第13話・妖の正体
足の裏を伝ってくる感情。キトは受験生の恐怖心を感じ取っていた。心地良い、このまま突っ立っていようか――、そんな誘惑が彼の心を蝕む。
それにしても、なんて強い能力だろうか。キトは相手の額に人差し指を入れて初めて記憶を覗くことができるが、ハシヒメは霧を吸わせただけで映画のように映し出すことができる。それでいて、ずっと握ることの出来ない鉄格子の中に閉じ込める。
さらにもう一つ、キトにはない技をハシヒメは持っている。
(恐怖の貯蓄……)
ハシヒメの体から発生する黄色い蒸気。キトに触れると肌が焼けるように熱くなり、その部分からは不思議な事に叫び声が聞こえてくれるではないか。これは、マオウが所持する巨大な大鎌と似ている。
マオウの能力は死人から得た恐怖でその力を発揮する。形は違うけれど、原理は同じだ。
もしハシヒメがこれまでに貯蓄してきた恐怖をここで爆発させたら――。キトの口角が吊り上がった。
「せっかく手に入れた力を完成させていないとは、勿体ないな。さてと、約束通り貴様を浄化するとしよう。……少々痛むが、まあせいぜい堪えてみせろ」
穴から這い出てきたハシヒメを足で押さえつけ、そして、
「獄道斬王無限」
キトに膜を張っていた黒霧がハシヒメを蒸気ごと捕らえる。それから、形を変えて黒くて薄い巨大な玉を形成した。
「ワタシを閉じ込めるつもり!?」
「話しを聞いていないようだな。貴様を浄化する、そう言ったはずだ」
「させない……。恨みを晴らすまでは、絶対にワタシは諦めない!!!!」
黒玉の中は無風なのに、ハシヒメの白無垢がフワフワと揺れる。
「邪魔をするなら、例え人間を憎む同志であろうとも容赦はしない!! 滅びろ!!」
黄色い蒸気が蔓延し、黒霧と混ざって毒々しい色になる。キトはさらに黒霧で玉を覆い始めた。ハシヒメが貯蓄していた恐怖の量があまりにも多かったからだ。少しでも漏れ出てしまえば受験生の精神が破壊されてしまう。
キトにとっては、例えイツキやナオトが一生を病院で過ごすことになろうがどうでもいいことだ。しかし、彼女は――、ユズキがそれを許さない。
どんどん膨れていく玉は気よりも高くなり、家一軒分くらいの大きさになった。それでもまだハシヒメの蒸気が止まる様子はない。だが、仕上がりは上出来だ。
ここからザンオウの能力が発揮される。
「やれ……」
キトが一言そう命令すると、玉の中で三日月型の光の刃が暴れ出した。突如として出現した閃光がハシヒメを切りつけ、彼女は裂けていく白無垢に絶叫する。妖のため生身が傷つくことはないのに、目玉が飛び出しそうなくらいに見開いている。
「やめてっ……、いやああああ!!!!」
キトが目を閉じた。ハシヒメの高い声に鼓動が早くなるのを感じて、鼻でゆっくりと呼吸を繰り返す。声が枯れるまで叫べ、泣け、喚け、憎め。その身を憎悪で犯し尽くせ――。
背筋を伝うハシヒメの絶叫。ゾクゾクとした感触にキトが優しく微笑んだ。
その姿を見て、ハシヒメの目から涙が零れ落ちた。次第に体が震え始め、そして玉を叩いてキトに言う。
「ごめんなさい……、ねえ、お願いよ。こんなことしないで……。助けて……」
今にも消えそうなか細い声。
なぜ笑うのか、どうしてそんなに楽しそうにしていられるのか。切り刻まれていく白無垢から露出する色白い胸元と細い足。色んな意味で少しずつ丸裸にされていく恐怖――。
それを感じ取ると、蒸気が向きを変えた。受験生を襲おうと玉の底に蓄積し待機していた蒸気が、一本の帯のようになってハシヒメの背中を直撃する。彼女の能力が、彼女自身の恐怖を感知し、宿主に相応しくないと判断したようだ。
キトが瞼を開く。
「あれが正体か」
帯がハシヒメの体を玉の中心に持ってきた。手足をだらりとさせながら白目を剥くハシヒメは、受験生と同じように自身の最大の恐怖に襲われている。
「馬鹿な女だ」
玉の中に入ると、帯がキトの存在に気がついた。真ん中から裂けて片方がキトに襲いかかる。そこへザンオウが集結し、キトの盾となって守る。
「超自然現象。これらは人々を脅かす妖怪の災いとして伝えられてきた。妖とは実体のない生き物ということだ。では、俺たちはどうやって形を得たか……。俺たちの生みの親は人間。人間の憎悪や恐怖が具現化され、俺のような生き物が誕生した。そして、器を得て実体化する」
はらりと落ちてきた白無垢の生地を手に取る。
「お前の場合はこの白無垢。アマヨメは雪。しかし、面白いのは……」
ザンオウがキトを持ち上げてハシヒメの視線と同じ高さにする。
「お前やアマヨメがもともとは人間だったという点だろう。魂が、己の憎悪によって具現化され、身近にあった最も大切な物を器とし人の姿を取り戻した。そうして力を手に入れたわけだ。ここで気づくべきだった。貴様はただの無能力な妖にすぎん。手にしたこの能力こそが、器を待ち望んでいた妖本体なのだ」
恐怖に痙攣するハシヒメの頬を撫でて、人差し指を額に刺す。
「お前の恐怖、俺が頂くとしよう」




