特例任務と最弱・3
正門には100人を超える闇影隊が集まっていた。皆を前にして、この任務の上官を任された上級歩兵が大声で内容を説明する。
「今しがた、ハンターの群れに襲撃された一般民から、ハンターの巣があると報告を受けた! 場所は徒歩2時間ほど行った山の中腹にある洞窟だ! 我々の任務は、ハンターの討伐と巣の排除、及び、東昇から逃走した大型生物の捕獲だ! 先頭を行くのは混血者を含む班だ! 残りは隊列を組み、周囲の安全確保に勤めよ!」
説明が終わると、青島隊長が俺の肩に手を置いて前へ行くように促した。
先頭に行くと、そこには同期の姿があった。言葉すら交わしたことのない混血者、別クラスの子、そのほとんどが俺とそんなに身長の差もなく顔には幼さがあり丸みを帯びている。そう、俺達はまだ子どもだ。
年齢は関係ないんだ――と、こんな隊列を組んだ上官に怒りを覚え睨みつけた。この行為がまずかった。タイミング悪く上官と目が合ってしまい、なんの警告もなしに頬を殴られる。
「なんだその目は! 下級歩兵の分際で歯向かうつもりか?」
「いえ……」
「その顔、貴様は確かセメルの息子だったな。貴様ら双子には噂もあるし、訓練校での成績も耳にしている。混血者とは別物ではあるが、人間の姿をした化け物という点では同じだろう。どれだけ呪われているのか、この目でしっかりと見届けてやる」
その言葉に、荒々しいものが疾風のように心を満たした。耐えきれないものがふつふつと湧き上がり、やがて制止できないほどの怒りに駆られる。悶々とした感情を浄化しきれないでいた俺の耳に、青島隊長の声など届いていなかった。
「俺を馬鹿にするのは構わないけど、父さんとヒロトまで悪く言うのは許さない。それに俺はあんたを守る気なんてない。守るべき人間は自分で決めさせてもらう。っていうか、上官ならお前が先頭を歩きやがれ! 混血者に頼るな!」
言うまでもなく、すぐに手が出るような奴だから俺は見せしめのように制裁された。
すると、急に上官の拳が止まった。顔を上げると隣に誰かが立っていた。
「見送りに来てみれば、いったいなんの騒ぎかしら」
「貴女は、月夜の国のご息女、ツキヒメ様……」
その間に、手を差し伸べてくれたユズキに立たされた。口内に溜まった血を吐き捨てる。もう痛みはなかった。
「ナオト、父様からの伝言よ。娘達が二度も世話になり申し訳ない。休暇が取れたとき月夜へ来なさい。今度はこちらが接待する……ですって。だ、だから、生きて帰ってきなさい。ウイヒメのためにも、必ずよ」
「……わかりました」
待つ立場の話しをしたせいだろうか。自然と頷いてしまった。
上官は慌ててツキヒメの機嫌をとろうした。両手を擦り合わせながら低い姿勢で、額に汗を滲ませながら挨拶をする。
「申し遅れました。私、今回の任務で上官ににんめ」「覚える気はないから名乗らなくて結構。出発する前に頼みたいことが一つだけあるの。妹のお気に入りなの。とにかく、生かして帰しなさい。それだけよ」
青島班と赤坂班に深くお辞儀をして、前回の任務のお礼を口にしたツキヒメは戻っていった。外面だけは頭が下がるほどに見習うものがある。
隊列を組んで、正門から出発した俺たちは報告にあった場所に向けて歩いた。
向かいながら、ユズキが青島隊長に問いかける。
「こんなに多くの闇影隊を出動させる必要があったのか? 混血者を先頭に行かせるのなら、新人3班だけでも良かっただろう?」
「特例任務の場合、内容にもよるが今回のように正門には多くの闇影隊が集合する。そして、そこに待ち受ける任務は今まで以上に生死を賭けたものになる。今回は最悪な事にハンターの討伐と被ってしまった。そのための人数だ。しかし、我々が先頭を行くのはまた別問題だ。巨大生物が北闇に向かっているのならば、対処できるのは混血者だけだ。迎え撃つ他ない」
まさか、その先に待ち受ける出来事が青島隊長の言葉通りになるとは、この時は誰も想像すらしていなかった。
