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【逸話】ヨウヒ・1

 南光と力道の間にある小さな村。あたしはそこで誕生した。きっと、先代はとても長生きをしたのね。あたしが生まれた時、人間は化け物を見るような目つきで私を見下ろしていた。


 お母さんと私は納屋に閉じ込められた。裂けた腹を毛布でくるみながら、お母さんはずっと外へ叫んでいたわ。




「お願い、出してちょうだい!! こんな化け物と2人にしないで!!」




 数年おきに重度が誕生していたなら、きっと彼らの対処法も違っていたのかもしれない。唯一、納屋に光を与えてくれる小窓だけが、お母さんの食事を提供する場所だった。


 お母さんは必死にパンに食らいついた。あたしもお腹がすいちゃって、お母さんのお乳に必死に手を伸ばした。


 パンが手から滑り落ちる。お母さんは声を押し殺して泣いた。




「ごめんね、ごめんねぇ……」




 あたしが初めて飲んだ母乳は、少しだけしょっぱっかった。


 納屋に閉じ込められて3日目、あたしは2歳になった。5日目には3歳、1週間後には8歳にまで成長した。その時、能力が開花した。自由自在に動く髪の毛は、陽の光を浴びると星よりも美しく輝いた。


 けれど、お母さんにはもう褒める力さえ残っていなかった。




「お願い……、私を殺して……」




 意味がわからなくて、あたしはただお母さんに集る虫を一匹ずつ叩いて遊んでいた。次の日、お母さんはまた同じ事を頼んできた。




「お願いだから……、私を殺してちょうだい……。虫に食われながら死ぬなんてイヤよ……。せめて、あなたが私を楽にして……」




 すると、髪の毛がお母さんの体をぷつぷつと刺していった。痛みはないみたいだけど、お母さんは体をよじらせて逃げようとしていたっけ。


 しばらくすると、お母さんの顔から〝歪み〟が消えた。




「なによ、これ……。あなた何をしたの?」

「いたいのいたいの飛んでいけー!!」

「――っ、ダメよ!! 痛みを誤魔化したって意味はないの!!」




 今なら理解できるわ。あたしは痛みを消しただけで傷口を縫ったわけじゃないの。当然、効力がきれた頃にまた激痛に襲われる。あたしは、お母さんを癒やしたんじゃなくて、地獄へ突き落としてしまった。けれど、あの頃のあたしには一つも理解出来ていなかった。


 ただ、痛みに耐える顔が消えて、一瞬でも優しい顔になってくれたのが嬉しかっただけ。それだけで、あたしはお母さんの言葉に耳を傾けず、何度も痛みを誤魔化し続けた。




「もうやめてっ……。殺して!! 殺してよ!!」

「どうして??」

「こんなの拷問じゃない!!」

「拷問ってなーに?」

「――っ、いいから殺しなさい!! あなたのその角でお母さんの喉を切り裂くのよ!!」

「ヤダよ。せっかく綺麗な角なのに、汚れちゃう」




 お母さんは絶望の眼差しをあたしに向けていた。「誰も私を殺してくれないのね」、そう言って、死ぬ気力すら失っていった。


 15歳になった頃、叩いても叩いても、お母さんの周りを飛ぶ虫が減らなくなってきた。この頃には、殺すことが何を意味するのか、なんとなく理解できていた。




「ころ……して……」

「イヤ!! お願い、あたしをこんな所に1人にしないでっ……」

「こ……ろ……」

「側にいてくれなきゃダメ!! お母さんしかあたしを愛してくれる人はいないんだよ!?」

「愛……?」



 

 納屋の扉をボーッと見つめていたお母さんの黒目が、ぐりんとあたしに向いた。




「愛しているわけないでしょう……」




 バリン――と、あたし中で何かが壊れる音が聞こえた。




「もっと早く、お母さんを殺してくれていたら、こんなに憎むこともなかったのに……。本当にお馬鹿さんね……」




 アヒャッ、アヒャヒャ。ヨダレを垂らしながら笑う。




「殺すよ、殺してあげるから!! だから、そんなこと言わないでっ……」




 お母さんが望んだ通り、角で喉を引き裂いた。納屋が赤く染まっていく。息絶える直前、お母さんはこう言った。




「もう……遅い……」




 お母さんは目を開きながら死んだ。


 小窓から外へ吹き飛んだ血に驚いたのか、納屋の扉が開いた。惨状に恐怖し動けなくなった村人たちは、絶句し、嘔吐し、叫び、逃げた。




「お母さん、行こう……」




 ヘタロウのように痩せ細ったお母さんを、お姫様抱っこで運び出す。お母さんはとても軽かった。――軽すぎた。


 扉から出る前に納屋を振り返ると、お母さんの下半身だけが取り残されていた。あたしが抱いていたのは上半身だけだったの。




「おがあざんっ……」




 生まれて初めて涙を流した。喉が痛くて、鼻の奥がツンとして、目が熱くて――。毛布の中は虫だらけだった。あたしは、お母さんが望んでいなかった死に方をさせてしまったの。


 しかも、それはあたしが生まれた時に裂けた深い傷跡からのものだった。

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