【逸話】揺れる金髪
ヒロトは、行く先を邪魔する茂みや、異様な形で成長した木の枝をはね除けながら走っている。一方で、後ろを追いかけるナオトは、それらがバネのような動きをして跳ね返ってくるのを無駄のない動きで避けている。
そうしながら、あっという間にゴール地点の試験官を捉え、タッチをすると、すぐに踵を返した。
自己暗示を弱め、今度は下り坂の勢いを借りながら下山していく。受験生には一瞬で通り過ぎていく影、あるいは残像にしか見えないほどに、2人のスピードは速すぎた。
つまり、登りよりも下りの方が、ヒロトの受ける自然からの攻撃ダメージが大きいわけだ。
かすり傷だったのがナイフで切ったかのような傷に変わる。しかし、ここでもナオトは無傷だった。
風に吹かれてなびく金髪。太陽の光を吸い込んで、より一層黄色みが増すそれを目に、ナオトは幼い頃を思い起こしていた。
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「呪われた双子がいるぞー!!」
「怒ってやんの! 母ちゃんに泣きつけば? あ、ごめん! お前らの母ちゃん、消えちゃったんだよな!」
「ぷっはぁー! ナオトが泣いてやがんの! ほらほら、お兄ちゃんがなぐさめてやれよ」
もう聞き飽きた――。そう言わんばかりに、ヒロトは片耳を指でほじった。ナオトを自身の背中に隠す事を忘れずに、絡んできた同年代の子を睨みつけている。
ナオトは、時折、視野にぼやけて見える金髪を見ていた。視力の乏しい視界でも、金髪が風で揺れているのだけはしっかりと見えている。それくらいヒロトの背中に守られてきた。
ナオトにとってヒロトはヒーローだ。
前の世界でお気に入りだった戦隊物のパジャマでいうなら、きっと大半がヒロトを赤というに違いない。けれど、ナオトにとってヒロトの立ち位置は黄色だった。
赤は、生命力・行動力・怒り・攻撃などをイメージさせる。このイメージは、第三者がヒロトに抱くものだろう。でも、家族であるナオトにとってはどれも当てはまらない。
ナオトの目に映されるヒロトは、好奇心が強くて、楽天的で、どんな時でも「大丈夫だ」と心に訴えかけてくる、希望を抱かせてくれる、そんな人。明朗快活、この言葉がしっくりくる。
「ナオト、耳塞いで目ぇ閉じてろ」
「わがっだ」
鼓膜へ届けと言わんばかりに指を突っ込んで、硬く目を閉じる。何も聞こえない、見えない。だけど、瞼の裏にはいつだって揺れる金髪がある。
暖められた両手が頬を包み込めば、ナオトの世界からいじめっ子が消えた合図だ。
「よっしゃ、帰ろうぜ」
八重歯を見せて笑う金髪。涙を拭えば、金色に輝くそれがナオトの心をゆっくりと支配していく。安寧を感じられる――。
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ヒロトを追い越したいが為に、いつの間にか受験生と同じように伸ばされていた手。ダメだ――、そう思って手を引っ込める。
後ろを追うのではなく、入隊した時点で、ナオトは隣に立つべきだったのだ。
斜めに走ってヒロトの背後から抜け出すと、すぐに自然の驚異がナオトを出迎えた。警棒で叩かれたかのような激痛が全身に走り、頬を叩いた葉っぱの群はまるで強烈なビンタだ。
「クソッ……」
鬱陶しさに苛立ちが募る。ヒロトはというと、会場にて観戦している受験生へ無邪気な笑みを送っていた。
(……やっぱ、ヒロトは黄色だな)
一方で、スタート地点にて待機している赤坂は、ただならぬ熱気に額に冷や汗を垂らしながら苦笑いをしていた。
獣が猛烈な勢いで山を下っているみたいに、激しく左右に揺れる木々。危険を察知したのか、アナウンサーが山を指さした。
「おーっと!! あれはきっと我が国が誇る戦力、走流野兄弟だ!! 一往復が完了しまーっす!!」
赤坂隊長が道を空けるよう指示を出すと、受験生が両サイドに移動したその瞬間に、間を双子が滑り込んできた。急ブレーキに姿勢が崩れて、人形を投げたような崩れ方で平坦な道を弾む。
受験生が瞬きをした時には、スタートダッシュを決めるために姿勢を低くした双子が同じラインにいた。
「あれ? 今、事故の瞬間を見たような……」
「生きてるし……」
「ちょっと格好いいし……」
双子が顔を山に向ける。そうして、同時に走り出した。
二往復目に差し掛かると、受験生が壁を成して山を登っていた。
「触れたらアウトだぞ!!」
「わかってるよ!!」
声に気づいた参加者たちの顔が次々に青ざめていく。
「嘘だろ、もう来たのかよ」
「ありゃ化けもんだ。なんで人間部門なんだよ」
「こうなりゃ邪魔するっきゃねえべ!!」
雄叫びを上げながら行く手を阻む参加者たち。ヒロトとナオトは、左右にある段重ねの岩を使って高く飛躍した。木の枝に着地すると、枝を飛んで移動しながら参加者の頭上を通過していく。
「……あれじゃ届かねえよ」
「バカ言え、最初から届いちゃいねえんだよ」
「走るわよ!! 時間がないわ!!」
無駄な時間を使ったせいで、受験生の顔に焦りが浮かぶ。その中で、誰よりも焦っているのは、高橋ケンタだ。ずり落ちてくる丸めがねは片手に握られており、もう片方の手は必死に茂みを掴んでいる。
ケンタの足は生まれたての子鹿ように震えていた。フウカの助けがない試験、こうも自分は非力だったのかと泣きべそまでかいている。
(どうしよう……どうしよう……やばいやばいやばいっ!!)
彼はダントツでビリだ。ナオトとヒロトはもちろんのこと、受験生の背中も小さくなっていく。
ふと、双子のどちらかが飛躍するのに使った岩に目が止まった。茂みから手を離して、岩にその手を置く。
「ダメだ……、それだけは絶対にやっちゃいけない……」
自分に言い聞かせながら周囲を見渡す。受験生も、監視員も、試験官も、誰もいない。
湿気を含んだ生暖かい風がケンタの肌を撫で、そのまま体内へ侵入していく。善人の心の裏に潜む、悪人の邪な心を表向きに回転させる。
「もう……時間がないんだ……。大丈夫、あいつなら……」
きっと――。




