第10話・迷宮岩廊
「ケンタ」
「はい」
黄瀬班隊長・黄瀬ミハルは、部下である高橋ケンタの額にある傷の具合を確かめながら、彼に優しく微笑んだ。ケンタは触れそうで触れない、もどかしいミハルの手つきに肩をすくめる。
「まだ痛むわよね」
男心をくすぐるような、高すぎず低すぎずの甘い声。指先の動きに合わせてケンタの黒目が動く。
隣で見ていた大刀華レンは、フウカと一緒に班から離れた。2人共が口を固く結んで硬い表情でいる。
「ケンタ、何したんだっぴ」
「さあね。フウカがまともに試験を見させてくれなかったからね」
「だって、気になるんだもん。ニチ班のイケメンと美女。まあ、ツキヒメとカナデには敵わないけど~」
「あのさ、話しかけるなオーラ出してる奴に近づいちゃダメって、何回も言ってるよね」
「レンってさぁ、あたしとケンタのことウザイって目で見てるけど、なんだかんだで優しいよね。そんなレンが好きだっぴ」
ミハルに心を奪われて締まりのない顔をしていたケンタが、今では大量の汗を噴き出しながらミハルの殺気に堪えている。ミハルは、能面のような、ぞっとする冷笑的な薄笑いを浮かべて、ケンタのか弱い心臓に爪を立てていた。
哀れな班員を横目に、レンはフウカにため息を一つ。
「フウカの好きは聞き飽きた。誰でも好きじゃん」
「当たり前じゃん! 頑張ってるナオトも好きだし、優しいレンも好きだし、冷たいソウジも好きだっぴ。みーんな、好きだよ」
「俗にいう男好きだね。独占欲が強いのは親睦会でわかったけど、誰これ構わず告白するの、やめなよ。そのうち痛い目みるよ」
「それくらいあたしの事が好きってことでしょ?」
変なところでプラス思考なフウカに、レンは呆れた口ぶりで返す。
「かもね。そんなギスギスした愛情でいいならどうぞ食らいやがれって感じ」
「あたしにだって、本気で好きな人がいるよ。ただ振り向いてくれないから、試してみたくなるんだっぴ」
「……それってケンタ?」
「え、なんで?」
「ケンタにだけ、好きって言ったことないよね」
しかし、ケンタ気持ちは他人から見てもモロわかりだ。フウカに伝わっていないはずがない。そう思い至ったところで、本人がやって来た。
「なんで怒られたわけ? 第一試験で何かした?」
「傷のことだよ。なにを学んできたんだって……」
「ふーん。まあいいけど。そろそろ始まるから皆と合流しよう」
「賛成だっぴー!」
高さ20メートルはありそうな白い岩石に開いた、大きな洞窟。入口は太い鎖で封鎖されていて、奥には10個に枝分かれした別の穴が見て取れる。説明前に、西猛と北闇の精鋭部隊が、鎖を跨いで先に中へ入っていった。その様子に受験生の緊張感が高まる。そこで行われるのは――。
蘭が説明を始めた。
「まず始めに、建前ではありますが、第一試験突破おめでとうございます」
中には班員のために、あるいは班員との口論を避けるために試験を突破した受験生も多々いる。なので、蘭の物言いは場の雰囲気を瞬く間に悪くした。
「あんなのは試験とはいえません。随分とお優しい内容の決定に、私としては非常に残念であります。そして、たかが体力測定ごときで半数以上も落ちたとの報告は、私を退屈させるに十分なものでした。さて、挨拶はこのくらいにして、早速試験に移ります。あ、先に言っておきますね。この試験は同意書にサインを貰えた者だけが参加できる、超難関な試験となっています」
蘭が受験生の背後を指さした。テントに設置された横長のテーブルに並んで座る西猛の闇影隊が待っている。
「受付はあちらです。説明が終わりましたら各班で同意書に記入の方をよろしくお願いします。ただし、説明を理解した上で、班の実力では無理だと判断された各隊長の皆様は棄権を申し出て下さい。その時点で彼らへは失格が言い渡されます」
鎖を跨いで中に入り、数歩ほど進んで振り返る。
