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俺の家族が全員最強でした――。チートは問答無用でフルボッコ!  作者: 犬丸
SEASON・1――/第一章・少年期編・1
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特例任務と最弱・4

 丸くて太い尖った爪を地に食い込ませ、低く唸り声を発し、目尻を険しく吊り上げて、大猿は獲物を物色するように瞳を動かしている。


 そして、大猿が体勢を低くしたその瞬間、ただならぬ空気を感じた俺は咄嗟にヒロトの上着の襟を掴んで左方向へ転がった。


 直後、突進してきた大猿は両手足で歩兵隊を踏み潰し、あるいは片手で何人も弾き飛ばした。逃げ惑う歩兵隊はまるで隊列を崩された蟻みたいだ。


 動きが速いため一瞬ではあるが、大猿の胸に傷があるのが確認できた。おそらく、この大猿が東昇から逃げてきた重度だ。


 立ち止まって、天にまで届きそうな雄叫びを上げた大猿。その隙を突き、一目散に逃げた上官は、あろうことか洞窟に逃げ込んだ。依頼にあったハンターの巣の可能性だってある。後を追った俺達は、大猿から身を隠すために仕方なく洞窟へと走った。原生林に戻るよりはましだからだ。


 洞窟の入り口では、安全の確保をしているどころか、呆然と突っ立っている上官の姿があった。


 この無能さには談笑していた仲間も怒りを爆発させた。




「なにしてんだ!! 安全確保を経ての誘導は基本中の基本だろうが!!」




 怒鳴り声は洞窟中に響き渡った。


 隊の1人が上官の胸ぐらに掴みかかるも、すぐに暴力にはしるはずの上官は足もとを指さしただけで言い返しもしなかった。


 指を目で追うと、差し込む日の光で見えたのは、地面を埋め尽くす大量の骸骨だった。俺達はその上に立っていて、気がつくと照らされていたはずの骸骨が影に覆われていた。




(最悪だ……)




 どこからともなく背中に吹き付けてきた生暖かい風は、洞窟の奥まで行き渡る。反響した音は大猿の唸り声で、血をまき散らしながら数人の歩兵隊が俺の頭上で舞っていた。


 頭上を仰ぎ見えたのは、上半身と下半身が真っ二つに避けた仲間の姿。降り注ぐ血を全身に浴びると、俺の目に涙が滲んだ。


 洞穴の中を逃げ回り、山びこのように聞こえてくる仲間の悲鳴に怯えながら、訓練校に通っていた頃の妄想を思い出す。


 胸を膨らませていた、あの頃の俺たちを――。




「なあ、ナオト! 親父と同じ階級に上がったら、親父には引退してもらって俺達2人で頑張ろうぜ! ある程度の戦果を残して、それから……」

「それから、なんだよ」

「と、とにかく、頑張ろう!」




 男手ひとつで育ててくれている父さん。照れくささを誤魔化しながら言ったヒロトの意見には俺も賛成だった。


 どうして予測できなかったのだろうか。


 三種の中に〝獣〟が含まれている時点で、マイナス思考な妄想力を生かして色んな生き物を思い描く事だって出来たはずだ。




(戦果を残す? 無茶だ、死んでしまう……)




 荒々しく吐き出される呼吸に現実を見た。


 大猿は、すでに半数以上の歩兵隊を叩き潰し、咬み殺し、握り締め、肉片を四方八方に投げつけて、殺し、殺し、殺しまくっていた。もう誰の血や肉片を浴びたのかもわからず、服はあらゆる液体を吸収して重くなり肌に張り付いている。


 少し動けば、足裏に響く骨を踏み砕いた音で体は硬直し、大猿を見上げては血の気が引いていくのを感じていた。


 救いなのは、大猿のおかげなのか、ハンターの巣だと思われるこの洞窟にハンターが一体もいないという事だ。今のところ、敵は入り口にいる大猿のみで、ハンターの襲撃は先程の後方部隊の被害のみである。