向かっている途中で、青島班に新たな隊員が加わった。ユズキの同居人だ。同じ年齢の子で、年上を想像していた俺は素直に驚いた。
彼が現れてから隊はざわざわとし始めた。気持ち悪いくらいの目の数が青島班に集中している。そんな視線を浴びているなかで、癖のあるふわふわとした緑の髪の毛を揺らしながら、彼は自己紹介をした。
「初めまして。同期の青空イツキです。訓練校では別のクラスだから面識はないけど、これから宜しくね」
「走流野ナオトです。よろしくお願いします」
風に吹かれた草原に立っているみたいに、爽やかな印象をうける子だ。ただ気になるのはユズキとの距離だ。隙間もないくらいにべったりとくっついている。しかも、ウイヒメよりも年下のように感じる。印象とは違った行動に俺は困惑した。
それから、一時間ばかり過ぎようとしている頃。
青島隊長に呼ばれ、2人で先頭の隊列と距離を取りつつ、並行しながら歩いた。
「よくやった」
「何がですか?」
「上官に背いた事だ」
「でも、青島隊長は止めようとしていたんじゃ……」
「まあな。あの人はすぐ暴力にはしる傾向がある。だから止めようとしたのだ」
「すみません……」
「謝る必要などない。あの言葉は混血者の胸に響いただろう。お前の言う通り、混血者は人に頼られているし、その期待に応えるべく命懸けで戦っている。だが、帰還したとて国民から称賛されるのは決まって人間なのだ」
混血者の並外れた能力は、どんな戦闘においても力を発揮するだけでなく、己の生存率をも高めている。
一方、人間には限界があり、一度の戦闘で出る怪我人や死者の数は混血者よりも多く、体に残る傷跡は、人間の方が死に物狂いで戦ったように映るのだそうだ。
後ろを振り向くと、そこには混血者と若干の距離を保ちながら歩く闇影隊の姿がある。その中央を歩く上官は仲間と談笑していて、まるで危機感がないようだった。
これほどまでに混血者が与える安心感は大きく、おかげで隊は平和そのものだ。
それに比べて先頭にいる混血者は、アンテナを張り巡らせたみたいに周囲を警戒していて、身に纏う緊迫感は静電気を帯びたかのようにピリピリとしている。
この違いには落胆した。前を向いて小さく息を吐いた。
「ところでナオトよ、お前はハンターが出現する前触れってやつを知っているか?」
突然の質問に急いで思考を切り替えた。
「囁き声……ですか?」
「その通り。ハンターが出現する前触れとして囁き声のようなものが聞こえるとされている。ハンターは〝サチ〟の一言だけ喋れるのだ。その理由は解明されておらず、未だに何を意味するのかは不明だ。だが、声の大きさである程度の事は把握できる」
「例えば?」
「ハンターの数が少ないと、その声は風にかき消されてしまうほどに小さいが、もしハンターが集団で襲ってくる場合、サチという言葉は耳元で叫ばれたかのごとくはっきりと聞こえてくるのだ。その時は、戦闘を放棄して死に物狂いで逃げろ」
真剣にそう言った青島隊長に、俺は唖然としてしまった。
闇影隊が逃げては誰が国民を守るのだろうか。あの時、俺が逃げてたら、ツキヒメとウイヒメは虎に喰い殺されていた。しかも、これは王家直々の依頼だ。向こうも必死に捜査してくれている。
「闇影隊が引いては、隊そのものの存在理由がなくなります」
「言っただろう。特例任務の場合、その先に待ち受けるのは今まで以上に生死を賭けたものになる、と。上官の行動が物語っている。混血者に先頭を任せたのは自分の命を最優先した作戦だろう。だからこそ、私はお前達に逃げてほしいのだ。こんな愚にも付かない作戦で命を無駄にするな」
過去に何かあったのだろうか。混血者に視線を送る青島隊長からは、どこかもの悲しさを感じた。
「しかし、上官の作戦はあながち間違えたものではない。仮にハンターの襲撃にあったとしよう。後方に混血者を配置していては、動こうにも前方を塞ぐ大勢の人間が邪魔で混血者は力を発揮できないだろう?」
「あの上官がそこまで考えているとは思えません」
「それに関しては同感だ。だがな、任命された闇影隊の数を考えてみろ。もう少しで目的地に着くが、そこに待ち受ける物が見えてくるはずだ」
