼は炎の性質だ。治癒能力に長けている。ならば……)
「蛇華・千蛇山乱!!」
肌を覆う細かい鱗が蛇に変化する。さらに、「千蛇分裂」との言霊も発動させた。50が100へ、100が200へ。蛇の数は瞬く間に増えていく。
(神経毒が回れば、半獣化を解くまでいかなくとも、能力は低下するはず……)
とにかく、高熱のままではハルイチ自身が触れることができない。
ソウジが喉の奥でクククと笑う。
「俺が近距離タイプだと思っているのか?」
「――っ!?」
「甘く見るな」
這い寄る蛇へ視線を落とす。前後に両足を広げて中腰になり、やや下向きに両腕を構えると腰を捻った。
「炎・旋回包火球」
火柱を軸に回転する。両手を燃やす火の塊が下向き剛速球で四方八方に飛び散る。体重が増しているソウジの身体はまったくブレず、確実に火の塊で蛇を叩き燃やしていった。
包火球の勢いはハルイチが立つ場所にまで及んだ。
「だいぶお怒りのようだ。俺の発言が気に食わなかったなら謝ります」
「もう遅い」
回転を止め、いつの間にか出来上がっていた巨大な炎の塊を天に掲げる。咄嗟に鱗瞳丸を右腕に形成したハルイチは、狙いが定まらぬよう左右に跳躍しながらソウジへ距離を詰めていった。
ハルイチが行く先を読んで巨大な炎の塊を放つ。しかし、
「こんな貧相な体型でも、一応君と同じ立場にあるもんでね……」
俺を甘くみないでほしいものです――。そう言葉を紡ぐと、ハルイチが姿を消した。蛇華・失踪劇。ネネが得意とする言霊をハルイチも使えるのだ。




