第1話・開幕前
第三試験が行われる、円形格闘技場。木壁の外に設置されたこの場所は、精鋭部隊の訓練や試験に使用されており、他国合同での演習にも使用されたりする。
格闘技場の入口は8つ。道のりにはハンターの進入を防ぐための柵が設けられている。その道を、朝早くから大勢の人々が列を成して歩いている。彼らは全員観戦者だ。
その頃、受験生はすでに控え室で待機していた。トーナメント表が貼り出されるのを待っている状態だ。
第二試験を突破した班は以下である。北闇からは、赤坂班・黄瀬班・青島班。西猛は金剛班。東昇は五桐班。南光はガイス班。光影からはニチ班が参加する。顔見知りの彼らにまだ緊張はなかった。
一方で、威支は、格闘技場内部のどこかに身を潜めていた。そこにはラヅキと、桜色の髪の毛をした生き物の姿もある。生き物は、名を「サキ」と名乗った。
威支のメンバーの中で、サキはユズキにとても懐いている。威支がユズキの意向に沿って動いていると悟ると、自分にも役割をくれと申し出た。
「見よ! 牙もある、蹄もある、手には水掻きもあるときた! 何よりも人々の癒やしになるであろうモフモフの毛もあるぞ! それで、オイラは何をすればいい?」
「これが落ち着いたら話がある。それまではジーッ…………としててくれ」
「承知した!!」
元気の良い返事に笑って見せたものの、彼女は心の底から喜べてなどいなかった。脳裏に過ぎるのはイツキだ。素性の知れない自分を家に住まわせ、時にナオトとの関係性を指摘してくれた大切な友人。
これから、彼女は、イツキが唯一の繋がりとしている大切な物を奪うことになる。笑えるはずもない。
はたまた、とある場所では――。
人気のない場所で、走流野家殺しを企む者達が集まっていた。オウガ、蛍、そしてテンリだ。
「このような場所に呼び出すとは、何事だ」
「そろそろ走流野家の情報が欲しい頃かと思って呼んだまでだ」
「それで、息子は?」
「ヒロトに変化はない。ナオトは紫炎を手に入れたようだ。まあ、俺にとってはどうでもいい代物だがな」
テンリの報告にオウガの目が据わる。
「遊びに来たわけではないぞ、テンリ。紫炎を会得する前に始末するよう命じたはずだ」
「……邪魔が入った。とても厄介な生き物だ」
そう言い、ここにはいないキトを睨みつけた。撤退せざるを得なかった状況を思い起こし、悔しさに顔を歪ませる。
珍しい、こいつがこんなにも怒りを露にするとは――。オウガと蛍が互いに顔を見合せる。どうやら、話しに来た本当の目的は、〝厄介な生き物〟についてのようだ。そう悟る。
「察するに、手も足も出なかったようだな。言え、誰に邪魔をされた」
「鬼の化け物、名をキト……。新入りのユズキと繋がっているようだ」
「そもそも、なぜ彼女は威支と行動を共にしているのだ?」
「メンバーになった」
「それは知っている。私が聞きたいのは、彼女の目的が威支と同じなのかどうかだ」
「問題はまた別だ。ナオトもそうだが、先に彼女を始末しなければ、王家に未来はないと思え」
なにやら物騒な物言いだ。
オウガは、第三試験に遅れるとの伝達を蛍に任せ、それから聞く姿勢をとった。彼女に関する情報は手元にないようで、テンリが話し始めるまで口を閉じている。
前を置いて、報告を始める。
「徹底的に調べ上げたが、彼女はどの国にも存在していなかった」
「両親は死亡した、北闇はそう結論づけている」
「それに間違いはない。ただし、両親が死亡したのは、遙か昔の話しだ」
「……詳しく話せ」
「俺の仲間に鬼がいるのは知っているな?」
「勿論だ。奴は鬼の性質を事細かに教えてくれた。……シガン、忘れやしない」
「そいつもまた、遙か昔から生きる長寿の化け物だ。そして、もともとはキトの配下だった」
「なるほどのぉ……。封印術士の手を借りてまで徹底したあの結界は、王の帰還を恐れたためか」
