特例任務と最弱・2
「あれって本物よ」
「月夜の姫が北闇になにしに来たんだ?」
「あの子と関わっているだなんて……。知らないのかしら?」
「よせ! 天野家は王家と交友関係にある貴族だ。滅多なことを言うんじゃない」
なるほど――、と理解したところで、2人を家の中に招いた。
2人は北闇に何をしに来たのだろうか。
着物のせいで体温が上がっているのか、2人の額には汗が滲んでいた。
「……とりあえず、どうぞ」
居間へ案内した。この際、「狭いわね」と耳をつついてきたツキヒメの声は幻聴だと思うことにする。
「ナオト、久しぶりー!」
言いながら飛びついてきたウイヒメを、そっと受け止めた。
常に半袖と半ズボンを着ていると話していたカケハシ。ウイヒメの心境に変化があったのか、桜模様の着物姿がとても可愛らしい。
「お久しぶりです。もう夏も近いのに、その格好は暑いでしょう? 俺の服で良ければお貸ししますよ。ここは人目に触れないので、楽にして下さい」
「やった! もう暑すぎて死んじゃうかと思った」
「でしょうね。すぐに持ってきます」
自室から服一式を2つ持ち出して、ついでにお茶を用意してから居間に戻った。手渡したら着替え終わるまで居間の外で待つ。ウイヒメの「もういいよー!」という元気な声で、また居間に戻る。
少しサイズが大きすぎただろうか。2人とも寝間着のような格好になってしまった。
身軽になったところで、ウイヒメは畳の上に寝そべった。
「北闇に何か用があって来たんじゃないんですか?」
寝そべりながらウイヒメが答える。
「ナオトに話したいことがあって来たんだよ」
「わ、私は妹の面倒を見るために着いて来ただけ」
他所を向きながら着物を丁寧にたたんでいるツキヒメ。前みたいに見下す様子はない。他国に来ているからだろうか。そんなツキヒメを横目にしていると、ウイヒメが机の上に封筒をいくつか置いた。あの空洞の中にあった手紙だ。
「ナオトは男の子だから、意見をもらいたくて。姉様に聞いてもちゃんと考えてくれないし」
「読んでもいいんですか?」
「いいけど、笑わないでね」
「わかりました」
差出人の名は、どれも汚い字で〝赤熊コン〟と書かれていた。男の子のようだ。封筒を一つ手に取って逆さまにすると、中からは手紙と写真がでてきた。手紙を読む前に、どんな子が送ってきた便りなのか写真から見てみる。
(まったく、どこのどいつだ。俺の許可も無しに……)
半袖のワイシャツに蝶ネクタイ。股に食い込むほど、がっつりとサスペンダーで上げた半ズボン。白いハイソックスに黒の革靴。その服すべてがはち切れんばかりの肉付きのいい、髪を七三分けでセットした男の子がそこには写っていた。笑顔がとても眩しい。
あまりにも衝撃的な写真をそっと机の上に裏返して置いた。次に手紙に目を通す。
【君の声は小鳥みたい。ピヨピヨ、ピーヨピヨ。はしゃぐ姿はまるで子犬ちゃん。また遊びに来てね。一緒にピヨピヨしよう】
鳥と犬が合体した奇妙な生き物が、一瞬、脳裏に過ぎった。
「一緒に……ピヨピヨって……」
ウイヒメと目が合った途端、俺は机を叩いて目に涙をにじませながら笑った。家ではなく、外に隠していた訳はこれかと、あの時のウイヒメの反応を思い出して腹筋が崩壊しそうだ。
「また嘘ついた!」
ひとしきり笑ったところで、俺はウイヒメに謝った。
「申し訳ございません。インパクトの強い方ですね。それで、コンって方とはどういった関係なんですか?」
「うんとねぇ……」
困ったような顔をして、いまだにそっぽ向いているツキヒメに助けを求めるような視線を送る。ツキヒメが代わって説明をしてくれた。
「一年ほど前かしら。他国へ家族で旅行に出かけた時、国の当主に挨拶へ行ったの。その時、赤熊様の息子がウイヒメに一目惚れして、それから度々こうやって手紙を送ってくるんだけど……」
後は言わなくてもわかるでしょ? とでも言いたげなツキヒメに、思わず苦笑いをした。
しかし、どうしたものか。男の意見を聞きたいがためだけにわざわざ北闇を訪れてくれたウイヒメだが、残念ながら俺には恋愛経験がない。将来の婚約者を求めて縁談に出向いているツキヒメの方が、俺よりも良いアドバイスをしてくれそうだけど、この様子だと考える事を放棄したみたいだ。
気持ちは良くわかる。
「返事はだされたんですか?」
「ううん。何を書いたらいいのかわからなくて……」
「コン様もきっと同じ気持ちなんじゃないでしょうか。表現が下手くそではありますが、なんとなく伝えたい事はわかりますよ」
鳥のさえずりのように、心が落ち着く澄んだ声をしながら、犬のように自由に走って遊び回るウイヒメ。その姿は想像できる。
