第9話・献花台の上着
西猛の国――。そこは白い岩石を削って築き上げた美しい階段状の町並みが特徴的な、大海原を一望できる絶景の国だ。頂上に、木が一本もない、黒ずんだ大地が潜んでいるなど想像もできないほどに、眼前に現れた景色が受験生の心を掴む。
朝、天気に恵まれたこの日、絶景の国に入る前。数年前までなかった慰霊碑に受験生が手を合わせる。設置された献花台には山積みとなった花束やお菓子、飲み物や衣類などが置かれている。
光影の国・ニチ班の隊員たちは誰よりも長くそこに立っていた。
(俺たちは……なんてことを……)
ゲツカと偽名を名乗っているヒスイが一筋の涙を流す。そして、おもむろに一枚の服を手に取った。黒と白を基調とした上着。広げて見れば、自分の体にぴったりと合いそうな大きさだ。同じサイズの物は他にも何枚があった。
オウガと蛍を側近の蘭に任せたコモクは、王家を先に行かせて自身はニチ班の所で歩みを止めた。
「闇影隊の中には、まだ成人に達していない子が大勢いるんだよ。親の許可で育成学科へ入学し、卒業試験に合格した時点で彼らは立派な兵士かもしれない。だけどね、兵士として戦ったのではなく、この子たちは寝込みを襲われて死んだ」
犬の双子へ腰を低くして、コモクは2人の瞳を交互に見つめた。
「話しは聞いているよ。テンリの指示だったんだろう?」
息の詰まっているハクマに代わって、コウマが答える。
「はい……」
「なぜ西猛を襲撃する必要があったのか、あんたらは知っているのかい?」
「知りません」
「そうかい」
姿勢を正して慰霊碑に向く。そして、ある勇敢な女の子の話をした。その子はとても重要な情報を持ってきてくれたとタモンから聞かされている。
「西猛が襲撃されている裏で、お前たちの仲間の誰かが月夜に侵入した。屋根裏に潜み、天野家の様子を視察。そして、外で待機していた仲間に報告し、報告を受けた方は今後の方針を決定した」
彼には存分に不幸を味わってもらった後に死んでもらう――。
「しっかりと聞いていたその子は、北闇に走りタモンへ助けを求めた。その後、西猛の次に北闇が襲撃され、同時に避難を開始していた月夜の民が襲撃された。ここで、奴の……テンリの目的が明らかとなった。テンリの狙いはナオトだ。あいつはナオトに不幸を味わってもらうためだけに、盗み聞きしていたその子をあえて逃がしていた」
そして、悲劇は訪れる。
「途中で撤退したあんたらは知らないだろうねぇ。ナオトは、目の前で8歳の女の子を殺されたんだよ。その子は……天野ウイヒメはナオトのことがとても大好きだったそうよ。そしてナオトも妹のように可愛がっていた」
コモクが振り返って、唇を噛み締めながら後悔の念を顔に浮かべる双子へ声を荒げた。
「そうさ、ウイヒメも、西猛もあんたらも、利用されただけなんだよ!! 全ては、ナオトに不幸を……たったそれだけの理由でだ!!」
コモクの平手打ちが森に鳴り響いた。頬を抑えて、ついに泣き声をあげる双子。
「なに泣いてんだい!! そんな生半可な気持ちで戦争なんか押っ始めるんじゃないよ!! あんたらだって十分苦しんだかもしれないし、まともな生活を送れなかったかもしれない!! けどね、私はっ……」
双子の声と潤んだ瞳に、コモクの涙腺がカッと熱くなる。
個人差はあるが、重度の成長は、見た目も脳もある一定の時期になると止まってしまう。双子はまだ子どもだ。この子たちは、戦争がいかなるものか、闇影隊がなにであるかを全く理解していない。
それをコモクが知ったのは、ユズキが重度の体質をタモンへ教えてからであった。
「なにも理解出来ていない子どもが犯した罪を咎めるほど、恨みの矛先を見誤る大人じゃないんだ!! いいかい、私のような人間がいるってことを忘れるんじゃないよ!」
「「ごっ……、ごべんばざいっ(ごめんなさい)……」」
膝をついて、双子を優しく抱きしめたコモクに、ヒスイはある記憶を思い起こしていた。双子の後頭部に添えられたコモクの手、優しく包み込むオーラ。何よりも重度のために滲む涙は山吹神社の神主、山吹マコトと重ね見える。
「山吹神社事件のことはユズキから聞いたよ。私も謝らなきゃいけないねぇ……」
双子を離して、また交互に瞳を見つめた。
「私があんたらの足跡など気にしていなければ、調査は行われなかった。神主のことは本当にすまない。あんたらはもっと、あの人から色んな事を学ぶべきだったのに、それを奪ってしまうキッカケを作ったのはこの私だよ。だからもう、他人を恨むんじゃないよ」
恨むなら私にしな――。重度にそれを言うのは、殺せと言っているも同じだ。コモクは嗚咽をあげる双子にはっきりと告げて立ち上がった。
「さあ、行くよ。試験の中で一番難関である、第二試験。しっかりと護衛しな。ついでに内通者を発見できれば上出来だ」
「「「了解」」」
ユズキには礼を言わなきゃいけないね――。走って行く3人の背中を追いながら、心の中でコモクはそう呟いた。