「なにせ、キトの不在中に仲間をほとんど喰ってしまったそうだからな。興味をそそられない話しに笑い飛ばしてやったが、あいつは、震えながらこう言った」
キト様が帰還されたということは、王家の遺産がこの世界に戻って来たことを意味する。笑っていられるのも今のうちだぞ、小僧――。
「王家の遺産? どういう意味だ」
「文献にあっただろう? 遙か昔、神霊湖に落雷した稲妻が大地を駆けた。本家のほとんどが灰にされ、子どもは光に飲み込まれた。分家が力を得たのは、神の怒りのおかげだ、と」
「確かめようのない歴史だぞ」
「俺も同じ事を言った。だが、シガンは……」
キト様は、死にかけている少女の魂を喰らおうとした。神の代行に気づかれてさえいなければ、今頃少女の魂はキト様に力を与えていただろう。しかし、
「神の代行は少女を逃がしたそうだ。それが、文献にあった落雷だ。キトはその力に巻き込まれ、この世界を去った」
「その話しになぜ彼女が関わる?」
「……キトが狙っていたのはオウスイの娘だ。だから王家の遺産とシガンは言ったのだ」
本家の人間が帰ってきた。その事実に、オウガの顔が青ざめていく。
「北闇で会った事がある。しかし、薄紫色の瞳ではなかった」
「彼女の身体には神代行の力が流れている。奴の目は黄金、彼女も同じ色素のはずだ。厄介なのはこれだけではない」
遠くで、花火の上がる小さな音と観衆の声が聞こえてくる。
「イツキ、ライマル、リン、ヒスイ。どの器とも接触している上に、神代行を眠りから覚ましている。早めに第三試験を中止にした方がいい」
「なぜだ?」
「あのトウヤがユズキを守っている。それと、受験生の中にヒスイが紛れ込んでいるからだ」
「――っ、なんだと!?」
これまで、躓くことなく水面下で穏便に事を運んできた王家だが、オウガは初めてミスを犯していたと気がついた。というのも、重度ではないヒスイとは面識がないのだ。ヒスイの存在はあくまでも〝器〟。それ以上でも以下でもない、その後の成長に関心すら湧かない存在であり、何よりも走流野家で隠れていた。今、この瞬間までは――。
「光影の国に扮して参加しているのは分かっていたが、犬の双子とトウヤではなかっ……」
ふと、オウガは口を閉じた。
走流野家の情報をもらうはずが、気づけば鬼とユズキの話に入れ変わっている。そこから試験の話しへと流れ、器が揃っていると知らされた。しかし、なぜだ。どうしてテンリは話の終わりにその件を持ってきたのだろうか。
テンリの心を読むと、オウガの身体に衝撃が走った。
「ならば、隊長は誰だ?」
格闘技場を睨みつけながら、テンリは話しを冒頭へ戻した。
「厄介な生き物……、キトだ……」
答えを聞くと、オウガは無言で足早に歩き出した。そして、
「装!!」
金の甲冑が溶け出し、オウガの全身を包み込む。陽に当たるとどんどん薄くなっていき、完全に消える前には黄金色の姿をした鬼となっていた。そうして向かうのは北闇ではなく、南光だ。
(本家が滅んでいないまま作戦を実行するわけには……。一刻も早く、〝あの方〟にお伝えしなければ……)
その姿を、テンリが憂いの帯びた瞳で見送っている。彼の心を、鬼が蝕む。フードで影のかかる顔がさらに濃くなっていく。
「どうして俺にはその力が受け継がれなかったんだろうな。……だから、兄さんばかりが愛される」
マントを翻して、テンリは格闘技場に向かった。その後ろを大量の兵士、グリードがついていく。
(本家や分家などどうでもいい。目的はただ一つ……)
全生物を滅ぼす。
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こんな時間ではありますが、明日投稿予定だったものをUPしました。
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