「ここは、我が国の先祖たちが長い年月を掛けて掘り進めた迷路のような洞窟です。波の差し引きによって今ではこんなにも大きな洞窟へと成長しました。迷宮岩廊と名付けられています。さておき、迷宮岩廊がなぜ作られたか……。ご覧の通り、我が国は海に見守られながら発展してきた大国でありますが、時に波は猛威を振るいました」
穏やかな風と泳ぎたくなるようなさざ波の音。海の恐ろしさを知らない受験生は、何を言っているんだと嘲り笑う。
蛍は構わずに言葉を紡いだ。
「その大波の威力を吸収するために掘られたのがこの洞窟というわけです。しかし、この洞窟、14年前まで出口はありませんでした。三大国を襲った大地震……。あれを機に洞窟に出口が誕生した。その場所は……」
ハルイチが扇子を開いて自身を仰ぐ。
「失われた東昇の大地。突如として現れた三角型の大絶壁の真下にある穴……。あそこですかい?」
「ご名答。西猛に繋がっていると知っていましたか?」
「いや……。あそこは入るのがやっとだ。出られる保証もないため、足を踏み入れていない」
「その通り!!」
蘭が腕を広げる。背後から湿気の含んだ風が吹き、蘭の髪を揺らした。
「人1人が這いつくばって出られるくらいの大きさしかありません。しかも、そこへ辿り着くには、まず数カ所ある難関を突破しなければならないのです。洞窟の説明はこれくらいでいいでしょう。では、ルールの説明に移行します」
ルールその1――。
5日以内に班全員で脱出すること。
ルールその2――。
配付された食料や飲み物は各自で保管。
ルールその3――。
武器の使用は許可する。
「最後に、最も重要なルール……。無理をしないこと。洞窟内の各所で精鋭部隊が待機しています。何かあれば叫んで下さい。そして、合格率ですが……」
受験生を見渡す。
「20%といったところですね。さあ、皆さん。私の予想を裏切ってみなさい。今度は退屈させないで下さいね」
受験生の視線が隊長へ向けられた。棄権はしたくないという強い意志が注がれる。一方で、各隊長は第一試験が体力測定であったことの意味を海底よりも深く感じていた。
「俺の班は棄権する。すまない……」
「――っ、隊長!?」
「お前たちにはまだ無理だ。3人中2人が合格ラインぎりぎり。そして、第二試験はたった5日しか猶予がない」
「いけます!!」
「馬鹿を言うな。西猛から東昇まで4日はかかるのに迷路を進めだと? 体力も気力も持たないだろう。それにだ、お前たちは蘭総司令官の説明を聞き流していたな。洞窟の歴史を知らずして、ここへ踏み込もうとしている愚かさが、最終的にこの決定を下すことになったんだ」
「どういう意味ですか?」
「迷宮岩廊の中にいて、外の気候がどう変わったかお前にはわかるのか? もし大波がここを直撃したらどうなるか、よく考えてみるんだ」
場が静まりかえる。そして、1人、また1人と棄権を申し出る隊長が現れ始めた。
「第一試験の時もそうだ。人は混血者の点数に期待し、混血者は人に期待していない。チームワークどころか信頼の欠片すらない我が班員が上級歩兵隊になったところで、その部下たちは間違った知識を得ていくことになる。タモン様には感謝せねばなるまい。私も含めて、一からやり直しだ」
ここが西猛の国だから余計にそう感じるのだろう。彼らは皆、国に入る前に慰霊碑の前を通っている。一団となって立ち向かったにも関わらずあれだけの死者がでたのに、基本であるチームワークや信頼関係がなければどうなるだろうか。
こうして、四大国を合わせて33班に絞られた。ここから更に8割が脱落する予想がたてられている。
同意書にサインし、1人1人に5日分の食料が手渡された。それから、10箇所ある穴で好きな場所を選択する。
「それでは、始めて下さい。健闘を祈ります」
蘭の合図と共に、受験生が一斉に洞窟の奥へと消えていった。
評価・ブクマをして下さった方、本当にありがとうございます。
そして、なかなかのスローペースで申し訳ありません!
ジワジワ派を直したい今日この頃。




