第15話・合流地点
いったいどれだけの時間を走り続けただろうか。
半獣化せずに懸命に足を動かしているソウジやユマ、リョウタの顔に疲労が浮かんでいる。それに比べて、諦める気配のない妖の追走。
皆の心の中に、ある不安が芽を出し始めていた。
(今、何日目だ?)
誰の顔にもそんな不安が見える。ここで、ユマが動き出した。
「リョウタ、ソウジ様を頼むぞ」
「ちょ、ユマっち!?」
立ち止まって半獣化したユマ。リョウタは慌てて逃げるように告げた。しかし、ユマは頑固だ。
「誰かが犠牲にならなきゃアレは諦めない。そして、足止めするのは私の役目だ。違うか?」
「そうだけどっ……、って違う!!」
「私を甘く見るな。アレは人に恐怖を見せつけて精神を破壊させる。ジワジワと……そうやっていたぶる生き物だ。ならば、私がやるしかない。この中でアレの能力に真っ向から戦えるのは私しかいないだろう」
リョウタに振り返る。
「この状況で頭脳が欠けると困る。イツキとよく話し合って解決策を導き出せ。……行けぇえ!!」
前に向き直り、冷や汗を滲ませながら薄ら笑いをした。
葵ユマ――。彼女こそ、イツキが攻守バランスの取れたタイプと話していた子だ。
(なにが、真っ向から戦える、だ。私にそんな強い力は備わっていない)
遠ざかっていく仲間の足音に比例して、自分の心臓の音が徐々に鼓膜に聞こえてくる。ふぅ……っと息を吐き出して、目の前に迫る帯を睨みつけた。
頭に強く思い浮かべる。楽しかった思い出、将来の自分、北闇の輝かしい繁栄。――世に認められた混血者の姿。
「さあ、一騎打ちといこうじゃないか。私の恐怖を暴いてみな!!」
半獣化したことにより、赤い瞳はグレーに変わった。茶色い髪の毛はどこにも見当たらず、代わりに頭部や手足には白と黒の毛が生えている。ハスキー犬のような姿だ。
日々の訓練を怠らない彼女の四肢は、一般の女性に比べると筋肉が著しく発達しており、半獣化することでその異様な努力を見て取ることができる。
ソウジの鋼の鎧とまではいかなくとも、それに近いくらいの体型を誇り、さらには――。
「牙強拳!!」
土属性の彼女にしかできない、片腕に土や石類を引きつける能力。右腕に剥がれた岩石が張り付いて、巨大なこん棒を形成した。それを地面へ叩きつけると、衝撃で天井が崩れ落ちる。
「壁を通り抜けられないなら、これでここへは来られない……。はずだけど、そう甘くはない、か」
体当たりしているようで、天井からパラパラと砂埃が落ちてきた。
両手で落石を押さえ、両足で踏ん張る。
(早く遠くへ行ってくれよ……)
ユマの足もとに転がった石の隙間からは、体当たりを繰り返す妖の姿が見えた。
一方で、イツキは第一試験の時よりも速度の落ちた足で先へ進んでいた。もどかしくなり、リョウタが声を荒げる。
「てめぇの耳はどうなってんだ!? ユマっちの言葉を忘れてんじゃねえだろうな!?」
「ちゃんと覚えてるよ。ただ、心配で……」
「んなもん、同種である俺らの方が何百倍もそうだっての!! さっさと行けよ、ほら!!」
背中を押して、先頭を行くソウジとヒロトの方へ促す。後方を走るナオトが、小さな声でリョウタに話しかけた。
「ユマは特別なんだ」
「んだよ、虫は喋るな」
「お前こそ、普段は引きこもってるくせにこういう時だけイキがるな」
第一試験での出来事をイオリから聞かされていたナオト。腹の立つ相手ではあるが、一息置いて冷静になる。
「ごめん、言い過ぎた」
「……んで、特別って?」
「イツキってさ、小さい頃に色々あっただろ。希望なんて欠片もない生活の中で、たった一つだけイツキに生きる力を与えてくれた言葉があった」
星にいる神様にお願い事をしたら、そのお願いを聞いてくれるんだって。お母さんが教えてくれたの――。今でもイツキが信じている言葉だ。
「親睦会の時に気づけばよかったんだけど、後で思い出した。あれはユマの言葉だった。当時の頃を考えてみると、彼女はわざとイツキに聞こえるように言ってたんだと思う」
リョウタ自身、イツキの噂は耳にしていた。14年前に北闇を襲った地震の根源は、青空イツキ。自分と同じ年の男の子。化け物だ、関わってはいけない。皆、そう言っていた。そして、訓練校でも、イツキは毎日のように噂されていたし、南光で開催された上級試験では国外待機を命じられていた。
噂の出所は大人たちだ。子どもはそれを聞いて育ち、イツキがやったものだと信じた。国外待機はさらに追い打ちをかけた。王家が外へ放り出すほどに警戒する人物。何もないわけがない――。リョウタはそう思っていた。
ここで、リョウタは考えた。なぜユマは王家が警戒するほどの人物に対して、あのような事を口にしたのだろうか。俯いていた顔を上向きにさせるほどの希望を与えただけではない。外に出ても全貌を拝むことができない大空を仰げ見ろと言わんばかりだ。
「とにかく、イツキにとってユマは特別なんだ。彼女のおかげで、イツキは友達が出来たし、生きていこうって思えたんだ。確かにソウジやリョウタの方が何百倍も心配しているかもしれない。でも、イツキはそれ以上だ」
リョウタはなにも答えることが出来なかった。
先頭を走る3人が、広い空間に出たところで立ち止まった。見渡すとあちらこちらに穴がある。数は10個。ここは合流地点のようだ。
壁を沿って見上げれば、高い位置に身を隠せそうなデッパリがあるのがわかる。全員、岩壁を登り始めた。