「はは……」




 乾いた笑みが漏れた。状況を理解しながらも、恐れを隠しきれずにいる臆病な自分に呆れたからだ。


 オウガ様を思い出したのは、そんな時だった。


 東昇に向かう前に北闇に立ち寄ってくれた皇帝。この世界に君臨する王が、俺とユズキの行いを褒め、顔を拝みに来たとまで言ってくれた。


 未来を担う精鋭だと、期待を背負った。


 そうだ、俺は闇影隊だ。入隊した理由がたいしたものではなくとも、今目の前にいる重度はフードの男と繋がりがあるかもしれない。俺の命を、ユズキの命を狙う敵かもしれない。


 ならば、一刻も早く討伐しなければならない。これ以上ナニかに怯えながら生きていくだなんて堪えきれない。


 恐れを拭うと、自分が今いる立ち位置が最も安全な場所であるとわかった。それから、大猿を観察した。動きや攻撃パターン、弱点を探す。すると、ある事に気がついた。




(あいつ、見えていないのか?)




 こちらからは大猿の身体の隙間から差し込む光で洞窟の中の状況や被害を把握できる。けれど、自分の背中で前方を影にしている大猿は手当たり次第に攻撃しているように見えるのだ。


 つまり、あいつの影にいる者は大猿の目に映っておらず、さらには血のニオイが充満する洞窟で鼻が利いていない。


 大猿の足もとで戦うヒロト達を観察しても、日が当たる場所に入ると攻撃を受け、影に入ると標的にされていない事がわかり推測は確信に近づいた。


 そして、俺が立っている場所は、恐らくこの洞窟内で最も影が濃い場所だ。


 顔を横に振り、気合いを入れ直すために両頬を叩こうとすると、片手の自由が奪われていた。未だにイツキの手を握っていたようだ。




「ずっと呼んでたんだけど……。大丈夫?」

「あ、当たり前だろ! 作戦を練ってただけだ!」

「怖くないの?」




 薄暗い洞窟の中で、ぼんやりと浮かぶイツキの顔。思わず手を振りほどいた。イツキは笑っていた。何気なく頬に触れてみると、指先にイツキも血を浴びている感触が伝わってくる。それなのに、どうして――。




「怖いに決まってるじゃん。あんなデカい猿、見たことないし」




 負けじと笑って見せたものの、れが俺に出来る精一杯の事だった。


 大きく息を吐き出して、気合いを入れ直した俺は大猿に向かって足を進めた。最初は、怖くて一歩踏み出すのが限界であったが、自己暗示のおかげでスピードは増していき、骸骨に足を取られながらも危険地帯に辿り着いた。それから、すぐに皆に声を投げた。




「ヒロト、今すぐ大猿の影に入れ! 他の人達も早く!」




 すると、大猿は足もとをしきりに警戒し始めた。片足を上げては勢いよく振りかざし、それを何度も繰り返している。やはり、影の部分はあまり見えていないようだ。


 それを見て、混血者は大猿の巨体をよじ登り鋭い歯を剥き出しにして首を狙った。しかし、喉元を逞しい腕で覆われてしまい人の何十倍もある腕を退かそうとしているが、簡単にはいかない。巨体を振り、混血者を振り落とそうと暴れ始めた大猿は一瞬だけ日の光を浴びた混血者の男の子を見逃さなかった。


 開いていた片方の手でその子を掴み、握り潰そうと手に力を入れる。だが、捕らえられる瞬間に両足を大猿の手中に収めていた彼は、背中と足の裏で反発して握り潰されるまいとしていた。


 半獣化した彼の脚力は凄まじく、大猿の手は尋常じゃない力を入れているのが一目瞭然で小刻みに震えている。一方、彼はというと、長く続く戦闘のせいで徐々に力を失っていた。




「新人3班は右の足もとを崩せ! 左は私たちに任せろ!」




 青島隊長の声で右足に移動した俺達は、拳を作って地を強く殴った。広がる骸骨が砕け散って、地に拳が届くと、大猿の足を中心に地面が割れて壁のように突き上がる。これにより、少しだけよろめいた大猿。瞬時に、俺とヒロトは彼を握る手に飛躍した。


