第15話・内通者
役目を終えたイザナが、箱を注視したまま歩み寄る。
「ユズキよ、まさかこの小僧は、トウヤとテンリの進入を阻止した精鋭部隊の者か?」
心臓が痛いくらいに跳ね上がった。
「ま、まっさかー……」
「お主は嘘が下手なようだ」
「ちちち違う!! イツキじゃないぞ、絶対に!!」
「手遅れよのう……」
特に意味はないけれど、牢鎖境をイザナに見せてはいけない気がして、届きもしないのに両腕を上げながら目を隠そうと飛び跳ねた。最中、ある記憶が僕の動きを止める。
「…………今、テンリと言ったのか?」
「ああ、そうだ」
「なぜだ?」
「ナオトが隠れ家に来たとき、その帰り道で接触したテンリが自ら名乗っている。そうキトが報告していたではないか」
「確かに……」
「よって、お主はわしらと手を組んでいたのがテンリだと知っている。そうだろう?」
「うん、そうだ。だけど、僕はもっと前から知っているような気がして……」
なぜだ。どうして今この瞬間に、チョウゴの姿が頭を過ぎったんだ。なぜ、トウヤとテンリと聞いて、関係のないチョウゴに細胞が激しく動き回るんだ――。
「顔色がわるいぞ……」
ごくりと、生唾を飲み込む。
チョウゴの言葉が聞こえてくる。これは確か、威支に加入する前で、マヤが死んだ直後に月夜の惨殺事件のことを教えてくれた時のものだ。
――「北闇と月夜……。どうやら別の作戦もあったみたいだ。北闇は囮で、本来の目的は走流野家の息子だ。てっきりマヤだと思っていた……」――
さらに、メンバー入りした後、あいつは空を飛びながらこう言った。
――「もう1人の方と共鳴した可能性もある。トウヤはまた作戦を練り直した。その時に接触してきたのが神霊湖でナオト君を襲った犯人だ。月夜の件も奴の案らしい」――
ここで、イザナに確認する。
「神霊湖でナオトを襲ったのは、犬の双子と誰だった?」
「マヤだ」
「テンリと手を組んでいたのは、メンバーも……」
「一団になってナオトを始末する気でいたんだぞ。当然、知っている」
ああ、やはりそうか。キトが報告したとき、その場にはシュエンもいた。だけどあいつは、初めて耳にするはずの名前になんの反応もしなかった。ところが、チョウゴは、裏で手を組んでいる者の存在はトウヤとイザナの間でしか知らないことだと僕に話しているのだ。
イザナは、俯きがちな僕の顔を両手で包み込み、自身の方へ向かせた。それでも、イザナの顔がチョウゴに見えるくらいに、あいつの存在が色濃く浮かび上がる。
「僕は、チョウゴからこう聞かされている。神霊湖でナオトを襲ったのはテンリだ、と。この情報は、お前とトウヤの話しを盗み聞きして手に入れた物……のはずだった」
けれど、この瞬間まで、イザナはマヤが襲ったと思い込んでいた。つまり、チョウゴは、最初から僕のことを騙していた。すると、どうだろう。一つ分かると、芋づる式に溢れてくる。
(あれはそういう意味だったのか……)
――「今はただ、支障が出る者を片付けているってだけさ。討伐対象に君達が含まれているというだけで、それは小さな任務にすぎない」――
――「君の言葉を借りるなら、人の人生を狂わせてまで成し遂げたいんだよ。彼らは絶対に諦めない……」――
丸ごとイザナへ説明した。彼が首を傾げたのは、討伐対象という言葉だ。
「ナオトの始末は任務ではない。わしらはそのような概念で動かない。なぜなら、決めるときも、動くときも、全員で行うからだ。なぜチョウゴは任務などと……」
「初めから、威支ではなく、自分のことを話していたからだ」
僕は上手いこと手の平で転がされていたというわけだ。それは、他のメンバーも同じだ。
僕の推測が正しければ、おそらくチョウゴは――。大事なことを告げようとした瞬間に、イツキの牢鎖境が解かれた。心神喪失状態の混血者が草原に取り残される。その中で、ネネが1人の老人を取り押さえていた。
ハルイチがおぼつかない足取りでこちらに向かう。
「チョウゴとかいう重度……。あいつは飛べるんだろう?」
ハルイチはイザナへそう尋ねた。
「獣化すればな」
「あいつなら、誰にも気づかれずに海を飛べる……」
「何をいっ……――っ、まさか!! あり得ん!!」
僕が告げようとしたことを、代わってハルイチが告げてくれた。テンリが待つ神霊湖へ僕を誘導したように、イザナも陸地へ誘導されたのだ。
その根拠は2つある。
「チョウゴが任務という言葉を使ったのは、テンリの指示を受けて動いているからだ。それともう一つ……」
忘れてはいけない。あいつは、トウヤに次ぐ長寿の持ち主であるということを。獣化の進行が進んでいるためわかりにくいではあるが、ひっくり返せばそれくらい頻回に獣化しているということだ。威支のメンバーの中でも、獣化と妖化が進んでいるのはトウヤとチョウゴだけである。
しかし、これはあくまでも威支や僕を騙すための内通者であって、北闇に潜む内通者ではない。もし、チョウゴが北闇の分まで請け負っていたら、見た目でとっくにタモンにバレている。
「トウヤとテンリが接触したのは、偶然の共鳴のせいではない。テンリと先に接触していたのはチョウゴだろう」
「初めからテンリに知らせていたのか……。となれば、走流野家を狙う理由が、わしらとは根本的に違ってくる」
「……もう繋がったじゃないか」
トウヤはこう推測していた。王家に土地神の存在を教えたのはテンリではないか、と。となれば、
「テンリもまた、王家殺しを目論んでいる」
「王家殺しだと……? いったい何の話しだ」
ハルイチが手に入れた、カネツグと前蒼帝の調査書。そこで得た情報を説明するとイザナとイツキは言葉を失ってしまった。
この時、もし僕が、キトが威支の記憶を見たと知っていればこの先の行動はまったく別の物になっていたに違いない。
この時、もし僕が、チョウゴの記憶を覗けなかったとのキトの嘘に気がついていれば――。この後悔は、もう少し先になるけれど、運命は残酷だと話していたセメルの気持ちを嫌でも汲む日がやってくるだなんて。
この時は思いもしない。