ウイヒメはツキヒメと違って、天野家の先代が培ってきた信用と実績を背負い、それに恥じない行動と立ち振る舞いを心掛けてきたわけではない。自然体のままで過ごしてきた。
ということは、アピールの仕方が独特ではあるけれど、コンはありのままのウイヒメを好きになったのだ。
「それにしても不器用な方ですね。お洒落などせず、いつも着ている服装で写真を撮ったらよかったのに」
なにが面白かったのか、頬をつきながら鼻で笑ったツキヒメは、ようやく俺の方を向いた。
「コンの正装よ、あれは。私たち天野家と同じで赤熊家も和服なんだけど、コンはちょっと変わってるから。失礼にもほどがあるわ」
「もう、お姉ちゃん!」
盛大なため息が漏れた。前と違った雰囲気に騙されるところであった。変わったのはウイヒメだけで、ツキヒメはツキヒメのままだ。
「もう少し考えて喋った方がいいよ。そんな調子だと、金目当ての男ばかりが寄ってくるだろうね」
「あら。あなたは違うとでも言いたいの? お金に興味がないと?」
「闇影隊なんで。目先の金よりも、自分の命を守るので精一杯だ」
「私は別にっ」「そういえばー!」
ツキヒメが話している途中で、ウイヒメが言葉を被せた。
「ねえねえ、ナオト。また任務に行くの?」
憂いをふくんだ眉をして、喉を詰まらせるかのような声で言ったウイヒメ。きっと、ハンターと虎に襲われた時の事を思い出したんだ。
「行きます。北闇を……守らなきゃいけないので」
言葉に詰まってしまった。
今の言葉、本心かと問われればそうではない。もし、なんの情報もなく、突然の襲撃だったのなら俺はどう行動するだろうか。家の前に集っていた近所の人たちが助けを求めてきて、その声に応えるだろうか。
また輪郭のない黒い靄が胸の中で広がっていくのを感じる。
見殺しにしたい、笑ってやりたい、天罰だと罵ってやりたい。どこからか、そんな心地よい声が聞こえてくる。
「とはいっても、俺は弱いですから。ウイヒメ様も、執務室での会話を聞いていたから知っているでしょうけど、相手は大型の生き物です。国を守る以前の問題かもしれません」
大丈夫だなんて、軽々しく言えるほど大人じゃない。今、はっきりとわかった。俺には「国民を守りたい」だなんて強い意志が微塵もないのだと。あるのは、恨みと、憎しみと、殺意だ。
依頼されない限り自ら他の命を守ろうとは思えない。
「……手紙の件ですが、返事をだしてあげてください。待つ立場の話し、覚えていますか?」
「うん、覚えているよ」
「そんな思いをさせてはいけません。手紙を受け取りたくないのなら、早めに伝えるべきですし、ただ手紙の内容に困っているだけなら、正直にそう教えてあげるべきです」
すると、ウイヒメはとんでもないことを口にした。
「私、ナオトの帰りを待ってみる。父様には、北闇の当主様に連絡してもらうから、ね?」
「カケハシ様が心配します。帰らなきゃダメですよ」
「平気だよ。前みたいに勝手に国の外には出ないし、ちゃんと当主様の家でお留守番してるから。そうしなきゃ、ダメなの」
「なぜですか?」
「じゃないと、ナオトが帰って来ない気がする。さっきのナオトの顔、とっても寂しそうな顔してたから……。姉様、いいでしょ?」
「仕方ないわね」
手紙の返事を考えながら、待ってるね――。
そう言って微笑んだウイヒメは、いまだに眉を下げていた。
また着物に着替えた2人は、駕籠に揺られて当主のもとへ行ってしまった。
最後まで意地でも帰らせる気でいたのだが、「父様と北闇の当主様は幼い頃からの親友なの。だから、本当に大丈夫よ」と、ツキヒメに言われてしまい、打つ手がなくなってしまった。
こうして、悶々としながら任務に明け暮れ、時間がある日にはツキヒメとウイヒメを連れて北闇を散策しながらすごした。ツキヒメが手作り弁当を持ってきた時は心底驚かされた。焦げているし、見た目は毒々しい物であったが、味はいけた。
それから幾日か過ぎた。
昼時、久しぶりの休暇に自宅で羽を伸ばしていると、不意に激しく玄関の引き戸が叩かれた。畳の上で横になりながらヒロトと談笑していた俺は、あまりの音の大きさに飛び起きて、何事かと玄関から顔を出した。
立っていたのは伝令隊だった。緊迫した顔を見て、いよいよか――と深く息を吐き出した。ヒロトも察したようだ。
「伝令! 走流野ヒロト、走流野ナオト! 緊急召集! 至急、正門に集合せよ!!」
それだけ伝えると、伝令隊は走り去っていく。顔を見合わせ、急いで戦闘服に着替えた俺達はすぐに正門へ向かった。