 それから、俺は親指に、ヒロトは人差し指にしがみついて、互いの足の裏を合わせて押し合った。



「「せーのっ!!」」




 すると、力が入らなくなった大猿の手から彼が滑り落ち、その下で赤坂隊長が受け止めた。


 再び暴れる大猿を見て、青島隊長が再び命令を下す。




「全員、奥に後退!!」

「あの場所が最も安全です! 一度退くならそこに! 態勢を整えましょう!」

「ナオトの言葉を聞いたな!? 行くぞ!」




 青島隊長は、先に新人歩兵隊の3班を逃がし、隊長達は援護しながら着いてきた。ところが、青島隊長が途中で立ち止まってしまう。その視線の先には逃げ遅れたユズキの姿があった。




「――っ、ユズキ!」




 青島隊長の横を走り抜けてユズキの元に向かった。振り上げられた手から守るために、大猿の片足を思い切り蹴り飛ばす。巨体は、大きな地響きを鳴らしながら横に倒れた。




「なぜ戻って来た!」

「いいから! 早くあの場所に逃げるんだ!」




 走ったユズキを確認し、後に続いて俺も向かおうとすると、左足を捕まれてしまい顔面から派手に転んだ。


 骸骨に強く顔を打ち付け、その衝撃は脳にまで響き、左右する視界に吐き気を覚える。


 足はすぐに解放された。仰向けになると、俺の真上で四つん這いになった大猿が、唸り声を上げながら顔を近づけてきた。


 それは一瞬のことであった。俺の身体を片手ですくい上げた大猿は、そのまま洞窟の外に放り投げた。反応できず、水切りのごとく体が地を跳ね、




「がはっ……」




 木の幹にぶつかってようやく動きは止まる。


 両膝をつき、腹の底から嘔吐する俺に大猿は容赦なく攻撃してきた。




(いってぇ……。内臓がイカれた……)




 そう冷静に思えたのは、教科書通りにはいかない現実を身をもって経験したからに違いない。そして、踏み潰そうと持ち上げられた大猿の片足に目を閉じ、死を覚悟した、その時――。




「ナオト、諦めるな! ウイヒメが待ってるんだろう!?」




 聞こえてきたユズキの声に、すんでのところで大猿の片足を両腕で受け止めた。のしかかる体重で体ごと地面にめり込む。背中と両腕が悲鳴を上げ、両足も使って抵抗するも大猿の体重は支えきれない。




「俺のっ……天使ぃい!! 包火!!」




 けれど、戦況が変わるわけでもなく、徐々に火を帯びた両腕が自分の顔に近づいてくる。


 ここまでか――。


 顔を横に背け、くる衝撃に身を構えた。すると突然、大猿の足から力が抜けた。両腕が軽くなっていくのと同時に、強烈な目眩と激痛が襲ってくる。


 なんとか足もとから離れて、揺れる視界で周囲を見渡した。驚いた事に、ユズキが大猿の横顔にしがみついているではないか。


 寸秒、大猿とユズキは動かなかった。その隙を突いて電光のごとく緑の物体が大猿の下顎に直撃した。その正体はイツキだ。だが、それでも大猿はふらつく程度であった。


 ふと、大猿と目が合った。大猿はゆっくりと後退し、森の奥深い闇の中へと姿を消した。


 いったい何が起きたのだろうか。膝から崩れ落ちた俺のもとにヒロトが走ってきた。横になるように言われ、怪我の具合を急いで確認している。




「なんで大猿は逃げたんだ? なんで……」




 疑問で溢れかえっているのに、強烈な痛みが邪魔をする。




「隊長、強く頭を打ってるみてぇだ!」




 俺の隣に腰を下ろし、安堵と腹立たしさの両方を顔に浮かべる青島隊長を見て、目頭が熱くなるのを感じた。




「ナオトよ、なぜ一人で立ち向かったのだ! 私の言葉を忘れたのか!?」

「すみません……」




 外に出てきた歩兵隊の数はあまりにも少なかった。だけど、悲しみは少しも感じなかった。感じるのは硬直していた体の緩みだけだ。


 その後、動ける歩兵隊が洞窟内をくまなく調べた。そこで衝撃の事実が浮上した。




「ハンターの巣じゃないぞ……」

「だな……。そもそも、あいつらがこんな綺麗に肉だけを食うはずがない……」




 逃げ込んだ場所がハンターの巣だと思っていたのは俺だけではなかったようで、生き残った全員が虚脱状態だ。


 と、その時――。


 日も落ちた始めた頃、見計らったように突如として現れたのはハンターだった。


 あちらこちらの茂みが揺れたのと同時に、囁き声が聞こえてくる。一度奪われた戦意に、もはや隊としての機能は完全に失われていた。かくして、俺も同じだ。


 痛みは全身にあって、上体を起こす事もままならなかった。そんな俺を動かす原動力となったのは、やっぱりウイヒメだ。




(帰らなきゃ……)




