第13話・猪狩りの舞台裏
場所は変わって、執務室。
「猛烈に反省している」
「なーにが反省だ、このクソガキめ!! 俺の許可なく地下牢に行くたぁどういう神経してやがんだ!」
「謝ったじゃないか」
「躾直してやろうか、あぁ?」
物騒な物言いとは裏腹に、嘲り笑いながらタモンは僕の両頬を引っ張った。本音は、セメルが話してくれたことが嬉しいのだろう。
「謝る時は、ごめんなさい、だ。ほら、言ってみろ」
「…………ひんだほーがまひだ(死んだ方がマシだ)」
僕のことよりも、隣で鼻血を垂らしながら悶えているネネをどうにかしてもらいたいものだ。
「ったく、可愛くねえな。んで、ハルイチから報告は受けているが、お前も用事があったんじゃねえのか?」
解放された頬を両手で摩る。
「王家の地下牢から対象を捕獲、保護した。上級試験は北闇で開催するぞ」
「そうこなくっちゃな。明日にでも王家へ行ってくる」
「気をつけろ。オウガは色々と気づいている。カネツグや前蒼帝に関係すること全てだ」
「……さっさとくたばればいいものを」
「ああいうタイプは長生きをするものだ」
「だろうな。……さて、どう強請ってやろうか」
ここから先はタモンの動きに合わせていくしかない。僕たちは北闇を出て帰路を進んだ。
少し先を歩くハルイチの背中を眺めながら、ネネに問う。
「なぜ報告しなかったんだ?」
「なんのことかしら」
「僕の名前が挙がったことについてだ」
「お礼のつもりよ。私はどうしてもハルイチ様を甘やかしてしまうから、いざって時に厳しく咎めることができないの。ハルイチ様の背中を押してくれてありがとう。本当に感謝しているわ」
「礼を言うのはこちらの方だ。助かった」
「いずれ報告するわよ」
できれば死ぬまで黙っていてほしかったのだが、やはりそうはいかない。あからさまに落ち込む僕を見てクスクスと笑うネネ。すると、急に顔を違う方へ向けた。
「――っ、ハルイチ様っ!!」
がたいのいい男がハルイチの首に手刀をいれて、浚おうとしているではないか。視線が合うと、気絶したハルイチを抱えて森の奥へと消えていった。真っ直ぐ進むなら、そこは東昇の領土になる。それにしても――。
(あいつは何がしたいんだ……?)
がたいのいい男は、イザナだった。
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奥深くの森をずいぶんと走って、ようやくイザナは止まった。位置的にいうと、ここは東昇の真上にある北山と呼ばれる森だろう。猪狩りがおこなわれた付近だ。
イザナの周りは、何ヵ所も土が盛られていて、全部に木の棒が刺さっている。その数、ザッと見ただけでも50くらいはありそうだ。
せっかく東昇を味方につけたのにタイミングが悪い。威支のメンバーだと言いづらいではないか。
滲み出る殺気でずりずりとイザナへ距離を詰めていくネネ。片腕で制止する。
「まずは理由を聞こう」
どの土の盛り上がりよりも、何倍も大きさのある土の上にハルイチを転がして、顔に水を浴びせる。
鼻から吸い込んでしまったのだろう。ハルイチは激しく咳き込んで意識を取り戻した。ネネが走り寄るも、イザナは何もする気配がない。
「五桐ハルイチ……。猪狩りの指揮を執った混血者の長にして、当主を務める子ども。答えよ。……なぜヒアンを殺したのだ」
大男の存在にハルイチの目が点になる。
「ヒアン……?」
「お前が八つ裂きにした猪の名だ」
思い出したようで、ハルイチは少しずつイザナの存在を受け入れていった。目が据わり、顔面の皮膚がこめかみに向かって吊り上がる。立ち上がり濡れた顔を拭うと、両眼でイザナをしっかりと捕らえた。
「国民を襲い始めたからですよ。国帝の命令で討伐の指揮を執り、そして任務を遂行しました。…貴重な戦力を大勢殺された。大猿を取り逃がしたとき、どれほど悔しかったか……。あなたにはわからないでしょう」
「取り逃がしたのは猿だけではあるまい」
瞬く間にイザナは獣化した。体長8メートルにもなる巨大な猪がハルイチを見下す。
イザナから放たれる怒り。その圧を受けて、ハルイチとネネが半妖化する。まるでデジャブだ。赤坂とコクバの時と同じではないか。
