特例任務と最弱・1
月夜での任務から数ヶ月がすぎた頃。
護衛任務が早々に終わり、正門にて解散した直後のことだった。
家路の途中で伝令隊のニスケに呼び止められた。「ど偉い方々が呼んでいるぞ。すぐ執務室へ行け」と、それだけ伝えて忙しなく去って行った。
それは、ユズキも一緒にいる時の伝達で、ニスケは明らかに俺へ伝えていたのに、「誰とは言っていない。僕も行く」と着いてきている。
本部の前まで行くと、そこには小さな駕籠が一台と、金箔で装飾された大きな駕籠が一台あった。付近には、青島隊長のような体格の男性が4人と、目の部分がくりぬかれた真っ赤な面をつけた、なにやら怪しい人物が数人立っていた。
軽く会釈して通り過ぎ、不撓不屈の文字が彫られた大きな扉の前で立ち止まる。一声かけて中に入ろうとすると、ユズキは無言で扉を開けた。
ここまでは良かった。問題なのは、執務室にいる人物だ。
タモン様の他に知った顔と知らない顔がいた。知った顔とは、ツキヒメとウイヒメだ。そして、知らない顔。そいつが振り返った瞬間、自分の目を疑った。
教科書でしか見たことのない、この世界の〝王〟がいたからだ。
その名を、皇帝・オウガ――。
そもそも、闇影隊は王家にのみ存在する組織だった。大昔から三種を相手に先駆けで戦ってきた、王家。子どもに読み聞かせる昔話だったり、歴史の教科書に記載されるなど色んな形で語り継がれている。それくらい闇影隊の歴史は古くからある。その現皇帝が目の前にいるのだ。
思考が滅茶苦茶になって、色んな疑問が一度に押し寄せてくる。彼と目が合うと、勝手に背筋が伸びた。
年齢を感じさせない綺麗な姿勢に落ち着きのある態度。眼光は鋭く、権威ある眼差しに息苦しさすら感じる。なにより目立つのは古びた金の甲冑だ。先代から次の王へ受け継がれてきた、王家の頂点に立つ者だけが身につけることを許される、王の証。
(本物だ……)
飲み込んだ息が音を立てて喉を通っていく。
そんな俺とは打って変わり、ここに空気を読めない者がいる。
「誰だ、この老人は」
こんな失礼な発言を軽々と口にしたのは言わずもがなユズキだ。
「先生が授業で話してたじゃないかっ。この人がオウガ様だっ」
そう小声で言うも、ユズキは全く興味がなさそうであった。
そんな彼女に代わって慌てて頭を下げた。見た目とは違って、無邪気な少年のような笑顔でオウガ様は豪快に笑った。その顔にこちらの肩の力が抜ける。
「よいよい! 私はあまり外に出ない故、顔を知らぬ者も多いだろう」
タモン様が口を開いた。
「オウガ様、こちらが前に話した2人です」
「ふむ……」
返事をして、オウガ様が俺の前髪を片手で横に流した。薄紫色の瞳が晒されると、食い入るように観察される。そうしながら、重度について尋ねられた。
「北闇の住民になりすまし、老人に化けたあやつを、お主はどう思った?」
タモン様が王家に呼び出されたのは、この件でだったのかと、頭の隅でそう考える。
「俺にはただの人にしか見えなかったので、ただただ怖かったです」
思い出して、身体が勝手に身震いをした。ただでさえこの瞳のせいで命を狙われるかもしれないのに、重度にも狙われているだなんて。いったい、どれだけの人数で、どんな者が俺やユズキを追ってくるんだろう。得体の知れない相手なだけに、想像するだけで余計な不安を駆り立てられる。
「お主らの命は王家が守る。狙われている理由がなんにせよ、重度は放っておけぬ存在だ。妖化の進行があるようだしのう。早急に手を打たねばなるまい」
「それを伝えに、わざわざ北闇まで来てくれたんですか?」
「その通りだ。タモンから下級歩兵隊が国を救ったと聞いて、居ても立ってもいられなくなったのだ。遅くなったが、未来を担う精鋭の顔を拝んでおきたかった」
ここで、外で待っていた赤い面の怪しい奴が執務室に入ってきた。
「オウガ様、そろそろお時間が……。東昇の混血者が待っております」
「ふむ。では、去る前にタモンよ」
「はい」
