【逸話】親子の探り合い
【王家】
「タモン様、それに桜総司令官……。来られるなら前もってご連絡下さい」
「必要か? 我が家に帰ってきただけだろ」
「そうですが……」
「なんだ、蛍。ちっとも嬉しくなさそうじゃねえか」
「気のせいです。ほら……」
蛍が真っ赤な面を外し、口布を下ろした。長い間、陽を浴びていないのか、肌は抜けるように白い。
薄桃色の軟らかそうな唇に弧を描いて、蛍はタモンに深く頭を下げた。真っ直ぐとした背中を腰へたどっていくと、職人が手がけたかのような美しいくびれが見て取れる。
南光・精鋭部隊総司令官・蛍。その人は女性だ。
「笑えてないぞ」
「疲れているのかもしれません」
「みたいだな。精鋭部隊ならば正装で歩け。それだと襲ってくれと言っているようなもんだ」
黒と赤を基調とするミリタリージャケットに、黒いミリタリーズボン、赤いブーツに赤い面。胸当てと背当て、手甲を装着すれば正装の完成だ。
南光の精鋭部隊はこのような格好でいるのに、首から下の服をどこかに置いてきた蛍。彼女が着ているのは、白いキャミソールに太ももまでのスパッツだ。
玄帝の羽織りを脱ぎ、蛍の頭に被せる。
「着替えたら返せ」
「申し訳ありません」
「んで、親父はどこにいる」
「玉座の間におります」
言われた通り、オウガは玉座に鎮座していた。一点に天井を見つめながら、心ここにあらずといった様子だ。
タモンは笑いを噛み殺した。
「失礼ですよ、タモン様」
「すまねえ。よっぽど悔しかったんだろうと思うと、面白くてな。そういう意味では、蛍の格好も傑作だ」
「女性には特に礼儀を払ってほしいものです。何度婚期を逃すおつもりですか」
「ばーか。他に興味がねえから言えるんだ」
「……?」
颯爽とオウガのもとへ歩いていくタモン。足音に黒目だけを動かして確認するオウガ。姿勢は崩さず、また天井を仰ぐ。
「久しぶりよのお、タモン」
「せっかく遊びに来てやったのに、元気なさそうだな」
「見ての通りだ。日を改めてくれ」
抑えていた笑いをタモンは盛大に玉座へ放った。涙目になる我が子にオウガも姿勢を整える。
「何がおかしい……」
「〝年相応〟じゃねえか。なあ、親父」
含みのある言い方にオウガの目が据わる。そして、オウガが何か言おうとしたところで、タモンは桜の方を向いた。
「報告しろ」
「御意」
桜がタモンよりも一歩前へ出る。
「我が国から脱走したユズキという女の動向が判明いたしました。彼女は、北闇を襲撃する気でいます」
「何故、そのようなことを……」
「ここ最近は行方を眩ませていましたが、数日の間に、〝奇妙な生き物〟を連れて木壁付近に現れています。気配やニオイがないため捕獲には至りませんでしたが、彼女はタモン様を恨んでいる」
着替えてきた蛍が合流した。タモンに羽織を返してオウガの側に立つ。
「恨んでいるとは、どういう意味だ」
「詳しくはわかりません。ただ、北闇を脱走する前に、オウガ様の息子だからとの言葉を残しています」
「ほお……。それで、奇妙な生き物とはどういった生き物だ?」
「桜色の髪の毛だったと聞いております」
食らいつけ――。タモンの瞳孔がそう気持ちを表す。
「グリードの件もある。俺としてはこれ以上の新種はごめんだ。北闇に来るなら来るで始末したい」
「だが、いつ襲撃されるかわからんだろう」
「誘き出せばいいじゃねえか。それともなんだ、そっちで捕獲してくれんのか?」
「それにはまず、彼女の恨みをこちらへ向けさせることから始めねばなるまい」
「じゃあ、俺のやりたいようにやらせてもらう」
「任せよう。それで、どう出る?」
桜が一歩下がり、タモンとオウガの一対一の空間を作る。
