【逸話】ヨウヒ・2
一歩進むたびに、お母さんに着いてきた虫たちがボタリと落ちていく。村を出た頃には、ほとんど虫はいなかった。
それから、どこをどう歩いたのかは覚えていない。あたしは誰かにぶつかって、ようやく歩く事をやめた。目の前には、あたしと同じように、人間とは違う肌をした男が立っていた。
「能力を解くんだ。このままでは、獣化が進行するぞ」
「だれ……?」
「いいから、早く」
目に包帯を巻いているのに、男があたしの頭を見ていると気がついた。いつの間にか、あたしは自分の髪の毛で体を覆っていた。お母さんにやった時と同じように、痛みを誤魔化そうとしていた。
けれど、お母さんは教えてくれた。
「痛みを誤魔化したって、意味ないもんねっ……」
「ちゃんと分かっているじゃないか」
男は、あたしからお母さんを奪って歩き出した。その男こそが、トウヤ。あたしに居場所を与えてくれた恩人。
トウヤはお母さんの体を燃やして灰にした。それを石碑の周りにある土へこねていく。
「ここはどこ?」
「この世界で、最も空に近い場所だ。俺たちは鳥のような自由こそないが、空に一番近い場所に立つことくらいならできる」
「それに何の意味があるの?」
「本当に天国が存在するならば、誰よりも近くで大切な人に会いたいだろう?」
「……愛?」
「ああ。これも愛情の一つかもしれん」
そう言って、あたしの頭を撫でてくれたトウヤの手はとても冷たかった。
威支は、トウヤとマヤが作った組織。イザナ、あたし、バコク、シュエン、ヒスイ、コウマとハクマときて、最後に入ってきたのがチョウゴ。彼はあたしが欲している物を持っていた。それは、翼。
「空に?」
「うん、出来るだけ高く飛びたいの」
「いいよ、行こっか」
丘から飛び立って、チョウゴは旋回しながら空を目指した。嗅いだことのないニオイ、風、日差し。どれも、自由を手にした者だけが与えられるものに感じた。壁もない、人間もいない、何も聞こえない。空はまさしく自由だ。
あたしは精一杯手を伸ばした。伸ばしても、伸ばしても、空へ手は届かなかった。
チョウゴの背に立って、思いっきりジャンプした。それでも手は届かない。空中に自分の涙の水滴を見ながら、あたしは落下した。お母さんに突き落とされた気分だった。
「何をしてるんだ!!」
「ごめん……」
拾ってくれたチョウゴに謝っても、涙は止まらない。
「あたしも羽が欲しかったなぁ……。そしたら、お母さんに会えたかもしれないのに」
「飛べなくたって、大地を駆け抜ける四肢があるじゃないか。それは、俺にはない物だよ」
「こんなもの、ちっとも役に立たないわ。土も、川も、森も、感触なんて意味ないの。それに比べて空は自由じゃない」
「確かに空は自由かもしれない。その代わり、なんにもないよ」
丘に着地して、チョウゴはあたしにもう一度言った。
「いいかい、何もないんだ。それは自由と言えるのかな?」
チョウゴの鋭いかぎ爪で心臓を鷲掴みされたような感覚がした。
「それでも、空が自由と感じるなら、ここから飛び降りればいい。もしかすると、お母さんに会えるかもしれない」
そう言って、大海原を指さす。
「ほら、行くんだ……」
チョウゴの声に誘われる。飛べるかもしれないって、そんな気がしてくる。
そんなあたしを呼び止めたのはトウヤだった。双子とヒスイが喧嘩して怪我をしちゃったからって、遠くから声を投げられた。
「またー? まったく、もう……。行こう、チョウゴ」
「…………うん」
❖
共鳴が終わって、トウヤの肩に顔を埋めながら笑う。
なによ、最初からあたしを殺そうとしていたんじゃない。
「最低よ……」
きっと、空へ羽ばたいて逃げたんだろうね。そこに、自由なんてないのに――。
本当に、お馬鹿さん。




