第16話・繰り返される過ち
心拍数が跳ね上がり、激しい息切れをしているケンタ。必死になってレンとフウカを追いかける。
つい先程、黄瀬班は妖に捕らわれた受験生を目の辺りにした。ハンターのように喰われるわけでもなく、グリードのように惨殺されるわけでもない。相手はただ、壁に向かって叫んだ。
風貌はケンタに似ている。大人しそうで、線が細くて、体力がない。班員とはぐれたようで、彼は妖の餌食となってしまったのだが、見た目からは想像もつかないような発言が出てきた。
誰も構ってくれないから、自分で靴を隠して、教科書を捨てたんだ。そうすれば、お父さんもお母さんも優しくしてくれるから……。
あまりにも悲しい絶叫に、フウカだけが「可哀想……」と声を漏らした。レンは妖の能力にいち早く気づき、2人を連れて妖から逃走を図り現在に至る。
「絶対にイヤだね! 自分が隠している恐怖をあんな形で公に晒すだなんて、俺のプライドが許さない!」
「あたしだって、暴露するくらいなら死んだ方がマシだっぴ!」
「ボ、ボクだって……」
息切れに言葉を奪われる。
ケンタが強く唇を噛み締めた。今、彼の中にある最大の恐怖は不正行為の発覚である。絶対に捕まるわけにはいかない。同時に、自分が捕まって足止めするべきだと、己の役目も理解していた。しかし、あの受験生のように叫んだりでもしたら――。
(――っ、ダメだ! できない! ハンターに喰われたほうがよっぽどいい!)
首を横に振って己を奮い立たせる。その一瞬の間だった。再び前方に向くとレンとフウカが消えているではないか。しかも、一本道のはずが、横壁に穴が開いている。それはケンタの隣にも、そしてその奥にもある。
「どこで曲がったの……?」
迫り来る冷気に、ケンタは慌てて左の穴に飛び込んだ。すれ違いで、もう一つ先にある右の穴からフウカが顔を覗かせる。
「ケンタ!?」
「ここだよ!!」
声に反応して妖がやって来た。
「もう、しつこい!! 後で迎えに来るから、絶対にそこを動いちゃダメだっぴ!」
「わ、わかった!!」
2人の足音が遠ざかっていく。
怖い、寂しい、1人はイヤだ――。どこからともなく聞こえてくる受験生の叫び声が、一人ぼっちになったケンタをどんどん追い込んでいく。
そのうちバレる、秘密もバレる、……嫌われ者になる――。
スタート地点から吹き込んだ風がケンタに届いた。サラッと背中を撫でていき、火照っている彼の体をじんわりと冷やす。
「くっ、来るなあ!!」
桜姫を構えて、目を閉じながら振り回した。ザクッと、ナニかに刺さったような感触がケンタの手の平に伝う。
「おがっ、おがあざん……、ゆるじで……。おがあ……ざん……」
「ひぃっ……!?」
イジメを演出したと暴露した受験生の額から肩を、斜めに斬りつけた桜姫。ケンタの手に血が流れ、肘からポタポタと落ちていく。
ケンタの思考が停止した。長く続く沈黙、理解できない現状。いったい、自分は、ナニを、斬った?
桜姫がガシャンと音を立てて地面に転がる。真っ赤に染まる己の両手と、微かに呼吸する受験生を交互に見て、やっと状況を理解した。
「おええええええっ……」
胃から込みあげてきた物を盛大に吐き出す。そして、桜姫を拾ってスタート地点に引き返し始めた。
まだ助かるかもしれない。助けを呼んで、全部正直に話してしまおう。混乱した脳が正しい道へ導こうとした。
足もとに横たわる受験生をひとりひとり跨いでいくと、何かに躓いて転んだ。手を離れた桜姫がどこかへ飛んでいき、ずれたヘッドライトを定位置に戻して、ケンタは涙目で探し回った。
「早くしないとっ……」
あの子が死んでしまう――。桜姫を見つけ、しっかりと手に握る。けれど、それは自分の物ではなかった。血がついていないのだ。
混乱していた頭が冷静になる。
「あ、そっか……」
意識を手放した受験生に視線を落とす。
代わりの桜姫をホルダーにしまい、受験生の腹の上に血の付着した桜姫を置いて、両手を掴んで引きずる。そうして、あろうことか、僅かに残っていた体力を使って殺害した受験生のもとへ向かった。
隣に寝かせ、その手に桜姫を握らせる。
ケンタは走った。走って、走って、走って、ハルイチとすれ違ったことにも気づかずに、走り続ける。
目の前には壁が崩れて封鎖した通路がある。行き止まりがケンタの行く手を阻む。ホルダーから桜姫を取り出して、一カ所だけ隙間のある穴へ突き刺した。隙間が範囲を広げ、細身のケンタは横向きになってすり抜けた。
「お前っ……」
「ユマ……?」
目が合うと、今度は人のものではない足音に互いに息を飲み込む。
「ナニを……連れてきた……」
「ボクはレンとフウカを探していただけだよ?」
「じゃあ、アレはなんだ?」
隙間を覗き込むと、そこには大量のグリードと、何体もの妖の姿があった。
「――っ、ケンタ!?」
ユマの体が傾く。膝が崩れ、腰がうねり、側頭部が岩に強く打ち当たった。ケンタに突き飛ばされたのだ。
ユマの体を妖が拘束し持ち上げた。その下ではグリードが大口で待ち構えている。
揺れる視界にユマの眉間にシワが寄る。ここまでか、と硬く目を閉じて、無意識にイツキを思い浮かべた。
(男気のある私でも、ここぞって時は女なんだな。結局、言えず終い、か……)
口元に笑みを浮かべながら、両目の端から涙を溢す。胸底に沈めていた黒い塊が浮遊し、脳への移動を開始したのを感じた。脳裏に浮かべたイツキがゆっくりと歪んでいく。
イツキが悪魔のように笑った。
「違う……。馬鹿みたいに星を探して、お願いして、満足して笑う姿は、もっと……もっと……可愛くて愛おしくて……。――っ、やめろ!! 私の大切な記憶を汚すな!!」
四肢を大きく動かして抵抗すると、グリードが数体噛みついた。壁に叩きつけ、牙で肉を抉り、妖が放つ蒸気の中へ突っ込む。
だけど、あまりにも数が多い。騒ぎを嗅ぎつけて加勢しにきた他の妖が、ユマの足を片方ずつ拘束する。さらには両手も同じようにされ、大の字で宙づり状態となった。
背中の肉を少しずつ削がれていく痛みにユマが叫ぶ。妖もグリードも、この状況を楽しんでいるかのようだ。
「イツキッ……、イツキ!!!! 助けてっ……!!」
恐怖が喉元まで押し寄せてきた。朦朧とし始めると、妖がユマを解放する。体がグリードの真上に落下していく。
「イツキ……」
噛まれる寸前で落下が止まる。痛みではなく、突如として襲いかかってきた闇にユマの意識が引き戻された。
目を開くと、そこには自分の記憶にある笑みをしたイツキの姿がある。
「ごめんね。女の子を1人にするべきじゃなかった」
ユマの泣き叫ぶ声は、ソウジの耳にも届いていた。
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