 足の先から頭のてっぺんまで熱くなるのを感じる。それは自己暗示が成功した事を意味していた。手を見ると赤く染まっており、心臓は激しく鼓動を繰り出す。


 上体を起こして立ち上がった俺に、ヒロトはすぐに暗示を解くように言った。だが、ハンターを目の前にしてそれは無理な頼み事だ。


 やれるところまでやってやる――。




「だ、誰か! こいつを引き離してくれ!」




 声に振り返ると、1人目が襲われていた。


 ハンター4体が飛びつき、みるみる内に肉が削がれていく。筋肉が露わになり、やがて骨が見え始め、倒れた歩兵隊にはさらにハンターが群がった。払い除けようと、近くにいた他の歩兵隊が駆け寄るも、巻き添えを食らい同じように残骸と化してしまった。


 大猿の捕獲と、ハンター討伐のために100人はいた歩兵隊は、大猿との一戦で半数以下になっていた。そのため、ハンターとまともに戦えるだけの人数がいないのだ。


 最悪な状況に為す術もなく、この時点で隊に与えられた選択肢は二つに絞られた。いや、混血者に与えられた選択肢、が正しいだろう。




(見捨てるか、戦うか……)




 近くに水気はない。となれば、足手まといになる人間を見捨てれば、混血者は簡単に生還することが出来るし、きっと俺とヒロトやユズキも生きて帰れる。考えている事は同じなのか、誰を見ても混血者と目が合ってしまった。


 究極の選択に頭を悩ませていると、いきなり視界が左右にぶれ始めた。しだいに意識は朦朧とし、腰が砕けたかのように地に倒れ込む。


 俺の意思に反して体は限界らしい。土を握り締めて意識を保とうとするも、視界は暗転しかけていた。


 そこに、父さんのいる部隊が偶然にも通りかかった。思いがけない増援に戦意を取り戻した歩兵隊が、一斉に反撃に出ようと奮い立った。だが、圧倒的にハンターの数の方が多く死者は増えていくばかりだ。


 朦朧とする意識を吹き飛ばすため、俺は地面に強く額を打ち付けた。そして、ほんの少しだけ覚醒した瞬間に、父さんに叫んだ。




「父さん! ハンターは水に弱い! 父さんの力なら――っ……」




 そこまで言って、意識を手放した。







 俺は夢を見た――。


 いつも見ていた悪夢ではなく、初めて見るものだ。


 森をがむしゃらに走っている夢。


 走っていると、視界が真っ白になって、「いつか、必ず迎えに行く」と声が聞こえてきた。


 夢なのに、まるで俺自身が走っているような感覚がする。すると、今度は別の誰かの声が聞こえてきた。




「そこには行くな! 戻ってこい! もう取り戻せないんだ!!」




 夢の中で俺は声に振り返ろうとしていた。けれど、そこで夢は終わってしまい、目が覚めると真っ白な天井を見上げていた。




「どこ、ここ……」




 起き上がって、自分の身体を見た。薄い上掛けを着ている事や、薬品の独特なニオイで、寝かされていた場所が病院だと知る。気を失った後ここに運び込まれたようだ。


 いや、そんなことはどうだっていい。


 ハンターは? 皆は無事なのだろうか。色々と気にはなるが、考えると頭に痛みがはしる。


 誰か見舞いに訪れてくれたのか、ベッドの横に置かれている台には花瓶あり、花が生けてあった。その横には手紙があるが、痛む関節に手を伸ばす事が出来なかった。無茶をしすぎたようだ。


 大人しく目を閉じた。生きている事を実感しながら、再び眠りに落ちた俺が夢を見る事はなかった。

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