「上級試験を利用する。例年通り南光で開催するのではなく、北闇で開催したい。ユズキは必ず引っ掛かる。ついでに新種にも消えてもらう」
「それだけの戦力があるのか?」
「親父に手柄を譲ろうと思っていたんだが……」
これには蛍が食いついた。
「追い詰めるだけ追い詰めて、後は我が部隊に丸投げするということですか?」
「北闇で開催すれば、西猛と東昇からは国民の観衆も押し寄せる。そこで王家の手によって脱走兵が捕まれば、世の平和を維持していく王家の方針も示せる。こちらとしては、彼女を追い出せればそれでいい」
事情を把握しているからか、蛍はしばし悩んだ。
というのは、ユズキがいるということは、そこには重度もいるということだからだ。しかし、なぜユズキが威支に身を置いたのか、その真相を知られるのだけは非常にまずい。つまりは、王家としては、奪われた生き物も取り返したいところではあるけれど、何よりもタモンとユズキの接触を避けたい。これが本音だ。
一方で、オウガはその先を読んでいた。
「タモンよ、白々しいぞ」
「なにがだ?」
「ユズキは北闇を訪問しているはずだ。王家の情報網を甘くみるでない」
食いついた――。タモンが顎を上げてオウガを舐めた姿勢で見つめる。ユズキは兎愛隊の存在がオウガに知れていることを忠告している。そして、地下の奥深くに幽閉していたあの生き物を取り返したいこともわかっている。
「なあ、蛍。親父にみっちりと叱られたんだろう? ユズキを取り逃がしたんだからな」
「――っ……」
「そりゃ落ち込むのも仕方ねえ」
羽織を着てオウガへ背中を向ける。
「親父が深読みしているよりも、事は単純だ。ユズキが襲撃してくるのは事実だ」
タモンが歩き出す。桜はまだオウガへ向いている。
「確かにユズキは何度か北闇へ来ている。わざわざ俺に宣戦布告するためにな。だから、手を貸せ。話しは以上だ」
扉が閉まると、桜はオウガへ頭を下げた。
「タモン様の無礼をお許し下さい。彼女のしつこさに疲れておられます」
「なぜあいつは手を打たない」
「貴方のためです。彼女は威支に身を置いた。裏切り者を処分するのは、王家の役目では?」
「まさしく、その通りだ」
❖
桜が早足でタモンを追うと、門前で国帝らしからぬヤンキー座りでいる玄帝を発見した。玄帝を前にして緊張を隠せないでいる門番を相手に遊んでいる。
「まったく……。今日だけで何度謝って歩いたとお思いですか?」
2人揃って正門へ歩き始めると、門番の盛大なため息が聞こえてきた。
木々に囲まれた閑静な一本道を歩きながらタモンは手応えを感じていた。
「あれでわかったな。ユズキをネタに内通者の存在を確かめていたとは思いもしまい」
「ええ。テンリとオウガ様はグルのようですね。しかし、誰でしょうか」
「種族にこだわっている様子は見られない。誰でもあり得る」
「ですね。さて、オウガ様は乗るでしょうか」
「伝令隊が来るだろう。建設は続行だ」
「了解いたしました」
タモンの予想通り、南光の伝令隊が送られたのは訪問から3日後のことであった。
人間ではなく、わざわざ混血者を走らせたあたり、よほど乗り気でいるようにみえる。
「オウガ様より、伝令!!」
「はいはい」
「今年度の上級試験は北闇にて開催する!! 王家もご覧になるとのことだ!!」
「りょーかい。ご苦労さん」
伝令隊が出て行くと、タモンは扉を睨みつけたまま腕を組んだ。
「いよいよ、か……」
死者を大量に出すような試験はやらないにしても、観衆の数は史上最多となるだろう。果たして、ユズキはその中でどんなパフォーマンスをしてくれるのか。
初の試みに、タモンは不安と期待を隠しきれないでいるのだった。




