第4話・プライドを捨てる半妖人
半妖人の試験は校庭にて行われる。
それぞれがゼッケンを受け取って、スタート地点より後方で待機した。
試験官が開始を告げる。
「名付けて、変化100m走。始めるわよ」
受験生を5名ずつ指名し、用紙を裏返して配る。時間は10秒しかない。コウマとハクマは待機組と距離を置いて観察している。
「よーい……始めっ!!」
一斉に用紙へ読み始める受験生。見るなり慌てふためく。
「なんだ、これっ」
「今何秒たった!?」
10秒とは、場合によっては長く感じる時間なのかもしれないが、この場では短すぎるもの。そう言ってハクマはくすくすと笑った。
「見ろよ、あの顔。かなり焦ってる」
「バカみたいに書かれてるんだろうね。で、どうするの?」
「キトには本気を出すなって言われてるから、八割くらいでいいんじゃない? つっても、それが一番難しいんだけどね」
そんな会話をしていると、第一走者がほぼ同時に変化した。10点を獲得した受験生は胸を撫で下ろしているが、中には怒りに狂う者もいる。特に、班員に人間がいる者の怒りは凄まじい。
「あんなの不可能だ!! できるわけねぇだろ!!」
「だいたいこの試験官はちゃんと見てるのか!? 俺のどこがおかしかったんだよ!!」
ここで点数を稼いでおかなければ――、との不安が態度に出ている。
試験官は静かに点数を書くだけで、受験生の方を見向きもしなかった。
「ばーか。できてねぇから低得点なんだろぉが。現に10点の奴もいるじゃねぇか」
「文句があるならさっさと帰りやがれ。それともなんだ、無様に追い出されたいのか?」
悔しさに顔を歪ますも、やり直しはきかない。試験官は次々に指名していった。
幸運なことに4点以下は現れなかった。点数の低い受験生が同班の仲間へ祈るなか、ついに最後の受験生が呼ばれる。
「ライマル、ハルイチ、ネネ、スイモク、キンド。前へ」
暖かい日差しに眠気を誘われているコウマの肩を、ハクマが揺すって起こす。スタート地点に並ぶと、待機時間で暇をもてあましている受験生たちが一斉に注目した。なぜなら、五桐ハルイチがそこにいるからだ。
「妹が10点で通過したんだ。俺も頑張らないとね」
「ハルイチ様なら大丈夫ですわ!! もし低得点をつけられたら、その時はこのネネが試験か」「それ以上は言うな。問題発言で失格になりかねない」「なんとお優しいっ」
扇子でネネの口を叩くハルイチと、腰をくねくねさせながら喜ぶネネ。そんな2人のやり取りに双子はどん引きである。
「いい年したオバサンが何やってんだよ。気持ち悪りぃ……」
「こんなひょろひょろした奴にイザナは手間取ったの? ボクだったら足くらい折ってやるのに」
ハルイチの扇子とネネの腰が止まる。
「私、ガキが嫌いなんですの。任務の度に足を引っ張られそうですし、何より甘えられたらたまったもんじゃありませんから」
「そう言ってやるな。彼らはチームワークってものを知らない」
「負け犬の遠吠えなら得意そうですわ」
見えない火花が飛び散った瞬間だった。
巻き込まれないようにとライマルが他所を向いていると、コモクがすかさずライマルと腕を組んだ。いたずら魂に火が付いたようだ。
「ほら、ライマル君も言ってるよ。オバサンのくせにって」
「言ってないから!!」
「あ、ボクはスイモク。よろしくね」
「よろしくできねえよ!!」
腕を振りほどこうとするライマルと、折る勢いで腕を組むコウマ。ふと、ライマルが動きを止めた。
「ん? お前」「よーい……」
試験官と声が被る。コウマは腕を離して前を向いた。
「なに?」
「いや、なんでもない」
「始めっ」
紙が手渡されると、先程まで言い合っていた5人の顔が同時に青ざめた。ズラリと書かれた犯人の特徴は30項目にもなる。受験生が怒鳴る気持ちもわからなくはない。
先に走り出したのはハルイチだった。続いてライマルが後を追いかける。
ハルイチが変化したのは小柄で小太りの男性だ。容姿はクリア。残りは髪の長さや髭の有無、身につけているアクセ類やホクロの位置など、細かい場所を試験官は一瞬で確認していく。
「……よし。五桐ハルイチ、10点。おめでとう」
「ありがとうございます」
ライマルは女性だ。体型はハルイチのものとは真逆で、高身長で痩細った体。これで容姿はクリアとなる。
あまりも簡単で覚えやすい内容に、今後の試験へやる気に満ち溢れるライマルと、ライマルの噂に興味を引かれているハルイチ。
幽霊に取り憑かれた子ども――。一度は耳にしたことのある噂だが、あまりにも信憑性がない。そのため、彼の存在はハルイチや受験生にとって盲点だった。まさか、幽霊の指す意味が半妖人だったなんて。そんな驚愕した顔ぶれがライマルを注視している。
一方で、出遅れたネネ・コウマ・ハクマはというと――。
同時にスタートを切って、並んで走行中だ。ここで、ハクマが仕掛けた。
「120、165、183、179……」
「ちょっと!?」
「邪魔しちゃいけないなんてルールはないから」
すると、どうだろう。暗記した内容に雲がさしかかる。その隙に双子は数歩前を走っていく。ネネはスピードを落とした。ゴールに立てば変化しなければならないからだ。
(仕返しってね)
ハクマがクスリと口角を上げて、試験官の前で変化した。30項目、すべて揃っている見事なまでの変化。試験官が感心の声を漏らす。
「もし10点以上があるとしたら、それは君だ。おめでとう」
あとはコウマがゴールすれば終わりだ。ハクマが振り返ると、なんと、コウマはネネと同じく立ち止まっていた。
周囲がざわつく中で、ハクマが声を荒げた。
「なにやってんだよ!! オバサンなんかに負けるな!!」
ネネとコウマが顔を見合わせて、同時に走り出した。ネネが心の中で犯人の特徴を思い起こす。
(5mmの髭を生やした12歳の女の子。身長は3mあり、チューリップのアップリケが縫い付けてある小さな鞄を持っている……。あとは、えっと……。イヤよ、絶対にイヤ)
ハルイチの待つ姿が余計にネネを焦らせる。
「もう、本当に、最悪よ……」
タモンがいないことだけがネネの救いだ。変化すると、ハルイチの手からぽろりと扇子が落ちたのだった。
男の振りをしていても、コウマもまた女だ。護衛対象であるライマルをキッと睨みつけながら、半べそになっている。コウマは、今ここで、生まれて初めてプライドを捨てた。
「な、なんだよ。俺ってば何かした?」
「ボクはお前のためにやるんだからな!! 忘れるな!!」
試験官の前からコウマが消える。試験官の手元には答えがあるので、試験官は立ち上がって足もとを確認した。そして、特徴を読み上げる。
「四足歩行で透明に近い産毛を纏っている。鼻は丸くて、目はつぶら。肌色は薄ピンクで、体重は50kgほど。尚、頭には黄色いリボンを着用し、服の背中には円が描かれ、そのなかには〝糞〟の一文字がある……。あとは……」
ハクマが絶句する。ネネが悲鳴をあげる。ライマルの顔が引きつる。ハルイチが笑いを噛み殺す。
「お見事!! 完璧なブタちゃんだ。スイモク、10点」
大衆の面前に晒されたコウマが、この場から逃走したのは言うまでもない。