「一つ、頼まれてくれないか?」
「王家からの依頼ということですか?」
オウガ様が頷くと、代わって説明したのは赤い面の者だった。
「昨今、各地で巨大な生き物が頻繁に目撃されています。そのうちの二体は、北闇の隣国、東昇の国で発見されました。一体の討伐には成功したものの、十小隊のうち六小隊が全滅するほどの被害がでており、取り逃がしたもう一体は北闇の領土に逃げ込んだ可能性があると報告を受けています。尚且つ、2人を襲った男の一件もあります。王家は、何らかの繋がりがあるとみて捜査を進めています」
「……依頼内容は、重度の討伐か?」
「ええ。まだ確定したわけではありませんが、重度とみて間違いはないでしょう。報告によると、取り逃がしたのは獣。その体長は十数メートルとありましたから」
突然、タモン様が勢いよく立ち上がった。その衝動で椅子が音を立てて揺れる。
「なんだ、その大きさは!?」
「おそらく、獣化が進むにつれて変異しているのかと思われます。何十年も前に発見された重度は、まだなんの進行もありませんでしたが、開闢以来だと騒ぎになりました。それを最後に目撃はされていません。しかし、ここ最近は頻繁に姿を現しています。その全てが進行のある重度です。より情報を得るため、捕獲できればいいのですが……。もはや、騒ぎで済むレベルではありません」
最悪なことに、重度は各国へ向かいながら近隣の村や小国を襲っているそうだ。
オウガ様は、「先ず以て、私が北闇へ来た理由がわかったろう?」と、タモン様に言った。
その理由は俺にだってわかる。北闇は近隣に村などない。というのも、国の六割が森林だからだ。ハンターが潜んでいる場所も多く、獣の住処もあちらこちらにあるため、その危険性から村がないのだ。つまり、重度は一直線にここを攻めてくる事になる。
「取り逃がした一体は深手を負っているそうだ。すぐには動かんだろうが、手を打つのならば今しかあるまい。事は急ぐ。なにやら嫌な予感がする」
「わかりました。隊の編成をし、捜索及び討伐に向かわせます」
「可能であるならば、捕獲せい。北闇には優秀な人材が多い。期待しておるぞ」
「御意」
こうして、オウガ様は東昇という国へ向けて出発した。タモン様やユズキと金箔の駕籠を見送る。皇帝に会えた貴重な時間の余韻にひたるなか、執務室には戻らずにその場で話しの続きに入った。
「ナオト、ユズキ。わかっているな?」
赤い面の言う通りならば、俺たちは否応なしに囮になるしかない。
「ですが、青島班の編成はどうなるんですか?」
「いくら深手を負っているとはいえ、相手は化け物級だからな。もう悩んでいる時間はない」
そう言って、ユズキの方を向いて話す。
「あいつを班に入れる」
すると、ユズキの表情が険しくなった。
「青島班だけなら安心できるが、今回は大人数だ。隊全体が荒れるぞ?」
「そうも言ってられなくなる。あいつには酷だが、今回ばかりは堪えてもらうしかない。面倒を頼む」
「僕は親じゃない。何度言わせるつもりだ。この愚か者」
いったい、なんの話しをしているのだろうか。
話しについていけていない俺に、ユズキは「同居人のことだ」と言った。どうやら、ユズキを住まわせてくれている人が青島班に加わるらしい。聞いている限りではあるけれど、なんだか妙な関係性を感じずにはいられない。
タモン様は、部隊長を召集して会議を開くとのことで本部へ戻っていった。ユズキは、「面倒な事は嫌いだ」とぼやきながら自宅へと歩みを進めていった。同居人に説明してくるらしい。
俺はというと、緊張から解放されて急に襲ってきた疲労を抱えながら家の前まで帰って来た。それから、玄関の前で立ち尽くし、家の前にできた人集りをどうしたものかと悩んでいる最中だ。
(いつもは近寄りもしないくせに……)
珍しい物を見物しているかのような眼差しをしながら、近所の人たちが好き放題に会話を繰り広げている。
すっかり忘れていたが、ツキヒメとウイヒメがいるのだ。




