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第16話・重度の安定剤

 危険を察知したのだろう。僕とイザナが帰らなかった時点で、チョウゴは隠れ家から姿を消していた。メンバーによると、こんな真夜中に突然外へと飛び出して行ったらしい。


 ハルイチの隣に潜んでいた裏切り者。そいつの返り血を浴びた僕とイザナは、そのままの状態で経緯を説明した。もちろん、メンバーの誰もが絶句している。なかでも、ヨウヒは泣いてしまうほどにショックを隠しきれないでいた。


 彼女が自由を好むようになったのは、大空へ羽ばたくチョウゴが影響していた。それだけに、受けた傷はとても深い。


 部屋を去ったヨウヒを追うトウヤ。彼を止めて、同じ女である僕が後を追いかけた。外に出るのかと思いきや、ヨウヒはヘタロウのいる部屋へ入っていく。僕は、壁に背をついて入口から盗み見るように彼女の様子を伺った。


 彼女のきめ細かい繊維のような髪の毛がふわりふわりと宙を漂う。




(ヘタロウの治療に戻るのか……)




 と、思いきや、自分の体に突き刺したではないか。蚕の繭のように包まれて、羽化するみたいに出てきた。先程とは打って変わる表情。涙も、悲痛に満ちていた顔も、全部消えている。思わず部屋へ入ってしまった。




「その方法じゃダメだ」




 母親が死んだ時も、今のように感情を操作したのだろうか。




「誤魔化したところで意味はない」

「何も知らないくせに、知ったような口を利かないで!!」

「……わかるから、困ってるんだ」




 長いまつげに隠れる瞳が僕を睨みつける。




「なによ……。あんたの大切な人はみんな側にいる!! ナオトだって、イツキだって、キトだって、生きてるじゃない!!」




 心配で後を着いてきた犬の双子がこっそりと顔を覗かせた。その後ろには、他のメンバーもいる。




「ヨウヒ、来るんだ」




 トウヤに呼ばれて彼女は重たい足を引きずるように部屋を出て行った。


 連れてこられたのは、ヒスイと犬の双子が大喧嘩となった丘だ。辿り着くには、若い人間でも息を切らすほどの急勾配な坂を登らなければならない。その向こう側には大海原を拝むことができる。


 トウヤは、真っ二つに割れた墓の前で立ち止まった。




「覚えてるか? お前を保護したとき、隠れ家ではなく、まずここへ来た」

「ええ。世界で一番空に近い場所……」




 そう言って、虚ろな目で夜空を仰ぐ。残念なことに、黒い雲が星を隠している。ヨウヒの頬にぽたりと雨が落ちてきた。


 どす黒い雲なのに、なんて優しい雨だろう。細かな水滴が降り注ぐ。




「あたしがすぐに殺してあげなかったことを、お母さんまだ怒っているのかも」




 両手を重ねてお椀を作ると、雨を手中に集めた。




「あんなに叫んでたのに……」




 トウヤはそっとヨウヒを抱きしめた。なんだかとても不思議な光景だ。蛇が羊を慰めている。僕は、弱肉強食の間にそびえ立つ壁が壊れた瞬間を目の辺りにしている。


 バコクが話していた。


 トウヤの体は冷たくて、炎上した精神を落ち着かせるにはちょうどいい温度だった、と。きっと、バコクと同じように、ヨウヒも素直な気持ちを取り戻しているのだろう。ヨウヒの瞳から大粒の涙が溢れ出た。




「どうしてなの……。チョウゴは……あたしに自由を教えてくれたのにっ……。飛べなくたって、大地を駆け抜ける四肢があるって言ってくれたのにっ……。どうして折るようなことをしたのよ!!」




 まだ共鳴も始まっていないのに、ヨウヒとチョウゴの親しい姿が脳裏に浮かんでいた。


 いつものように自由な発言で相手を困らせるヨウヒと、それを笑って受け止めるチョウゴの姿。




「こんなあたしを、威支の他に誰が受け入れてくれたのよ!! あたしだって、普通の女の子に生まれたかった!! 角も、毛も、能力も、なにもいらないからっ……、普通に過ごしたかったのにっ……。せっかく居場所を見つけたのにっ……。どうして壊すのよ!!」

「壊されてなどいない。大丈夫だ、ヨウヒ。大丈夫……。俺も、イザナも、双子も、みんな側にいる。誰1人としてお前の側を離れやしない」

「もういやよっ……。あんな思いをするのは絶対にイヤ!! ヤダよ、トウヤッ……」




 この時、僕は初めてトウヤの存在感の強さを知った。


 これまで見た共鳴で、重度がまともに生きてこられなかった事は嫌でも理解した。彼らは皆、苦難を乗り越えた後にトウヤに保護され、心の傷を癒やしてもらっている。そして、依存している。


 重度の安定剤は、間違いなくトウヤだ。


 トウヤがヨウヒの涙を親指で拭うと、2人を中心に光が放たれた。――共鳴だ。

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