後方に振り向いた俺は、改めて目の辺りにする歩兵隊の数に息を飲んだ。その多さに圧倒されたのではなく、青島隊長の言葉が引き金となり、ある想像が頭に浮かんだからだ。
「大人数だから安心できるんじゃない……。この人数じゃないと太刀打ち出来ないから……」
「そういう事だ。だからこそ、あらゆる可能性を考慮した上で先頭に混血者を配置する他ないのだ。」
「でも、もし後方から攻められた場合はどうするんですか?」
「それは上官の責任だ。我々が配置されたのはあくまで前方。後方は後方で何か策があるのだと信じるしかあるまい」
そう言い、青島隊長が隊列に戻ろうとした、その時だった。
「サ……チ……」
耳元で聞こえてきた声に足が止まり、ゆっくりと青島隊長の顔を見上げた。すると、青島隊長は小さな声でこう言った。
「すぐに先頭と合流して、逃げろ」
青島隊長は、後方に振り返りながら俺の背中を押した。俺は急いでユズキたちの元へ戻った。そして、ユズキとイツキの手を握り、背中から聞こえてくる叫び声から逃げるように前方へ走った。続いて、他の2班も同じ方向に走り始めた。
握っていた手を離したユズキは、追いついた青島隊長と共にさらに先頭へ行った。青島隊長の指示に瞬時に反応し、道を邪魔する障害物を次々に排除していく。
その技能に見入ったのも束の間、今度はユズキの手に目が釘付けとなった。
犬よりももっと大きな生き物。例えるなら狼とか、そういった類いの物だろうか。太くて、大きくて、折れそうにもない爪が手首から生えているではないか。木の幹は簡単に抉られてしまい、まるで斧で切り倒したかのように音を立てながら倒れていく。
その光景にイツキは無邪気でいた。背後からハンターが迫っているというのに、「やっぱりユズキは凄いや」と興奮している。
気がつけば、雑草や茂み、蔦や木の根っこなどが一面に広がる場所に足を踏み入れていた。人の手が一切くわえられていない原生林に入ってしまったのだ。すると、悲鳴の数が一気に増えた。
ハンターはウサギほどの体長しかない。こんな視界の悪い場所では発見する前に殺されてしまう。その光景は、まだ正常な思考を保っている俺を安易に恐怖のどん底へ陥れようとした。
道を作っていた青島隊長や混血者、ユズキの努力も、原生林が相手じゃ勝ち目はない。ひたすら掻き分けて安全な場所を捜し回った。
しばらくして、少し開けた場所に辿り着いた。逃げ遅れてやって来た後方部隊の者達を誘導し、上官は混血者の後ろに行くように指示した。
しかし、いつまでたってもハンターは現れなかった。それどころか、気配すら感じられない。痺れを切らせたのか、後方に隠れていた上官は先頭に移動し新たな命令を下した。
「混血者を率いる班は、ハンターの襲撃地点まで偵察に向かえ! 残りの者……は……」
全てを言い終える前に、口を閉じてしまった上官の顔から血の気が引いていく。なぜだか唇はわなわなと震え、目は怯えに染まり始めた。
「……どうしたんだ?」
隊の誰かがそう呟いた。
上官の身体は追い詰められた小動物のように丸くなり、そして機械仕掛けの歯車のごとく逃げて来た方向に振り向いた。それから、一歩、二歩とこちらに寄って大きく息を吸う。
「た、退避ぃー!!!!」
目を凝らすと、上官が立っていた場所の奥に見える茂みが、闇の中で上下左右に音をたてながら動いていた。
「アレはハンターじゃねぇ……」
そう言葉をこぼしたヒロトが、俺を庇うかのように両手を広げながら後ろに下がった。
やがて、木が大きく揺れ初め、鼓膜を突き破るような咆哮と共に馬鹿でかい獣が姿を現した。
10メートルはあるだろうか。
その体長の高さに絶句し、ハンターとは別物の存在に体が強張る。
三種の中で最も危険とされるのはハンターだ――。そう教えられてきたが、コレを目の前にしてそうは思えない。
「ハンターも……獣も……危険レベルは同じじゃないか……」
俺たちの前に姿を現したのは、巨大な猿だった。