「ヒアンがなぜ人を襲い始めたか……。それは、お主たちの仲間がヒアンを襲ったからだ。ヒアンは犯人は子どもだとわしに教えてくれた。森の主と同じ体格をした彼にまず人間は近寄らない。自ずと犯人は混血者に絞られる」
「俺の仲間が襲ったと? リーダーの案内がなければ主の住処もわからなかったのに、おかしな話しだ。120%あり得ません」
イザナが腰を低くし、突進の体勢に入った。
「一つ、教えてやろう。あの男が追ったのはわしが残したニセモノの痕跡だ。ヒアンの住処は北山にはない」
「軍事調達班のリーダーが間違えるとは思えませんわ……」
「これは厄介なことになった。ネネ、下がっていろ」
止めに入ったって、どうせまたあしらわれる。イザナが軽く地面を蹴り、一足でハルイチとの間合いを詰めたところから観戦することにした。
「速いっ!!」
ハルイチが怯んだその隙を見逃さず、守りの手薄な首から上を迷うことなく牙で狙う。イザナへ有効のまま進むだろうとそう確信したその瞬間、
「蛇華・鱗瞳丸」
ハルイチの右手が蛇で形成された刀に変化し、刀と牙がぶつかり合う硬質な音が響いた。
遠距離から一気に間合いを詰める早業はイザナが得意とする動きだ。大きな曲線を描く太くて逞しい牙と、岩石よりも硬いであろう頭部を使っての突進をモロに食らうと、額に弾かれた衝撃で曲がった牙の先に串刺しになってしまう。
その衝撃を受け止めた、鱗瞳丸という蛇の刀。千蛇山乱と似た技で、鱗の一つ一つが細かくて頑丈な蛇となり、イザナの牙に絡みついて衝撃を抑えている。押されはしたが、ハルイチに傷一つない。
当主になるだけの腕がある――。そう感心せざる終えなかった。千蛇山乱でイザナを捕らえられた可能性も万が一に考えられる。しかし、それを発動すれば鱗の鎧が剥がれてしまい、ハルイチはほとんど生身になってしまう。
おそらく、イザナはコウマから情報を得ているはずだ。これは予想だにしなかった言霊だろう。
しかも、鱗瞳丸を目を細めて観察してみると、鱗すべてに目があるのが確認できる。あれでは360度を守っているのと変わらない。
「終わらせます。覚悟して下さい」
そう言うと、ハルイチは右足を前に出し、左足をグッと後ろへ引いた。中腰の姿勢から、右腕で鼻から下を隠し、左手を後ろで高く構える。
瞬きをすると、そこにハルイチの姿はなかった。残されたのは影だけだ。ふと、頭上を見上げた。木よりも高く飛躍したハルイチがイザナの頭部を狙っているではないか。
「蛇華・乱舞」
鳥の翼のような形がハルイチの背中から現れる。驚いた事に、鱗瞳丸を発動しながら千蛇山乱も発動したらしく、2つ目の技が鳥の翼を作っているではないか。そうして、右腕の鱗瞳丸と、千蛇山乱の蛇たちが一斉にイザナへ降り注いだ。
頭に到達する直前。大量の蛇は互いに絡み合い5本の鱗瞳丸へと形を変える。腕のものよりも何倍もある刀だ。
斬撃が乱れる。風圧が凄まじく、腕で視界を守る。
「硬いですね。もう少し速度を上げましょう」
と、その時だ。派手に暴れ回っていた5本の鱗瞳丸が一つに束ねられた。イザナの尻尾だ。伸びるらしく巻き付いている。そうして、自身へとハルイチを引き寄せた。近づくまで上目に睨みつけ、顔面に当たる寸前ですかさず額を向ける。
ハルイチが鱗瞳丸を一直線に構えた。刃先がイザナの額に当たった衝撃で軌道がずれ、額をかすめながら地面へ落下する。
互いに撃ち漏らした一撃が、互いの額を抉った。束の間、動きが止まる。
そして、イザナの足の下にある大きな石が砕けたのと、ハルイチの足の下にある小枝が折れた音を合図に再び戦闘が繰り広げられた。
風圧も厄介だが、飛んでくる物体はこちらにまで被害を広げている。
「きゃっ……」
ネネの体に石が当たる。ポンッと投げられた物ではなく、風の力を借りた剛速球の物だ。二の腕から垂れる血を見て、我を忘れている2人の間へ走った。
『いい加減にっ……』
地面を蹴って飛躍する。
『しやがれ!!!!』
獣語はイザナへ、狼尖刀はハルイチの鱗瞳丸へ。触れる直前、光が放たれた。
またしても、共鳴だ。




